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2002/09/04 読売新聞朝刊
学力重視 路線急展開で生まれた混乱 教育現場は改革に生かせ(解説)
 
 教科書を超えた指導の事例集作成、小学校での英語指導推奨など、文部科学省が学力向上策の打ち出しに懸命になっている。(社会部 小松夏樹)
 同省が先日公表した来年度予算の概算要求の目玉は、学力向上モデル校など多数の事業を盛り込んだ「学力向上アクションプラン」だ。今年度関係予算の五倍以上にあたる七十七億円を要求している。
 「小学算数版」の発展学習事例集では、新しい教科書から消えた「台形の面積」や「三けた同士のかけ算」が復活した。「ゆとり」を掲げ学習内容を大幅に削減した新学習指導要領の実施から五か月。遠山文科相が「断じて学力低下は起こさせない」と繰り返すなど、同省は学力低下への不安を打ち消そうと躍起だ。
 ゆとり路線から学力重視への方針転換があったのは昨年初めのことで、予算増額も事例集も既定路線に過ぎない。ただ、それなら事例集は新要領実施前に周知されるべきもので、二学期が始まる時期というのはいかにも遅い。このようなちぐはぐさや、不自然なまでの「学力」強調は、急な方針転換の後遺症が今も続いていることを意味する。
 従前は学習内容の「上限」扱いだった指導要領を「最低基準」とし、学力向上を明確に打ち出すという方針転換は、二〇〇〇年六月に就任した小野元之・同省次官が主導したものだ。歴代閣僚らもこの方針に同調してきた。
 小野次官はもともと、「学び」を軽視し始めた公立学校の風潮や、子どもたちの学習意欲の低下に懸念を持っていた。そこに、理数を中心に新要領に対して「基礎基本まで削った」との批判が現場教師らから出始め、小野次官は「このまま実施すれば基礎学力まで低下し、取り返しのつかない事態になりかねない」と判断したわけだ。
 ただ、学力重視の考えは当時、省内では少数で、「ゆとり」派の激しい抵抗を招いた。新要領の実施寸前で大幅に舵(かじ)を切ったことは当然、学校現場に困惑を生んだ。
 混乱を生んだ責任は軽くはないだろう。だが、方針転換すべきでなかった、と言えるだろうか。ゆとり路線は八〇年代から進められてきたが、子どもたちの学習意欲は低下する一方で、成功だったとは言い難い。新要領に欠陥があることも、もはや明らかだ。
 いま文部行政の批判をすることは、あまり意味がない。むしろこの混乱を、教育改革の好機ととらえるべきだ。
 学級編成の弾力化に見られるように、同省は現在、これまで握っていた教育に関する権限を地方自治体に返し始めている。「文科省―都道府県教委―市町村教委―学校」という上意下達システムから脱却するチャンスなのだ。少人数授業を取り入れる、通う学校を選べるようにする、社会人が教壇に立つ――。地域が独自に出来ることは数多くあり、実際にその取り組みは始まっている。教育はその地域住民の志次第になりつつある。
 無論、文科省の責務も重い。優秀な教員の育成、学力データ収集・分析、さらなる規制緩和など、自治体や学校現場が意欲的な教育に取り組むための環境作りのサポートが、より一層求められるだろう。

 
 
 
 
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