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1998/08/27 産経新聞朝刊
【教育再興】(87)平和教育(5)川崎市平和館 生かされぬ市民の寄贈
 
 川崎市の中原平和公園の一角にある「川崎市平和館」(高橋憲館長)。蝉時雨(せみしぐれ)を聞きながら館内に入ると、見学を終えた十人余の小学生の団体が出ていった。
 一階には防空壕体験コーナー、二階にはパネルと映像を中心にした展示に加え、市民から寄付された戦争遺品が陳列されている。
 同館に鉄かぶとや飯ごうを寄付した川崎市幸区の山崎豊次さん(七六)に会った。その展示を見るために、何度か足を運んだという。
 鉄かぶとは「日本と戦争」コーナーの陳列ケースにあった。このほか、五枚のパネルと四台のビデオがあり、日本のアジアへの侵略行為が繰り返し強調されていた。
 パネルでは、日中戦争は「中国の民衆に莫大な被害を与え、独立の意思を阻害した侵略戦争」、それに対する中国の抗日戦争は「防衛戦争であるとともに独立国家建設への戦い」。ビデオはさらに、“南京大虐殺の一場面”を繰り返し流していた。「そんなばかな」と不快な思いを抑えられなかったという。
 「戦争には人殺しの残酷性はある。しかし『大虐殺』などというばかな話は中国から帰った友人の話からもあり得ないと思った。異議をはさめば文句を言われると思い、黙っているしかなかった」
 
 山崎さんが見たビデオは平成八年五月、上映が中止された。展示を請け負った丹青社(本社・東京)から「南京大虐殺の場面で、実写か“やらせ”か不明な映像があった」との指摘を受けたからで、秋に再開された上映では一部の映像が出典不明として差し替えられていた。丹青社は、長崎原爆資料館でも米国の反日宣伝映画の一コマを展示に使い、計百七十六場面を差し替えた“前歴”がある。
 川崎市平和館はさらに、人権問題や飢餓・貧困、環境破壊を「もう一つの戦争」と位置づけ、男女差別からクルド難民、反アパルトヘイトまで多岐にわたる問題に触れるなど、平和について総花的に素材を展示している。
 「なぜ空襲と遺品中心の内容にしなかったのか」と問いかけるのは、「横浜の空襲を記録する会」事務局長の斉藤秀夫さん(六九)だ。
 「戦争全部を説明しようとして、解説と理屈になってしまっている。幅広い内容を扱っているにもかかわらず、館には学芸員も司書もいない。丹青社任せになり、ビデオのミスも起きたのではないか」と指摘する。
 市民から寄せられた品は七百六十点に及ぶが、常設展示されているのはわずかで、それも詳しい解説は付されていない。山崎さんは「防空壕など戦争を追体験するにはあまりにもチャチ。大金で建てたのだから、展示案を市民から公募するなどの働きかけがあってもよかったのでは」と話す。
 これに対し、高橋館長は「館の運営委員会には市内の各団体の代表者に入ってもらっており、団体を通じて市民の声を反映させたいと考えている」と話す。
 だが、その団体は労働組合のほか、「原水爆禁止川崎市連絡会」「原水爆禁止川崎市協議会」「核兵器廃絶軍縮をすすめる各区区民の会連絡会」「川崎の男女共同社会をすすめる会」などから成り、運営委員会をまとめる学識経験者は坂本義和・東大名誉教授と暉峻淑子・埼玉大名誉教授だ。
 坂本氏は、教科書訴訟の家永三郎氏らとともに「平和博物館を創る会」の呼びかけ人の一人で、同会は加害事実も展示すべきというスタンスを取る。暉峻さんは、教科書から従軍慰安婦についての記述を削除しないよう求める「教科書に真実と自由を」連絡会の世話人代表を務めている。
 
 高橋館長は「平和について考える素材を幅広く提供するのが当館の方針」と話す。
 二階のビデオコーナーでは、そうした素材の一つである反日宣伝映画を見ることができる。終戦間際にアメリカが作ったもので、戦前・戦中の日本人の映像に、一方的な解説が字幕で流れる。
 「同胞以外への裏切り、強姦、残虐行為は正当化される」「彼らにとっての至福は死」。映っているのは、少年のような日本軍兵士の顔だ。昭和天皇に場面が変わると、「天皇は日本兵に世界征服を命ずる」。
 周囲を見回すと、五台あるビデオ装置のうちの三台に、『はだしのゲン』などの戦争アニメを見ている小学生がいた。
 背筋に寒さを覚えた。
 
■川崎市平和館
 川崎市の核兵器廃絶平和都市宣言から10周年を記念し、平成4年に開館した。総事業費は約20億9000万円。館内展示は「世界からの声」「川崎の市民と戦争」「川崎大空襲映像ホール」「戦時下の川崎と現在」「日本と戦争」「戦争の歴史」「戦争と人間」「大量殺戮兵器の時代」「もう一つの戦争」「新しい世界へ」「平和の思想」「平和へのとりくみ」の12コーナーに分かれ、そのほか、ビデオコーナーや図書検索コーナー、防空壕体験コーナーがある。
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