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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/01/11 毎日新聞朝刊
[社説]中教審 子供の心に届く提言を 抜本的改革の機は熟した
 
 「教育のゆがみは、すでに限界を超えている」「このままでは、日本は立ち行かなくなる」――。経済とともに、戦後日本の繁栄の原動力として内外で高い評価を受けてきた教育が、大きな転換期を迎えている。聞こえてくるのは「何とかしないと」という危機感ばかり。親も、教師も、経済界も、文部省も、それぞれ思惑の違いはあっても、抜本的な教育改革が必要との認識では、ほぼ共通しているように思われる。
 昨年四月発足した第十五期中央教育審議会は、こうした歴史的にも珍しい状況の中で審議している。日本は今、経済が失速し、どんな社会をつくっていくのかという目標を見失った漂流状態にあるが、一方では、経済発展を支えるための手段になりがちだったこれまでの教育を考え直す格好の時機である。中教審には、小手先の改革でお茶を濁すのではなく、今という時代の教育・学校の意味を根底から問い直す、踏み込んだ論議を求めたい。
 
◇現行システムでは限界
 教育を変えなければ、というコンセンサスが生じたのは、現行システムでは持たないことが、ますますはっきりしてきたからだ。登校拒否は、子供の数が減っているにもかかわらず増え続け、いじめも深刻化する一方。無気力、自己本位、耐性の欠如などと言われる今の子供たちの属性も気になるところだ。生きる力、ものごとを創造する喜び、人生の楽しさを享受する感受性、あるいは人生の苦しさ・つらさに立ち向かう知恵と勇気は、今の教育からは育ちにくいと多くの人が感じている。
 さまざまな要素が重なった結果ではあろうが、一つには学校教育がいい大学、会社に入るための競争の手段になってしまったことに起因するのではないか。総サラリーマン化した社会構造の変化もあって、豊かさを保証するのは会社であり、一流会社に入ることが幸せな人生を送ることにつながるという価値観が、世を覆ってしまった。子供たちにとっては、高校も大学もそのための通過点であり、より有利なところに入ることを目指す偏差値競争を余儀なくされた。しかも、競争する年齢が、どんどん下がってきている。
 そこで求められるのは、暗記力、反応速度、そして忍耐力。まったく無価値とはいえないにしても、ほとんど全員が競争に参加するようになった今、その弊害は看過できないところにまできている。子供たちは、軌道に乗り損ねると自分の人生の先行きがかなり限られたものになると感じており、落後しないための競争というプレッシャーの中にいる。
 子供たちの心、時間をこれだけ「学校」「受験のための勉強」が占めてしまったのでは、ストレス、息苦しさに覆われてしまうのも当然だ。偏差値競争の「勝者」にして心に深い傷を抱えてしまうことがあることは、オウム事件の偏差値エリートの犯罪がはっきりと示した。
 中教審は現在、第一小委員会と第二小委員会に分かれて三つの諮問事項を審議している。第一小委員会は、学校完全五日制につながる「学校・家庭・地域の役割と連携」について先行審議に入っており、今春にも、第一次答申が出る見通しだ。
 公立の中高一貫教育や、高校二年生に大学進学の道を開く飛び級が検討対象となる「能力・適性に応じた教育と学校間の接続」は、学校五日制の結論が出たあとに審議する。
 第二小委員会は、小学校からの英語導入の是非、マルチメディアの活用などが検討対象だ。
 
◇学校の存在を軽いものに
 これらの審議テーマは、過去の中教審などでも何度か議論されてきたが、今回は、教育を取り巻く環境が従来とは大きく変わっている。
 バブルの崩壊で、会社神話を支えてきた年功序列、終身雇用が揺らいでいる。日本経済発展のための人材、そのための効率的な教育を求めてきた経済界が「個性、創造力のある人材が望ましい」と言いだした。長年、激しい対立を繰り返してきた日教組と文部省の間に「和解」が成立した。中教審にとっては大胆な改革を打ち出すチャンスである。機は熟している。子供たちの心に届く、痛みをいやす提言をしてほしい。
 目指すべき方向ははっきりしている。第一は、学校を社会的選抜のための手段という役割から切り離すことである。難題だが、時代の変わり目の今は、選抜の元締めの経済界から、知識詰め込みの受験競争で育った人材では企業は生き残れないとの声が、一部とはいえ出てきている。その姿勢を実行に移して、まず企業が採用時の学(校)歴主義を改めれば、懸案の大学入試、高校入試の改革も進む。特に高校入試は、その廃止も視野に入ってくるだろう。
 第二は、学校の存在を軽くすることだ。子供も先生も余裕がなさすぎる。情報化が進み、価値観が多様化した今、学校が旧態依然のまま文化を伝える担い手としての権威を独占するのは難しい。何もかも学校が背負い込まないこと、学校で教えることの徹底的な精選を図ることだ。その意味でも完全五日制の意義は大きい。中教審には何のための五日制かを明確にした答申を期待する。
 人生を豊かにするための教育、命の大切さに触れる教育が、これからは求められる。動物や植物、土と触れ合う環境教育、ボランティア教育、年齢や障害などの枠を超えた統合教育など、今の子供たちに欠けている体験を意識して補完していくことも、一つの方法だろう。学校、家庭、地域がどう分担し、協力していくか。みんなで知恵を絞りたい。


 
 
 
 
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