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1998/02/04 読売新聞朝刊
[社説]家庭の子育てを問い直そう
 
 「幼児期からの心の教育」について、中央教育審議会(中教審)が公表した小委員会座長骨子案は、家庭におけるしつけのあり方にまで具体的に踏み込むという、従来にない姿勢を打ち出している。
 昨年、神戸市で起きた中学生による小学生殺害事件を契機に急浮上したテーマだが最近続発している「ナイフ事件」でも、家庭の問題が指摘されている。今回の骨子案を一つのたたき台にして、さらに論議を広げ、かつ深めていきたい。
 これまで家庭内のことを取り上げることに慎重な姿勢を続けてきた中教審が、あえて言及したのは、今日の状況に対する危機意識が働いたからにほかならない。
 骨子案は、家庭、地域、学校に対し、それぞれ呼びかける体裁をとる。
 そして「もう一度家庭を見直そう」とした項目では、悪いことは悪いとしっかりしつけるとか、思いやりのある子供を育てることの大切さを指摘する。
 さらに、家事の分担やあいさつ、物の与え方など家庭で守るべきルール作り、遊びの重要性の再認識なども強調する。
 これらはいずれも、かねて常識に属することばかりだ。それぞれの流儀やスタイルを保ちつつ、どの家庭にも共通する基本的なこととしてとらえ直す必要がある。
 少なくとも子供の問題を、社会の風潮のせいにし、他人事ととらえがちな傾向は正さなければならない。でないと、けじめ感覚や規範意識、自己抑制力の弱さなどの問題をいつまでも嘆くことになる。
 ただ、現在は子育ての難しい時代だ。核家族化や少子化で、育児の精神やノウハウが、親から子へと伝わることが、かつてに比べ少なくなっている。
 共同体の崩壊で、地域の中で孤立し、子育てに悩む家庭も増えている。育児ノイローゼなどによる児童虐待の例も聞く。
 どの子も順調に、かつ健やかに育っていくための「支え合い」の仕組みが欠かせない。骨子案の言う、母子保健の機会を利用した親の学習機会や幼稚園・保育所での育児相談体制などは、これまで整備されてこなかった方がむしろおかしい。
 「長期自然体験村」の設置提案も傾聴に値するが、それ以前に現代っ子、特に中高生の年代向けの、学校でもない、家庭でもない「中間領域的」自由な空間が、決定的に少ない。コンビニでたむろしたり、地べたに座り込む姿がひどく目につく。
 児童館や公民館などを、中高生向けに夜間も使えるようにし、例えば音楽の練習のためのスタジオを用意するなど、居場所とプログラムが用意されていい。
 家庭が本来の役割と責任を自覚し、地域が支え、行政も後押しする。さらに、学校を支援するボランティアの輪を広げることで、子育ての環境を再構築したい。
 教育改革は、「生きる力」(自ら学び自ら考える力や、正義感や倫理観など)を柱に進められつつある。それには、モノやカネなど物質的な価値を優先しがちな大人社会のモラルが変わらなければなるまい。その重要性も自覚したい。

 
 
 
 
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