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1996/07/20 毎日新聞朝刊
[特集]学校はどう変わるか・中教審答申(その1) 「一斉」「均質」を脱皮
 
◇「生きる力」「ゆとり」「学校のスリム化」を理念に
 「変化が激しく、先行き不透明な時代に生きる力」をうたい、「学校スリム化」を打ち出した中央教育審議会答申。明治の学制発布以来、常に学校を中心に「一斉」「均質」を制度上貫いてきた日本の教育が大きな転換期を迎えつつある。あるいは転換せざるを得ないところまで追い込まれたというべきだろう。しかし、その実現は激しいきしみを伴わずにはおかない。「学校週5日制完全実施」「総合的学習」「小学校の英語」……。答申が具体的に示した指針や今後引き続き審議する改革項目を現状に照らし合わせて、教育現場の近未来像を探った。【教育取材班】
 
◆学校週5日◆
 ◇「土曜の世話、だれが」 授業時間の縮減で塾通い?
 「この赤ちゃんが小学校に入学するころかしら」。答申が完全実施の「目途」として明記した「21世紀初頭」を想像した母親(36)は大きな自分のおなかをさすった。
 「土曜の世話はだれがすれば?」という漠然とした不安がよぎる。夫と同じ勤め先は土曜も仕事があり、1時間半かけて長女(3)を実家に預けに行く。「毎週2人の子供を預けられるかしら」。その不安は、土日曜に休みを取りにくいデパートや交通機関、農業に従事する親には深刻だ。土日返上の“企業戦士”にとっても無縁ではない。
 完全週休2日制の導入企業は54%(1994年)。特に、従業員が100人未満の零細企業は20%で、1000人以上の81%に大きく遅れ、21世紀初頭までに状況が急変する可能性は少ない。
 不安は家庭の「土曜対策」だけではない。
 熊本県豊野村立豊野小学校の堀川秀司教諭(39)は昨年春からスタートした現行の隔週5日制に対応し、子供たちの負担を減らすために学校行事の見直しを図った。
 運動会の入場行進。開会式の練習。それらに充てていた特別活動の時間を削ったのだ。バトン行進をやめた。ところが、「バトン行進をやめては物足りない」という反発の声が出た。「学校が今まで抱えてきたものを手放すには、教諭や保護者の意識が変わらないと難しい」。堀川教諭は思う。
 厳選により授業時間が縮減され、それをカバーしようと、土曜日に保護者が子供を連れてカルチャーセンターに通い、ストレスが起これば、本末転倒になりかねない。
 答申は塾関係者に「節度ある行動」を要請する一方、私立校には「国公立学校と歩調を合わせた導入を強く望む」と迫る。
 しかし、「(一律に導入しようとする)態度には不調和を感じざるを得ない」(日本私立小学校連合会)など、同一歩調への抵抗感も根強い。現実に「断固として6日制を続ける」と言い切る私学経営者もいる。公立が実施した時に「受験勉強」をセールスポイントにした私立校に受験生が殺到する事態も想定されないわけではない。
 
◆総合的学習◆
 ◇既存教科の枠組み超えて 「では、何をどう学ぶ」
 「教育内容厳選で時間を生み出し、一定のまとまった時間を設けて横断的・総合的な指導を行う」
 こう記した総合的学習。テーマは「国際理解、情報、環境のほか、ボランティア、自然体験」などだ。高度情報化が進み、地球環境への興味も高まり、既存の教科の枠組みでは対応しにくい学習の時間の必要性を指摘する。学習活動は「学校や地域の実態に応じ創意工夫を」という。何をどう学ぶのだろうか――。
 滋賀県の伊吹町立春照小学校は児童数247人。95年度から文部省指定の研究開発校として、現行の学習指導要領に拘束されずに「総合的学習」で「国際理解教育」を試みている。
 「ゆとりの時間」を活用し、年間35時間を確保した。例えば外国人を招いての民族衣装の研究。あるいは、世界の国旗や特徴を調べる一方、地元の郷土史家を招き、街道や神社を訪ねて地元の歴史を学ぶ。
 「まだ試行錯誤の段階ですが、のびのびと勉強でき、調べてみたい事柄を自分から主体的に学ぶ姿勢が養える。いろんな人とのコミュニケーションを図るわけで、自分で訪ねたり、探したり、生活力が身につく」
 安田正利教頭(45)はこう分析し、さらに続ける。「頭だけの『知』ではなく、『生きる力』を一番重視している。だから、中教審が『生きる力』と同じ言葉を使ったのでびっくりしました」
 
◆小学校で英語◆
 ◇「教科への布石」懸念 受験産業に“糧”提供にも
 答申は「総合学習や特別活動の時間」で小学校での英語学習に取り組むよう提言した。「教科として一律に実施する方法は採らない」と、小学校の外国語教育を評価の対象にしないことを念押しするが、「結局教科への布石になる」とみる教育関係者は少なくない。
 92年度に設置された文部省指定の研究開発校は今年5月から47都道府県の公立各1校に対象が拡大した。93年度から95年度まで指定校となった千葉県東金市立鴇嶺小学校では、教科として「国際体験科」を設置。指定が外れた今年度も教育課程外の時間帯や生活科(低学年)で継続している。
 全学年が週20分の「英語タイム」で米英の外国人助手から歌やゲーム、劇などを通して英語のコミュニケーションに触れ、その成果を1学期7時間の「体験総合活動」で試す。
 「外国人に対する違和感、緊張感、英語への抵抗感がなくなっている。自分の考えと違うことに柔軟になって、未知なものに好奇心が芽生えた」
 教務主任の木津川けい子教諭(44)は分析する。授業の後、将来の希望として「外交官」「海外青年協力隊員」とはっきり言う児童も現れた。「ただし、私たちは中学校への橋渡しの英語をやってきたのではありません」と言い、テストはしない。評価の基準について「単語の暗記や発音が良いことではなく、意欲や主体性をポイントにしている」とその視点を強調する。
 21世紀初頭の小学校。
 ランドセル姿の子供が巧みに英語を操る光景は珍しくないかもしれない。だが、少子化が進み、サバイバルが激化している塾業界からは「英語はおいしいメニューになる」という声も漏れる。
 小学生向けの受験英語塾が大盛況という現象は起きないといえるだろうか。むしろ、「英語教育」をめぐり、専門教師や情報機器の配備で新たな学校間格差が生じているかもしれない。


 
 
 
 
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