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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000年5月号 正論
インタビュー われら、日教組とかく闘えり!
―九州から全国に伝えたい教育者の使命と覚悟
 
福岡教育連盟事務局長●木村貴志(きむら・たかし)
 
聞き手・本誌編集部 上島嘉郎
 
――昨年二月に起こった広島県立世羅高校の石川敏浩校長の自殺という痛ましい事件を契機に国旗・国歌の否定、自虐史観による歴史や道徳の指導といった、戦後五十数年におよぶ日本の公教育のあまりの異常さが少しずつ明らかになってきました。
 本誌でも広島県に続いて三重県を取り上げましたが、いずれも問題の根っこには教職員組合、とくに日教組が深く関わっています。実際には偏向教育や勤務時間中の組合活動などをおかしいと思っている教師は少なくないのに、どの都道府県にも組織的に日教組に対抗し得る存在がないために孤立したままという状態です。
 それが福岡県では、木村さんが所属している福岡教育連盟(FENET(フェネット)=Fukuoka Education Network)という教職員団体が、日教組をしのぐところまで力をつけてきている。その持っている可能性は、全国的に見ても教育正常化の砦といってよいと思います。今、会員数はどのくらいですか。
 
 木村 私たちの連盟は県立学校の教職員で構成しています。県立学校の全教職員約七千名のなかで二千を超えたところですから、日教組系の高教組をやや追い抜いたぐらいではないかと思います。年齢構成に特徴があって、二十代から三十代後半までの若い先生が全体の六割程度を占め、しかも、毎年平均百名近いペースで増えています。
 
――福岡教育連盟(以下、FENETと称す)の基本姿勢を教えてください。
 
 木村 スローガンは、「すべての子どもをわが子として」というものです。とにかく健全な心を育てることが主眼です。たとえばそれは、自らの命を育んでくれた母なる国、日本に誇りを持つことのできる心、日本の伝統と文化、父祖の教えに学ぼうとする謙虚な心、自然を大切にし、郷土を愛し、父母を敬う深い感謝の心です。
 さらには国際化に対応するための情報のアンテナを持つこと。国際社会に通用する紳士・淑女としてのマナー(礼節)をわきまえること。世界を舞台として怯むことのない志を確立すること。そういう活力あふれる日本人としての教育を、公教育の現場でこそ実現したいと考えています。公教育が国民の負託に応えるものであるならば、私たちのこうした基本姿勢は決して間違っていない、そう自負しています。
 
――教師自身が常に向上心を持っていないと、その自負は支えられませんね。
 
 木村 教師というのは、日教組のいうような労働者≠ナあってはならないと私は思っています。労働者であるということを最優先にしたら、ちょっと極端に言えば、勤務時間が終わったら、生徒にどんな問題が生じようとも、「関係ない」ということになる。日教組の先生がみんなそうだとは言わないけれど、人を育てるというのは、やっぱり特別な仕事だという自覚が不可欠です。誤解を恐れず、俗な言い方をすれば、工業製品をつくるのとは訳が違う。
 大袈裟に聞こえるかも知れませんが、それなりの使命感と覚悟がなければ教師になるべきではない。教師でもやるか、というのでは子供たちに失礼です。別に金八先生≠フような先生がいいとは思わないけれど、後ろ姿を見ただけで子供たちが何かしら感じてくれる、そういう努力の姿勢だとか、学び続ける姿勢が大切です。その意味では、これはよく例にあげられますけれど、幕末長州の玉木文之進と吉田松陰の関係は示唆に富んでいると思います。
 またその向上心ということで言うと、FENETでは六年前から社会人研修のようなものを行っています。教師はともすれば学校のなかだけの価値観、あるいは組合のなかだけの価値観しかなくて、それにとらわれて社会的存在であることについての認識が甘かったりする。これは日教組の先生方に言いたいんだけれど、常識があったら、国際社会で国旗、国歌がどう扱われているか分かるはずでしょう(笑い)。
 それから研修は休みの日に行います。交通費も自己負担。研修名目で補助金が出る日教組とは違うんです。私たちは、たとえ教員の資質向上のための研修活動であっても、「勤務」という「公」と、「組合活動」という「私」とは峻別されるべきだと考えています。内容の善し悪しではない。
 
