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1987/08/08 毎日新聞朝刊
臨教審最終答申は“文部省好み”
 
 「文部省方針と食い違うものは一つもありません」−−臨教審答申を手にした文部省幹部は、サラリと言い放った。文部省のワクを超えた教育改革を行うため、あえて首相直属の形をとった臨教審が、時に文部省と激しい論争を展開してまとめあげた答申。文部省はすでにその一部について具体化に着手しているが、かねてからご執心だった施策の取り組みが目立ち、教育界からは「都合の良いものだけをつまみ食いしようとしている」との声も。盛りだくさんの答申の中の、何がどう実現されるのか−−。
 文部省が最も早く対応したのが、新任教員に採用後一年間研修を義務付ける初任者研修制度の創設(第一次答申)。同趣旨の制度は戦前戦後を通じ計十回も各種審議会から建議されたが、財政難や、教員の思想統制を図るものとの批判から日の目を見なかった。文部省には「悲願」の制度で、「これさえできれば、あとはどうでもよい」ともらす幹部もいるほど。答申には「実施方法は自治体の裁量を広く認める方向で」とあるが、文部省は詳細な実施要項を作成して各県に示し、六十二年度から試行を開始。全国の新任教員の一部を集め洋上研修を自ら主催するほどの熱の入れよう。しかし小林登・国立小児病院院長は「現場のにおいのムンムンする所でやると思っていた。役に立つのかな」と懐疑的。
 文部省は、最終答申に合わせ、「臨教審提言の主な推進状況」を発表。二十九項目について検討経過を説明しているが、その中で唯一、法改正にまで踏みこんで実現を図ったのが、「大学審議会」の創設(第二次答申)。文部省がやりたかったものの一つだ。文部大臣が任命する委員(二十人以内)で構成され、大学に関する基本的事項を審議。必要に応じ文相に勧告できる。一般の建議より強い勧告権を持つ審議会は、文部省所管では初めて。
 それだけに一部大学関係者は強く反発。「大学管理法など政府が戦後繰り返し企ててきた政財界による大学支配の機構づくりの延長線にある」(一橋大教官有志による声明)などと反対している。改正法案は、現在開会中の臨時国会で成立寸前。
 「最も重要なことは、(教育の)画一性、硬直性、閉鎖性を打破し、個性重視の原則を確立すること」。臨教審発足当初、文部省が顔色を変えて立ち向かった「教育の自由化論」の流れをくむこの考え方が、答申の総論の基調となった。しかし文部省の抵抗のためか、各論になると急速にしぼむ。わずかに学習指導要領の大綱化などが提言されたが、文部省の発表した「推進状況」には全く触れられていない。
 答申の強調する「地方分権の推進」についても事情は同じ。「文部省の従来の指導助言は過度に形式的な法解釈や通達に依拠する傾向があり、瑣(さ)末で強制的な感が強い」として、地方への権限委譲を求めているが、「理念的なことだから、具体化といっても……。通達の数だってそう多くない」(文部省地方課)とすげない。
 提言が、どんな性格となるかは文部省はじめ、関係機関の運用次第というものも少なくない。代表例は教科書検定。自由化論者の主張で「検定を簡略化し、三段階審査を一本化する」「高校教科書の検定はより簡素化する」とうたわれたが、文部省の抵抗で、文相の裁量権、修正指示権は守られた。検定緩和を狙った提言だが、運用次第では合否判定に重きを置くことにより、検定機能の強化につながる可能性もある。
 入試改革、生涯学習体系への移行、九月入学……も基本的には同じ。答申は概して、具体化への道筋の提示がなく、成否は運用に左右される。黒崎勲・東京都立大助教授(教育行政)は「結局教育の抜本的体質改善にはつながらないと思う。地方分権にしても画一性の打破にしても、それを臨教審、文部省がやるところに無理がある。何をやるかを含め、地域の側から取り組むべき」と話す。


 
 
 
 
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