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1997/07/05 毎日新聞朝刊
[教育21世紀へ]土師淳君事件、中学生逮捕/1 教育界に重い問い
 
◇文相、「心の教育」諮問へ−−有害情報規制も検討
 神戸市の土師淳(はせじゅん)君殺害事件で中学生が容疑者として逮捕され、激震に襲われた教育界。小杉隆文相は幼児期からの「心の教育」を新たに中央教育審議会(文相の諮問機関)に諮問することを決め、省内にプロジェクトチームを設置した。犯罪防止の観点から、青少年に有害な出版物や放送番組への規制、少年法の見直し論議も浮上している。教育に何ができ、何ができないのか。できないなら、どうすればいいのか。事件は社会に重い問いを突きつけている。【城島徹】
 「ここまできたか、と思った」。事件の容疑者として中学生が逮捕された先月28日夜、電話取材に小杉文相はこう言うと、自宅を飛び出した。「文部大臣が黙っていてはいけない。すぐ動かなければ」。あわてて文部省に駆け付けた時は、土曜日のため職員はまばらで、大臣室にはまだカギがかかっていた。
 2日後、省内に初等中等教育局担当の審議官を中心に各局幹部で構成するプロジェクトチームを設置。さらに(1)兵庫県教委や神戸市教委の要望に従って、スクールカウンセラーの手厚い配置を継続する(2)いじめの解決策を昨夏提起してから休眠中だった文部省の「児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議」を再開し、当面必要な検討を行う(3)警察庁、厚生省、法務省など関係省庁に協力を依頼する――などの措置を決めた。
 一連の対応で最も注目されるのが、今秋にも中教審に諮問される「心の教育」だ。だが、趣旨も狙いも判然としない。
 文相は「道徳とか『しつけ』がイメージされがちだが、どうか」との質問に、「それだけの議論に限らず、金銭万能、物質本位の傾向がある社会全体の問題として受け止めて考えてほしい。いい偏差値を取って『いい学校』に行かせたい、という発想を改め、成績よりも人間性を重視しなければならない」と答えた。
 こうした認識は、「生きる力」と「ゆとり」をキーワードとして、完全学校週5日制や中高一貫教育などを打ち出した中教審の答申とも重なる。
 事件が衝撃的な展開を見せた28日夜、中教審の有馬朗人会長は「子供たちが倫理観を持つということや、思いやりの心を持ち、人の命を大切にすることが欠けているのではないかという懸念もあった。それはいつの時代でも教育に必要な『不易』の部分で、中教審も答申でその点を繰り返し強調した」と唇をかみ、「勉強も大切だが、倫理観を持たせることが何より大切。犯行の動機や事件の経緯を見極め、今回の事件を教育問題として、さらに検討していかなければならない」と語った。
 では、具体的な課題は何か。文相は「はんらんする情報に子供たちが無抵抗でいいのだろうか。生活の知恵としての情報化時代の教育も検討課題だ」と述べ、ビデオやホラー映画、漫画、インターネットのホームページで少年の心の発達に悪影響を与える内容の規制問題も中教審や協力者会議に審議を求める意向だ。協力者会議では、少年犯罪の低年齢化や凶悪化を踏まえて、いじめや薬物乱用、援助交際などの問題も検討の予定で、今月中にも会合を開く。
 
◇背景に閉そく感“正解”はどこに
 3日朝、事件をテーマに自民党の文教部会(河村健夫部会長)と文教制度調査会(森山真弓会長)の合同会議が開かれた。「学校、教育だけの問題としては対処できないとの認識で一致した」(森山会長)という。河村部会長は「今後『心の教育』についても議論していく」と述べた。同党は教育改革の一環で道徳教育を充実させる狙いで教育基本法の改正も積極的に検討している。
 だが、人と人のつながりが薄れ、砂粒のようにバラバラになった個人だけがひしめきあっているような社会のあり方をどう改めたらいいのか。「心の教育」は、将来の人生への閉そく感や虚無感、受験勉強のストレスなど、子供の心にのしかかる重荷を受け止めることができるのだろうか。


 
 
 
 
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