――三重県では今まで勤務時間中の組合活動にも給与が支払われていましたから、それと比べたらFENETの先生たちはずいぶんとストイックですね。不満は出ませんか。
 
 木村 不満のある人は、そもそも日教組に加入するでしょう(笑い)。もちろん、われわれも待遇改善という要求は出しますが、子供たちや教育内容を人質≠ノはしません。
 実際に福岡県の公立学校は学力の面でもかなり実績を上げていますし、部活動でも全国規模の大会にたくさんの公立学校が出場しています。生徒指導、進路指導も熱心にやっていますから、もし機会があれば通学時の様子を見てください。東京などとはまったく違う光景が見られるはずですよ。
 
――木村さんご自身がFENETに入られた動機は。
 
 木村 私はもともとは民間企業に勤めていて、それから教職に就いた人間なんです。当初から組合というものには違和感というか嫌悪感があって、日教組はそもそも私の考えとは正反対ですから、これはもうどうすべきかと考えあぐねていたら、福岡には新高教組というのがあって、公教育の使命というものをしっかりとわきまえられた先生方が、それこそ朝から晩まで一生懸命にやっておられる。ここだ、と思って、その一員になったわけです。
 
わずか数十人からのスタート
 
――FENETの歩みを簡単に教えてください。
 
 木村 昭和三十年代後半から四十年代はじめにかけては、社会党知事(鵜崎県政)の時代で、職場民主化闘争とか、安保阻止、勤評反対闘争などが頻発して、昨年までの広島県や故田川亮三氏が知事だった頃の三重県と基本的には似たような構造だったと思います。
 昭和四十二年に自民党知事が誕生(亀井県政)してからも、校長着任拒否闘争やストライキ自習が連続したりと、教育現場の混乱、荒廃はひどいものだったと先輩の先生方から伝え聞いています。偏向教育もひどく、これは昭和四十五年ですけれど、授業を通じて社会主義思想を生徒たちに鼓吹していた先生三人を処分した伝習館事件というのが全国的に知られ大いに問題とされました。
 とにかく当時の状況を、「組合員(日教組)にあらずんば教師にあらず」だったとある先輩が表現していますが、生徒不在の政治闘争に明け暮れる教育現場がそこにあったわけですね。
 そんな環境のなかで、昭和四十七年に何人かの先生が立ち上がって既存の組合とは別個の教職員組合、福岡県高等学校新教職員組合(新高教組=FENETの旧称)を組織したんです。わずか数十人という規模でのスタートでした。
 
――日教組の攻撃は凄まじかったでしょうね。
 
 木村 まさしく命を削るような闘いであったと聞いています。自宅への脅迫電話や職場での無言闘争、いわゆるシカトですけれど、それは言うにおよばず、朝、学校に出勤すると職員室に机がなくて廊下の隅に放り出されていたり、近所の川に投げ捨てられていたり・・・、机があっても、引き出しを開けたらなかに泥がいっぱい詰め込まれていたとか、ある家庭科の女性教諭は日教組から脱退した途端に、授業もできないほどの妨害を受けたそうです。
 それだけではありません。「子供の交通事故には気をつけろ」とか、「娘や息子に言っておけ、月夜の晩ばかりではないからな」という脅迫≠受けた先生もいます。無言闘争の逆で管理職の耳元で大声を出して怒鳴り、鼓膜を破るというような、あるいは耳を引きちぎられるなどの、明らかに傷害といえる行為もごまんとありました。
 それから先ほど触れた校長着任拒否闘争というのは、組合が認めない校長を学内に入れるわけにはいかないというので、校門にバリケードをつくって着任を阻止する行為で、四月に新しく着任する校長に対して、十数校で数年にわたって行われ多数の処分者を出しました。
 新高教組の初代執行委員長だった永田茂樹先生をはじめ、新高教組からFENETに衣替えする直前の平成九年三月三十一日に、四十八歳という若さで倒れた八代目執行委員長の佐々木重利先生など、何人もの先生が殉職≠ニしか思えない形で鬼籍に入られていますが、過労やストレスの積み重ねがその原因になったとしか思えません。そうした先輩たちの血と汗、命そのものが今のFENETの礎をつくってくれました。本当に辛い闘いだったと思います。
 
