日本財団 図書館


2001/10/02 産経新聞朝刊
【第二部 学力低下は誰のせい】いま学校は(15)現状みない文部官僚
 
◆「教育改革」が学校を解体
 埼玉県川越市立中教諭の河上亮一さんは昨年、文部省(当時)の幹部と激論になった。河上さんは「プロ教師の会」を主宰し、故小渕恵三元首相の私的諮問機関として発足した「教育改革国民会議」にただ一人、現役教師として参加したことでも知られる。
 文部省が打ち出した《個性・自由を重視する教育》について、河上さんは「現場の教師たちには『しかってはいけない』『押しつけ・強制はだめ』『やる気が出るまで待て』と受け止められている」と説明、「学校を混乱させている」と主張した。
 文部省の幹部は「そんなことは言っていない。だれが言っているのか」の一点張り。河上さんが具体的に「(教育委員会の)指導主事や校長がそんな指導をしている」と話すと、幹部は「信じられない。そんなばかなことを言うなんて」と驚きを隠せない表情だった。
 河上さんは「文部省が現実の学校の姿を見ないまま、『個性・自由』という理念だけで教育改革を進めてきたことがよくわかった」という。
 
 シリーズ第二部では、『読み・書き・計算』に象徴される基礎学力の低下の原因として、「新しい学力観」「“平等”を重んじる現場の風潮」「教員の質」−の三つを中心にみてきた。
 「新しい学力観」は自ら学ぶ意欲・関心や思考力、判断力、表現力などを重視する考え方。しかし、現場では「教え込みはよくない」「子供への働きかけは指導ではなく支援でなければならない」と受け止められてきた。
 こうした傾向が教科の授業だけではなく、生活指導にも及んでいるというのが河上さんの指摘だ。河上さんの近著『学校崩壊・現場からの報告』には、授業中に騒いだり、出歩いたりする生徒に対応できない学校の現状が描かれている。
 「いまの若い教師たちは、言葉で生徒を納得させようとして混乱を大きくしている」と河上さん。「個性や自由が大事で押しつけはだめ」という考え方は戦後、「絶対的に正しいこと」とされてきた。それでも、学校現場には「校則や強制が必要なときもある」という考えが常識として残っていた。しかし、「この二十年間で逆転してしまった」という。
 学力低下については、「生活習慣が崩れ、学校で学ぶ姿勢や意欲が大幅に低下していることが原因」とみる。学校は従来、子供たちに生活習慣や社会性、基礎学力を身につけさせてきたが、個性化・自由化の社会の流れのなかで、「文部科学省の教育改革は、学校の解体に力を貸しているように見える」という。
 「子供の主体性ややる気を無視しては教育は成り立たないが、教育とは基本的に大人の側から子供に文化を押しつけることで、強制なんです。強制と、主体的に生きるよう励ますことの両方を同時にやらなくてはいけないのに…」
 
 日本の教育現場独特の平等観や差別観を分析した東大大学院教育学研究所の苅谷剛彦教授も、旧文部省が、現場の実態、特に教育における「階層間格差」を検証しないまま、「新しい学力観」「ゆとり教育」による教育改革を進めた弊害をシリーズのなかで指摘していた。
 苅谷教授は「教師が体験・活動型の楽しい学習を提供し、みんなが楽しく学んでいるように見えても、家庭の文化的背景の差で子供の学ぶ内容は違ってくる。『ゆとり』のなかで高い学習意欲を維持する家庭と、『ゆとり』が学習離れにつながる家庭がある」と話す。
 そのうえで、「習熟度別学習や個別学習などの取り組みが必要です。とりわけ学力格差が広がる以前の小学校低学年で、『読み書き算』の基礎をしっかりとつけさせるような態勢を整えるべきだ」と提言した。(教育問題取材班)
 =第二部終わり


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION