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1999/06/12 毎日新聞朝刊
[新教育の森]キーワードの軌跡 今週のテーマは・・・「学級編成」
 
◇「40人」見直す時期−−少人数に予算の壁
 少子化が進み、ゆとりの教育がうたわれている。それなのに学校の基本単位「学級」は不変で、40人という標準も長い間、変わらずにきた。子供たちの個性や発想を育てる教育、そしていじめや不登校などの問題の解決のためにも「30人学級」は必要という父母、教職員の声は強い。グループ学習や複数の教師が連携する「チーム・ティーチング(T・T)」などいろいろな授業形態も登場している。少人数学級がすべていいわけではないが、「40人学級」という機械的な線引きを見直す時に来たのは間違いない。【押川真弓】
 
◇目が行き届く
 川崎市立新作小学校はここ数年、全学年2クラスずつ、各学級が20〜30人という少人数の学級編成が続いている。都市化に伴い児童数が増えたため、既存の小学校を分割して1985年に開校した。だが、町田光子校長(58)は「これからは児童は減る一方でしょう」と話す。全校児童335人という小規模校ではわずかな児童数の変化も大きく影響する。
 昨年度の1年生は21人2クラス計42人だった。2年生になった今年度、6人が転校したため36人になり、1クラスに減った。「40人以下なら1学級、80人以下なら2学級」という学級編成基準のためだ。
 担任の峪(たに)スミ子先生(51)は「彼らが1年生の時は、2人の教師で見ていました。ところが今度は私1人で見る。不安、戸惑いがありました」と言う。少人数学級の感覚で授業の予定を立てたら「算数の個別面談では半分も終わらないうちに授業終了のチャイム。時間が足りなかった」と言う。
 早く課題を終えた子のためのプリント作り、分からない子の個別指導など、抱える児童が増えた分、以前より綿密な準備、配慮が必要になり、忙しくなった。しかし峪先生は「人数が多いからできることや、良いところを見つけようと考えています」と前向きだ。
 
◇柔軟編成可能だが
 昨年度、1年生を持った結城俊一先生(33)は「人数が少ないと目が行き届く。20人ぐらいだと一人ひとりの話をゆっくり聞けました」と振り返る。今は6年生29人の学級担任だが「高学年の学習指導は少人数が望ましい」と考える。だが、結城先生は「子供たちの意見が何となくすぐにまとまってしまう」「葛藤(かっとう)が生まれない」「自分たちで解決しようとしない傾向が強くなる」といった少人数ゆえの問題も認識している。
 「力を合わせなければできないこともある、ということを知ってほしい」と、昨年度は体育や図工、音楽などで2学級合同授業を試みた。「少人数だと何のもめごともなく終わってしまうことが多い。もめて、互いの意見を聞くことも必要なんです」と先生は言う。
 40人学級は「学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(定数法)で「標準」として示されている。これに基づき都道府県教育委員会は独自に「基準」を定め、市町村教委が学級編成を行うことができることになっている。柔軟な学級編成は可能なのだ。だが現実には「標準」を厳格に守り、「40人までは1学級」のところがほとんどだ。
 それは「標準」が教職員給与の国庫負担分の算定基礎になっているからだ。教職員給与は半額を国庫が、残りを都道府県が負担する。標準を超えた職員の給与は自治体の負担になる。全国で30人学級、つまり「30人までは1学級」を一律に実現すると1兆円以上かかるといわれる。それが自治体に独自の編成を踏みとどまらせている。
 東京都葛飾区の「白鳥小学校5年父母の会」は3月、30人学級実現を求める請願書を区議会へ提出した。6年に進級する際、転校する児童がいるので122人が120人に減る。すると5年生まで約30人ずつ4クラスだった学級編成が、40人3クラスになってしまう。父母の会代表、樋口昇さん(42)は、教師と自分との距離が近いか遠いかが大きな関心事だったという自分の小学生時代を思い出し、「先生、もっと僕を見て下さい、評価して下さいと思っていた。少人数学級の方がいい」と訴える。
 区議会で意見陳述した際、樋口さんは「私が小学生のころは1学級50人以上いた」と取り合わない議員に驚いた。「昔は昔。あの議員の子供時代のようにすべてを統制されていた時と多くの情報があふれる現代とでは学ぶ環境が全く違う。もっと実情を知ってほしい」と言葉を強めた。
 「現行の法的な意味で区独自の30人学級編成の認可を受けられません。継続審議となりました」。請願に区長名の返事が届いたのは既に40人学級が発足した4月5日だった。
 