――三重県教職員組合の前委員長・西池保宏氏が勤評闘争の頃を振り返って、各学校で校長に無言闘争を徹底的に行ったことを、『三教組五十年史』のなかでこう語っています。「シカトですね。いじめの一種の。これはやられる方はたまらないと思いますね。わたしなんかならノイローゼになってしまいそうな。組合員全体も校長を敵視していたんでしょうな。そうでなければ、こんな非人間的なことできるわけがない」。お話をうかがう限り、まさしく福岡もそうだった。いや、それ以上ですね。
 
 木村 そういう卑劣なことをやってきた教師の言うことを、生徒がきかないのは当たり前だと思うんです。学級崩壊や学校崩壊に対して、教師はその責任を否定できない。子供を私立高校に通わせたい、あるいは塾に通わせたいと思う親が著しく増加しているのも自ら招いたようなものです。
 広島県では東部地区から岡山県への越境入学が明らかになりましたけれど、結局のところ、今はどの都道府県の教育も、そうした時代のツケを負っている。あえて皮肉めいていえば、「子供は大人の鏡」ということが見事に証明されたわけです。
 「あの頃もっとわしらが頑張っておかなければいけなかった。それが残念でならない」と苦渋を浮かべる先輩方の顔を見るにつけ、取り返しのつかない時間の重さというか、何とも言えない思いが込み上げてきます。
 
信じるに足る教育行政者の出現
 
――FENETを、偏向教育を是正し、真っすぐな教育の土台を築くためのモデルケースと考えた場合、どのような条件がそろえば他の都道府県でもFENETのようなことが可能になるのか。それともこれは福岡県という土地柄、気質や歴史的背景などいくつもの要素が重なって奇跡的≠ノここまでやってこられたのか。冒頭に私は「砦」という言い方をしましたけれど、木村さんはどのように分析されていますか。
 
 木村 二つの要因が重なったと思います。一つは、教職員だけでなく、行政側に勇気と意欲のある人材が得られたことが大きかったと思います。福岡は保守・革新の県政が交互に続きました。昭和三十四年四月から四十二年までの八年間は社会党の鵜崎知事、同年四月から五十八年までの十六年間は自民党の亀井知事、それがまた同年四月からは社会・共産両党の推薦を受けた奥田八二知事になって、結局、平成六年まで続きました。現在は麻生渡知事です。
 こうした県政の振幅に左右されない教育長が、ときどきに存在したということが有り難かった。とくに昭和四十年代に教育長を務められた吉久勝美氏の功績は、日教組以外は誰もが認めています。吉久氏は四十二年の秋、文部省からたった一人、落下傘で飛び降りてこられた。これは当時の亀井知事の懇望によるものと言われていますが、着任早々から教育秩序の回復に精根を傾けられ、教育委員会による人事権の確立、それに抵抗した校長着任拒否闘争の指導者に対する厳然とした処分、偏向教育を行った伝習館高校教諭の処分、さらには違法スト参加者の処分といった一連の決断で、その後の福岡県教育の流れを一変させたと言われています。
 私たちの先輩にあたる一人の先生が、その時期について、「信ずるに足る教育行政者(吉久勝美教育長)の出現と、その透徹した教育理念を具体化する実行力は、教育正常化を望みながらも、実践する勇気のなかったわれわれ教師たちに自信を与え、奮い立たせることになった」と『新高教組創立二十周年誌』に記しています。
 その先生の筆によれば初代執行委員長の永田茂樹先生は、永年趣味で買い集められた秘蔵の骨董品や名画を次々と売って、いわば私財を投じて、新高教組の母胎となった「教育正常化促進連盟」を立ち上げられた。その第一号のアピール文には、「いまこそ高教組の暴走を抑え、教育界の悪弊を正さねば悔いを後世に残す」とあり、その先生は、「永田先生の情熱と信念と勇気に触れて、感動でしばしば身体が震えた」と述懐されている。
 昭和四十六年十一月、その先生の自宅に永田先生はじめ同志≠ェ集まった際、永田先生が、度重なる家族への脅迫電話に済まない思いでいっぱいだ、と語りながら涙をこらえる場面が綴られていますが、先生だけでなくご家族も一緒に闘ったのだということがよく分かります。
 
――いささかロマンティックになりすぎて不謹慎な見方かも知れませんが、まるで幕末維新の志士たちの姿をかいま見るようですね。
 
 木村 こうした先輩方の苦闘をうかがうたびに、深い感動と感謝の念でいっぱいになります。こうした話は数え切れないほどあります。行政者の立場から、各県立高校に国旗、県旗、校旗の三つの旗を掲揚するためのポールを設置するのに、さまざまな妨害や嫌がらせをはねのけて予算化、実現してくださった方もいます。今、福岡県内のどの県立高校を見ていただいても結構です。必ずこの三つの旗が翩翻とひるがえっているはずです。教育行政者と教育者、この二者の連携が福岡の教育正常化の土台をつくったと、そうまとめていいように思います。
 そうした積み重ねによる信頼関係が、昭和五十八年の社会・共産両党推薦の奥田県政誕生のときにも、正常化の流れを守る力になったんです。新高教組もまだ当時はそれほど大きくなくて、本当に大変だったようです。県庁の知事部局が、秘書室から何から亀井県政時代とはがらりと入れ替えられたのに、よくぞ持ちこたえたと今でも語り草になっています。
 とくに文部省から出向していた当時の高校指導第一課長が、奥田知事の動きに対して、教育行政は中立であると、ずいぶん頑張ってくれたらしい。もちろん、私たちの先輩も大いに奮闘しました。結果的にここでも、先述の先生が指摘されたような教育行政者と教師の協力が実ったわけですね。
 
――うかがっていると、たしかに教育行政者に人を得るというのは大きな要素だと思います。希望を込めていえば、広島県では辰野裕一教育長が、三重県では中林正彦教育長が、福岡県における吉久勝美教育長にあたる。
 
 木村 立場はまさしくそうですね。
 それからもう一つ、これは論証は難しいんですけれど、いかにも福岡的なことでいうと、やっぱり歴史や風土が影響していると思います。九州全体がそうとも言えるんですが、この国の近代国家としての黎明期に重要な舞台となったこと、その歴史を担った人物を多数輩出したこと、非常に漠然とした言い方ですが、そうした記憶というか、血脈とでもいうようなものが育んできた何か≠ェあるような気がするんです。
 
歴史に連なる記憶と血脈の力
 
――それはこういうことでしょうか。戦後の民主主義教育は間違いなくエンゲルスやマルクスといった左翼的価値観に呪縛されていると思います。今の教育現場を闊歩している人権思想とか反戦平和理論というのは、もともとそこから持ち込まれたものだから、日本の歴史に連なる郷土の匂い、それは歴史伝統や文化であり、そこに移植しようとしても、接ぎ木しようとしても結局は合わない。遺伝子≠ェ拒否するといったら小説的な表現でしょうが、要するに歴史的感性に照らしてそれは明らかに違う、日本人はこういうものだという反発が出てくる。そういうことかなと思ったんですが・・・。
 
