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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999/03/08 産経新聞朝刊
【主張】日の丸・君が代(下)法制化は日本に必要措置 国際社会で通用する国に
 
 「国旗は日の丸、国歌は君が代」は慣習法として定着しており法制化は無用−という一部保守派の意見も傾聴に値する。なぜなら、法制化した場合、国会の勢力分野の変化によっては、いつの日か法が改正され、「日の丸」「君が代」に代わる別の国旗・国歌に変更される余地を残すことになりかねない。それよりも慣習法としての存在の方が変更しにくいという理由には、説得力があるからである。
 そうした懸念を否定はできないが、現下の教育現場の混乱を考えるとき、また、より根源的に国の存立やありようを考えるとき、法律ではっきり規定する以外に現実的方策はないといわざるを得ない。
 
◆学校現場の不毛の対立
 教育現場をみてみよう。学校教育で国旗・国歌を教えることは、今日、学習指導要領によって義務づけられてはいる。小学校四年・六年の社会科と中学校の公民の授業で、日本と外国の国旗・国歌の意義を理解し尊重する態度を育て、小学校の音楽の時間には国歌「君が代」を指導することになっている。学校生活の節目にあたる入学式と卒業式には、小・中・高校を通じ、国旗掲揚と国歌斉唱が必要としている。
 国旗・国歌を敬愛することは、指導要領がなくても、独立国家として当たり前のことである。だが、教育現場では、「指導要領には法的拘束力がない」「国旗を日の丸、国歌を君が代とする法的根拠がない」と反発する教職員組合などと、「指導要領に沿って、国旗掲揚・国歌斉唱を行う」とする校長側との対立が続いている。
 学習指導要領の法的拘束力は、旭川学力テスト訴訟の最高裁大法廷判決(昭和五十一年五月)や、伝習館高校訴訟の最高裁小法廷判決(平成二年一月)で認められている。組合側の主張には根拠がないといわなくてはならない。
 にもかかわらず、校長が十分に指導できず、自信を失っているという現実がある。「国旗は日の丸、国歌は君が代」であることが法律で明文化されれば、指導要領に加え、校長の指導の強力な支えになるものと思われる。ここに法制化の意味がある。
 敗戦後の昭和二十年十月、GHQ(連合国軍総司令部)は日の丸の自由掲揚を禁止した。二十四年、自由掲揚が許されたが、祝日に家々で日の丸がたなびく光景は戻ってこなかった。君が代までは禁止されなかったが、文部省は“自主的に”音楽の教科書から君が代を削除した。それほど、GHQにおびえた時代だったのである。
 三十三年、文部省は学習指導要領に国旗・国歌の規定を盛り込んだ。「国民の祝日などで儀式を行う場合には、…国旗を掲揚し、君が代を斉唱することが望ましい」という控えめな表現であった。
 
◆「普通の教育」とは何か
 国旗・国歌の問題が日本で初めて真剣に論議されたのは、五十九年に設置された臨時教育審議会(臨教審)の場である。臨教審は六十二年の答申で、日の丸・君が代の持つ意味を理解し尊重する態度とともに、外国の国旗・国歌に対しても同様の敬意を払う基本マナーを身につけることの大切さを強調した。
 これを受けて作成されたのが、国旗・国歌の指導を義務づけた現行の学習指導要領(平成元年)なのである。日本の公教育がようやく、独立国家としての体裁を取り戻したといえる。
 だが、指導要領改訂後、国旗・国歌の尊重が義務づけられたにもかかわらず、六年生の社会科の教科書には、こんな記述がある。
 《韓国には、オリンピックのマラソン競技の優勝者が二人います。一九三六年のベルリン大会のソン(孫)選手と、一九九二年のバルセロナ大会のファン(黄)選手です。しかし、競技中の二人の胸の旗を比べてみると、ファン選手の胸には韓国の国旗がついているのに、ソン選手の胸には、韓国の国旗ではなく、なぜか日の丸がついています》
 《後に、ソウル大会(一九八八年)で、七十六歳になったソンさんは、最終聖火ランナーとして走りました。その時にソンさんは、「優勝した時よりうれしかった」と、飛びはねるように走りました》
 日の丸を嫌いにさせるような記述が、文部省の検定をパスしているのである。これではせっかくの学習指導要領が何の役にも立っていない。これが現実なのである。
 社会科の授業では、日の丸・君が代の由来も含めた意義をしっかり教える。音楽の時間には君が代を繰り返し斉唱する。そして、入学式や卒業式では、自然な気持ちで会場正面の日の丸を仰ぎ、君が代を大きな声で歌う。これが普通の公教育というものであるはずだ。
 法制化をきっかけに、日の丸・君が代への敬愛の念をより確かなものにしていく努力が求められよう。そのために、教育の果たすべき役割はきわめて大きいといわなくてはならない。
 しかし、教育の現場だけの問題ではない。自らの国旗・国歌を尊重し敬愛することは、国際社会の常識である。小渕恵三首相の「富国有徳」を引き合いに出すまでもなく、日本という国の「国がら」を象徴する問題であり、国民の成熟度とも無縁ではない。日の丸・君が代の法制化を、「一国中心のタコツボ国家」から脱し、真の意味で国際社会に生きる「国民国家・日本」への一歩と位置づけたいのである。


 
 
 
 
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