◇人数の枠を超えて
 新学習指導要領の導入、子供たちの興味や関心の多様化など、教育は制度も実態も大きく変化していく。日本教職員組合の西谷嘉修・教育財政部長は「完全週5日制、総合的学習の時間の設置など、新しい教育改革が進む中で40人学級で取り組むのは困難」と言う。
 しかし「教室の人数を少なくしても今までと同じことをしていては何も変わらない。教師中心の一斉授業、一方的に教え込む授業では子供の発想や個性を生かせない。学級を二つや三つのグループに分けたり、T・Tを導入したり、都道府県、学校の考えで弾力的に運用できるようにすればいい」とも指摘した。
 橋爪大三郎・東京工大大学院教授(社会学)は30人学級について「教室で一人ひとりに目が行き届くというが、それだけでどこまで教育効果があがるのかは疑問。いじめについても、人数が多ければいくつかのグループに分かれ、紛れることができた子も、少人数で教室がひとつにまとまれば、かえって逃げ場がなくなる恐れもある」と懸念する。その上で、学級の人数よりも先に、学級を単位に一斉授業をするという今のやり方を見直し、学年を超えたクラス、進度や理解度に応じた能力別クラスの編成など「必要な時に流動的な学級編成ができるのが望ましい」と提言する。
 
〇…メモ…〇
 クラスの人数は、1947年施行の学校教育法で「同学年の児童で編制する1学級の児童数は50人以下を標準とする」と定められた。
 しかし、当時は60人前後が普通、47年から49年にかけての第1次ベビーブーム世代が学齢に達したころには、「すし詰め学級」の解消が課題になっていた。
 58年に「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(定数法)が制定され「50人学級」が標準になった。
 その後子供の減少期を迎える。定数法をそのままにしておくと教員を減らす必要が出てきたことなどを理由に63年、定数法が改正され「45人学級」が標準になった。
 現行の「40人学級」になったのは80年度。しかし、地方自治体の財政難の影響もあって小中学校では91年度、高校では昨年度になって、ようやく達成している。
 96年7月、中央教育審議会は教員1人当たりの児童・生徒数を「欧米並み」(30人前後)に近づけることを目指して改善するよう提言した。
 また昨年9月には、学級編成や教職員配置が都道府県の裁量で弾力的に運用できるように求めた答申を出した。これを受けた文部省は翌10月に専門家らによる調査研究協力者会議を発足させ、(1)不登校やいじめなどへの対応(2)2002年度から導入する新学習指導要領への対応(3)教職員の人件費の財源確保――などの面から学級編成の再検討を始めた。今秋にも結論を出す。
 文部省の98年度学校基本調査によると、1学級当たりの児童・生徒数は小学校で平均27.5人、中学校で33.0人だった。現在「30人学級」を求める声が上がっているが、それを上回る31人以上の学級は小学校で5割、中学校で8割を超えている。地域によるばらつきも大きい。
 海外はどうか。
 米国では昨年1月、クリントン大統領が小学校低学年の学級人数を18人にまで削減し、生活指導を徹底させる提案をした。またドイツでは1学級の標準が24人(初等教育)、ロシアでは上限が25人(初等・中等学校)になっている。
 
◇記者ノート−−主役は子供たちだ
 1983年に宮崎市の小学校を卒業した。第2次ベビーブーム世代だ。卒業アルバムを開いてみると、在籍したクラスのページには40人の顔が並んでいた。
 当時、クラスの人数が多いとも、少ないとも感じたことはない。思い出すのは、新しいクラスと担任が発表される始業式を、いつもドキドキしながら迎えていたということだけだ。
 「30人学級」と聞いた時、「そんなんじゃ、先生の目が厳しくて授業中に何もできやしない。つまんないだろうな」と思った。
 このことを日教組の西谷部長に話すと「ほかのことをさせないだけの魅力的な授業を教師がしなくてはいけないんですけどね」と笑った。
 東京都心の小学校を取材する機会が多いが、30人以上の学級に出合うことは少ない。家庭的で和やかな雰囲気の学級を見て、うらやましい気持ちになることもある。しかし一方で、教室が無秩序な状態と化す「学級崩壊」が広がり続けているのも事実だ。
 今回取材した新作小は、今年度から一部教科担任制やT・Tを導入した。「一人よりも複数の目で子供たちの指導に当たり、子供たちの個性や良さを感じ取りながら、可能性を引き出したい」と町田校長は言う。「新しいことを始めるのですから、大変なエネルギーが必要となります。しかし、それはこちら(教師)側の問題。子供たちのことを第一に考えれば当たり前のことです」
 教育問題が語られる時、それは大人の都合で片付けられ、主役である子供たちの姿は消えていることが多い。今回の取材でも、ほとんどが「財政が」「政策が」というところに行き着いてしまった。
 先生や友達と共に生活し、学習する学校、そして学級は、子供が初めて出合う社会。子供がのびのびと生き、自分に自信が持てるような社会にしてほしいと思う。


 
 
 
 
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