 木村 そうですね。そんな感じだろうと私も思います。身近に引きつけて言うと、三池と筑豊という炭坑町に象徴されるようなエネルギー、炭坑町の育ちで気性は荒い。実は、私の父も筑豊の出身なんです(笑い)。
 その風土のなかからヤクザ者ももちろん出ているけれど、同時に立派な教育者もずいぶん出ている。基本的に血の気が多いというのがあるんでしょう。福岡市のほうでは玄洋社の流れがあります。明治維新に連なる人たちも少なくない。そういう歴史伝統はたしかにあって、その意味では遺伝子というのもあながち荒唐無稽ではないと思います(笑い)。
 
――そういうある種の熱の高さみたいなものは、教育改革、正常化を考えたときには不可欠ですね。三重県なんかに取材に行きますと、緊張感がないというか本当にのんびりして見えるんです。それで問題がなければいいんですけれど、肝心の教育内容、子供たちに何が教えられているのかを見ると、慄然とせざるを得ない。
 
 木村 そこが問題の核心ですからね。本来は他県のことをあれこれ言うべきではないのかも知れませんが、私たちのスローガンは、「すべての子どもをわが子として」ですから、あえて言わせていただくと、とにかく心ある教師は立ち上がってほしいと思います。一人だったら絶対に潰されるという恐怖から声を上げられないのはよく分かります。その意味では、組織には組織をぶつけるしかない、というのが私たちの結論です。組織があれば行政当局や政治家との交渉もできますし、さまざまな情報発信や、教師の資質向上のための研修などもできる。それがない辛さは、日教組への不信と反発を持っている先生ほど深刻でしょう。
 
――しかし、闘いは無理強いできませんからね。
 
 木村 できることからでいいんです。私たちの先輩で新高教組の青年部長をつとめられた高木嘉洋先生は、「なにくそ、俺たちは子供たちのためにやっているんだ。絶対負けないぞ」と思うと耐えられたと言うんです。高木先生は当時柔道部の顧問をされていて、授業以外にその活動が終わってから新高教組の活動をされていた。まだ高速道路もない時代ですから、福岡地区や筑豊地区、北九州地区を情宣活動で回って、自宅に帰ってくるのは毎日午前二時か三時というような生活です。それで一人、二人と、少しずつ仲間を募っていった。子供を思う心、その強さ、深さの勝負です。一人でもやれることに全力を尽くす。それがいずれ必ず同志を生む。永田先生も、佐々木先生もそうだったわけで、私たちのFENETはそうした先生たちが少しずつ集まって今に至っている。
 私は先ほど風土的な要素についていいましたけれど、それは決定的な要因ではありませんよ。
 それから国民の多くは、日本の伝統文化、よき慣習や規範を大切にしようと考える健全保守層だと私は思っています。残念ながら今の教育現場ではそれがマジョリティーになっていない。それをマジョリティーにするために、これからは志のある方々と、緩やかに、広くネットワークをつくっていきたいと考えています。平成九年に新高教組から福岡教育連盟(FENET)に衣替えしたのもそうした意図からです。
 
――ロゴをつくったり、イメージを刷新したりと日本の教職員組合史上、CI(コーポレート・アイデンティティー)を導入したのはFENETが初めてでしょう。
 
 木村 とにかく「組合」という看板を外して、県民、国民に幅広く訴えかけて世論形成をしたかったんですね。さらには日教組ではない教職員組合が福岡にある、ということをアピールしたかった。
 そもそも正式な用語は、「教職員団体」であって「組合」ではないんです。その言葉を使った瞬間から、労使は対立すべきものであるという階級闘争史観に陥ってしまうし、「権利闘争」重視の意識になっていかざるを得ないと思うんです。名は体を現すという言葉のとおりです。
 これからは、「勤務条件の改善」や「権利闘争」という労働運動の残滓を引きずるような活動ばかりではなく、「教育をいかにしてより良いものにするか」という活動をする志縁的°ウ師集団が求められていると思います。
 
