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2002/11/28 読売新聞朝刊
[論点]現行憲法がはらむ根本矛盾(寄稿)
三浦朱門(作家)
 
 民間憲法臨調という組織があって、私がその代表となっている。それは私が憲法についての知識が深いからではない。会には多くの専門家がいるが、事は国民全般の問題であり、国民の大多数は憲法の素人だから、代表も素人であるべきだという、おかしな意見が通ってしまった結果である。
 元来、この組織としては、具体案ができた段階で国民に公表する予定であり、それは今も変わっていないが、組織が作られて一年たったのを機に、どういう論議を重ねてきたかを発表することが、運動を続ける者としては誠実だというので、未完成であることを承知の上で、会の総意として先に報告書を発表して、われわれの活動を知ってもらうことにしたのである。
 憲法第九条、軍隊の問題については、こういう大問題は、むしろ先送りして、まず憲法改正手続きの簡略化のような、比較的問題点の少なそうな点から始めたら、という意見もないではなかった。しかしそれはいわば政治的戦術であって、われわれとしては、現行憲法の急所というか、最も大きな問題点を指摘すべきである、ということで、中間発表も、国家と個々の国民の安全をだれが、いかにして保障するかを問題にすべきだ、という意見が多数を占めた。
 侵略戦争はしない、民主的政治を守る、個人の人権を尊重する、といったことは、自明のこととして、メンバー各人の共通の思想であった。しかしそれをだれがどのようにして守るか、ということになると、現行憲法には、一同不満があった。
 憲法問題を考えるに際して、今の憲法が作られた時代というものを考える必要がある。
 第二次大戦の連合国の戦後的組織として国連が作られた。そこでは日独両国を軍事国家として立ち上がれない状況にしようという精神から、国連憲章にも敵国条項が書かれた。連合国のメンバーは、必要があれば安保理事会の承認を経ずに、日独に出兵できる規定がある。そういう状況下に作られた憲法だから、日本が軍を持てるはずもなかった。
 ドイツは憲法に似たものは作ったが、憲法と称することはせずに、状況の変わるのを待って、自衛のため、そして国際協力のための武力を装備した。日本は連合国の管理下で憲法を制定したから、自衛権すらないような条項を憲法に書き入れ、前文でも、国の安全を、「平和を愛する諸国民の公正と信義」に頼ることにしたのである。
 しかし旧連合国の組織であった国連も、今や世界の独立国のすべてが参加する建前の組織になった。ここでは敵国条項も無意味だし、「平和を愛する諸国民の公正と信義」に日本の安全を委託することも、時代錯誤である。
 完全武装した高速小型軍艦のような工作船が日本近海に出没する時代である。海岸から日本人が拉致されている。憲法に書かれている「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」、ひいては日本国の安全を、「平和を愛する諸国民」が守ってくれているのだろうか。
 日本人の人権を守ってくれるのは、やはり日本国なのだ。日本の民主制度を維持し、改良するのも、やはり日本国なのである。民主主義の本家のような顔をしているアメリカだって、ベトナム戦争のころまでは、民主主義が守られ、基本的人権が保障される国ではなかった。
 日本は国連に加盟して以来、多くの時期、安保理の一員である。そのくせ、憲法の規定で国際平和維持のために、金を出すこと以外の貢献はできにくい状況である。日本は立場上、もっと積極的な責任分担をすべき時代ではないだろうか。こういった矛盾を、国民に理解してもらうことが、日本国憲法の問題を解決するための道であろう。
 
◇三浦 朱門(みうら しゅもん)
1926年生まれ。
東京大学卒業。
小説家、元文化庁長官。


 
 
 
 
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