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1998/06/09 産経新聞朝刊
【教育再興】(66)広島の教育(6)高校入試「選抜T」
 
 広島県では平成十年度高校入試で大幅な入試制度改革が行われ、複数の高校を一グループにして入試を行う総合選抜制から、単独選抜制へと移行した。単独選抜は受験競争の激化を招くという見方が強い。このため「偏差値によらない選抜」も必要として、三十四校で定員の約二割をブロック内の中学校に割り振る「指定中学推薦制」と呼ばれる制度が導入された。
 この推薦入試制度は「選抜I」と呼ばれ、(1)当該高等学校へ目的意識を持って進学を希望していること(2)向上心、学習意欲をもっていること(3)高等学校の課程の修了の見込みがあること−の三点を選抜基準としていた。
 ここで議論が起きた。「このままだと、だれでもこの基準を満たしているということになる」と福山市内のある市立中学校教諭は指摘した。この中学では「選抜I」には定員の約三倍が応募した。事実上、一般入試前に合否決定することもあって、特に女子生徒からの人気が高かった。こうした状況は他校も似たり寄ったりで、教師からも親からも「明確な基準」を要望する声が上がったという。
 
 しかし広島県教委は新たな基準を示さなかった。榊原恒雄・教育企画課長補佐は「細かい基準を作ると、それがまた子供たちを束縛する危険性があった。中学校に戸惑いがなかったとはいえないが、制度変更の場合はやむを得ない」と話す。
 広教組(広島県教職員組合)でも、どうやって選考を行えばいいか議論された。内部資料によると、広教組案はこうだ。
 〈推薦の定員四十八名の高校にA、B、C、D中から計二百名の希望者があったとすると、まず学校に機械的に番号を(A中は1、B中は2…というふうに)付ける。次に全希望者にも成績順に1から200までの番号を打つ〉
 〈二百人の希望者数を定員の四十八で割った四の数にあわせ、成績順に並べた二百人の希望者を四人一組に分割。余りが八あるため上位八つのグループは五人一組になる〉
 〈代表者が1から200の間のある番号をくじで引き「起点番号」を設定。それが30だったら30番目の生徒が属するグループのうち、学校番号1の中学(A中)の生徒が推薦を受ける。続いて次のグループから学校番号2の中学(B中)の生徒を選ぶ〉
 〈あとは定員の四十八名になるまでこの作業を繰り返していく〉
 複雑で分かりにくい方法だが、要は「くじ」という偶然に頼る手段を用いることで、成績順による選抜をやめ「平等」を保証しようというものだ。
 前出の教諭が在籍する中学校でも、一部の教師からこの案に近い方法を採用するよう提案があった。だが、「それでは親にも生徒本人にも納得のゆく説明ができない」という声が上がり、結局この中学校では、成績順に推薦者を決めたという。
 広島県教委は個々の中学校で行われた推薦の実態について、各校長の判断を尊重するという観点から、厳密な調査は行っていない。したがって「くじ引き」に近い形が実際に行われたかどうかは不明だが、県教委は「偏差値によらないといっても、なんの評価も行わずに推薦を決めるというやり方を認めることはない」としている。
 「選抜I」の選抜基準にある「向上心」や「学習意欲」は、指導要録の観点別評価をきちんとやっておかなければ分からないはずだ。広島県では、前回(八日付)指摘したように、未記入のケースが多い。保護者からは「どのようにして、向上心や学習意欲を評価したのか」という疑問の声も上がっている。
 
 広島では、「競争排除」「結果的平等の保証」を重視する姿勢が入試以外でも指摘されている。
 広島市内のある公立小学校では、運動会で徒競走の順位をつけるのがいけないという理由で、一位・二位・三位のかわりに青・赤・白にした。この学校に子供を通わせる三十代の男性保護者は「学校の外では現実に競争がある。子供たちのなかには勉強ができる子もいれば、運動ができる子もいる。それぞれの個性を尊重して評価するのが教育だと思う」と話す。
 別の保護者は通知簿を問題にする。「三段階評価のはずが二段階しかつけない。中学にいって、急激に成績が下がったと感じた親が『うちの子はもっとできる』と教師に食ってかかったという話も耳にした」
 「くじ引き入試」について広教組側は産経新聞社の取材に応じていないが、内部資料では「偏差値からの解放」などとしている。
 「しかし、くじで入学が決まるのであれば、がんばった子がむなしくなるのでは…」。広島県以外で日教組系の組合員として熱心に活動を続ける教師からさえ、こんな声が聞こえてくる。
 
■広島県の高校入試改革
 情報化、国際化など社会情勢の変化や、少子化に伴う生徒数の減少などに伴い、平成5年、広島県教育長からの諮問を受けた「入試制度改善検討会議」は総合選抜制廃止などを盛り込んだ入試制度の見直しを答申。これを受け、10年度から総合選抜を廃止し、単独選抜を導入するとともに、受験競争緩和のための中学校指定推薦制度(選抜I)を柱とする高校入試改革を行った。実施後、広島市教委が「選抜I」のありかたについて中学・高校側と保護者らを対象にアンケートを行ったところ、約半数が「一部改善したほうがよい」という意見を持っていた。
 
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