無私の心で頑張る教師をサポートするために
 
――緩やかなネットワークを全国につくってゆくということ以外に、当面FENETの課題はありますか。
 
 木村 FENETは高等学校の教師を主体とした教職員団体なので、小中学校への影響力が弱いんです。だからどうしても義務制との指導のギャップが出てしまう。服装や授業態度、式典での態度の違いなどが端的な例です。地域の方々との会合の場で、「なぜ小中学校に教育連盟の先生方はいないのか」というお叱りを受けることもよくあります。
 ただ、小中学校の教員は、地元教育大学出身者が多く、横のつながりの強さがかえって改革を進めにくい状況を招いているのではないかと思うのです。これは他の都道府県にも当てはまることではないでしょうか。同じ地元の学校を卒業して、同じ組合に入り、その組合が発信する偏向した情報に同じように埋没して、そして、そのなかから管理職に昇任していけば、構造的に教育界は変わりようがないでしょう。
 小中学校との指導の連続性を、何とか良い意味で確立することができれば、もっと良い教育活動を行うことができると思うのですが・・・。
 
――そうすると、中学を卒業して高校一年生の一学期の指導というものが非常に重要になりますね。
 
 木村 ええ。中学までの自由放任教育の垢を何とか落とさなければなりませんから大変です。ただ中学校を卒業した後と高校生になってからではまったく見違えますよ。たとえば茶髪、ミニスカートにルーズソックス、派手な化粧という女生徒の姿は、どこの県立高校を回られてもまず見かけることはないと思います。
 私はだから、テレビがこれが今の女子高生の姿ですといって流すあのワンパターン映像は不愉快なんです。福岡県の県立高校にはこうした格好の女生徒はほとんどいません、とテロップで断りを入れてほしいぐらい(笑い)。女子高生がみんなあんな格好をしてると決めつけられたら、少なくとも福岡県の女子高生の多くが腹を立てると思いますね。
 
――それだけきちっとしている?
 
 木村 先ほど県立高校生の通学風景を見てくださいと言ったのはそういうことです。国旗、国歌の問題とか、身だしなみや躾教育的な部分を含めた生徒指導、生徒の願いをかなえる進路指導、さらには部活動や課外指導など学校教育活動全般に、福岡教育連盟に所属する多くの先生方は、本当に無私の心で懸命に頑張ってきました。そうした積み重ねから生まれた学校の雰囲気のなかで、校務運営に協力的な高教組の先生もずいぶんいらっしゃると思いますよ。
 
――FENETという対抗軸があるから、刺激があるから向こうもそうせざるを得ない。
 
 木村 生徒指導とか進路指導の実績とか、そうしたことで自分たちの指導力が不足していると見られるのは彼らもいやでしょう。私たちは新高教組の時代から、先生たちの服装についても自らきちんとしようということでやってきたんです。
 
――まさしく、「子供は大人の鏡」の実践ですね。
 
 木村 それから、意欲があり実績も上げている教師と、教師でもやるか、という姿勢の教師が同じような評価を下されてはならないと思います。それで教師の仕事に対するモチベーションを高めるためにも、新高校システム研究協議会をつくって、客観的な教員の評価制度の研究にも取り組んでいるところです。研修にしても教科指導や生徒指導、進路指導という従来の枠を超えて、人間教育的視点も多く取り入れていますし、企業人とのネットワークも構築しながら風通しのいい、中身の濃いものをつくっていきたいと思っています。
 
――教育正常化の風は九州・福岡から――、大いに期待しています。
◇木村 貴志(きむら たかし)
1962年生まれ。
山口大学人文学部卒業。
凸版印刷、福岡県立高校教諭を経て現在、福岡教育連盟事務局長。


 
 
 
 
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