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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002/12/11 読売新聞朝刊
[論点]階層差を超えた学力保障が必要 苅谷剛彦(寄稿)
 
 「分数のできない大学生」をきっかけに広まった「学力低下」論は、文部科学省が「できる子」向けの発展的な学習を促す「確かな学力」向上策を打ち出したあたりから下火となった。だが、低下と同時に、「できる子」と「できない子」との間で、学力格差が拡大している問題は、ほとんど気付かれていない。
 大都市部の高校で、卒業間際の生徒およそ千四百人を対象に調査した。中学時代の成績が真ん中より下の生徒を多く抱え、進学、就職のほか、フリーターになる卒業生を多数出している「進路多様校」である。「今の読み書き能力があれば、将来困らないと思うかどうか」を質問すると、なんと65%の生徒が「困るだろう」と答えた。しかも、読み書きに自信のない男子生徒のうち、三人に一人は「三十歳の自分は人並みの生活をできないだろう」と予想していた。読み書きというもっとも基礎的な「学力」への不安が、高校生自身にとっても、将来の生活不安と結びついて見られている。
 一九八〇年代、多くの先進国で、大学などに進学しない若者の失業や転職などが問題となった。「読み・書き・算」の基礎学力の不足が一因とされ、教育のあり方に関心が向けられた。と同時に、それは「社会格差の問題だ」と見なされた。基礎学力を身につけず、不安定な雇用にさらされるのは、低階層の家庭の若者だったからだ。
 今、日本でも同じ問題が起こりつつある。ところが、日本の教育論の多くは、雇用問題との接点や、子どもが生まれ育つ家庭の社会文化的階層による学力格差への視点を欠いたままだ。
 私が行った各種の調査では、小、中学校の時から、基礎的な内容の算数(数学)や国語の学力に、家庭の階層差がはっきり表れている。学習意欲や学習時間においても同様だ。格差拡大の傾向さえ見られる。八〇年代と比べても、基礎学力の低下は、「できる子」よりも「できない子」のほうが深刻だ。その一歩先に、先ほどの高校生の不安げな姿がある。
 しかも、改革の目玉である「総合的な学習の時間」などで求められる「調べ学習」においても、階層差が色濃く出ている。「自ら学び、考える」学習を目指しても、基本的な読み・書き・算の力がついていない子どもには、その種の学習は容易でない。見学や体験は楽しめても、それをまとめる段になると、積極的にかかわれないのだ。学校五日制で授業時間が少なくなった上に、算数や国語の時間を削って導入された総合的な学習が、改革の理想と現実のズレをあらわにする場となってしまっている。
 総合的な学習が悪いというのではない。子どもの主体性にまかせた教育がうまくいかない場合、そのしわ寄せは、家庭環境の不利な子どもにいく。他国で指摘されてきたこの問題に目を向けず、条件整備も不十分なまま、全国一律に進めてきた改革のやり方が問題なのだ。地域のニーズに応えることも、フィードバックも難しいからだ。
 イギリスでは、八〇年代の教訓を経て、「学力保障」を目指す改革にかじを切った。経済社会での競争は避けられないからこそ、社会に出るまでの教育で、格差拡大をできるだけ抑える。家庭環境の恵まれない地域の学校で、きめ細かな指導ができるよう予算や教職員を増やすなど、基礎学力の格差拡大を抑制するのが、学力保障による機会均等の政策である。横並びの平等主義とは違う。地域や個人の違いを認めつつ、チャンスの平等のため、最低限の学力を、階層差を超えて保障するものだ。
 「読み書き能力安泰」の神話は、日本でも崩れつつある。社会全体の不平等拡大を止めるためにも、教育によるチャンスの平等を政策に含めた「教育振興基本計画」を構想する時期にきている。
◇苅谷 剛彦(かりや たけひこ)
1955年生まれ。
東京大学教育学部卒業。米ノースウェスタン大学大学院修了。
東京大学教育学部助教授を経て現在、東京大学大学院教育学研究科教授。

 
 
 
 
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