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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1994/12/05 読売新聞朝刊
[地球を読む]憲法問題 内閣に調査会作れ(寄稿)
中曽根康弘(元首相)
 
◆中道的な読売試案
 去る十一月三日、読売新聞が提起した「憲法改正試案」は国の内外にかなりの反響を起こしたようである。欧米やアジア諸国などの新聞に掲載されて、国際的反響も大きい。
 しからば、この時になぜ、日本最高の販売部数を持つ大新聞社があえて憲法改正試案を世に問うたのであろうか。来年は敗戦五十年の年であり、次の五十年に向けて歴史の分水嶺(ぶんすいれい)に立って、新聞の仕事である「報道と論評の役目」の一端を果たす心構えで行ったのであろう。
 現代の日本において憲法問題を取り扱うことには一般的に躊躇(ちゅうちょ)がある。共産ソ連の崩壊、東西冷戦の終結、世界的大転換のこのような時代にあっても、日本国内においてはジャーナリズムや学界、政党の相当な勢力はいまだに憲法問題に触れることをタブー視し、このタブーに挑戦することを回避する傾向がある。今回の提言に対して一部に中立的護憲とおぼしき慎重論の論説を読んだが、私は時代の要請を先取りしてあえて試案を発表してタブーを破った勇気を評価したい。また、現在の日本の政界においても、小選挙区制による次の政界再編成の大津波の来襲に備えて、政党も政治家もおのれの生き残りの方策に専ら腐心し、君子危うきに近寄らずというか、次の政界再編の場においては、憲法問題について不作為を選ぶ議員が多数派を形成するという思惑からか、憲法問題は棚上げにして過渡期の政界の潮流の中をうまく泳いでいこうという風潮が強いのは残念だ。政治に権謀術数が横行し、目先の打算だけが先行して、長期大局を見据えた正しい政治の理念に不感症になったら国家は必ず衰退する。
 読売改正試案を読んで、まず感ずることは長期にわたる研究に支えられた学問的水準の高いものであり、しかも謙虚な問題提起の姿勢で一貫しているということである。そして、国民世論の最大公約数を基準に検討された跡が濃厚である。であるが故に、右のサイドからは生ぬるいと言われ、左のサイドからは右翼的と言われる側面を持っていることは否定できない。私はこの試案は日本の過去五十年の経験を検証し、また冷戦以後の激動する国際情勢や国内社会の構造変化に対応できるよう配慮した「中道的憲法改正試案」であると思う。しかし、私は必ずしも全く欠陥のない全面賛成の試案とは思わない。
 
◆増える改正支持派
 例えば、私が中道的試案というのは、象徴天皇を定めた現憲法の第一条を第四条に移し、第一章並びに第一条を国民主権にした点、第三章の安全保障において非人道的な無差別大量殺傷兵器(核兵器を特に念頭に置いているのであろう)の廃絶不使用、徴兵制の回避等が定められ、名誉等を守り私事家庭に干渉されない人格権や、環境権の新しい設定、憲法改正手続きを現行の硬直的性格から解き、列国並みの通常の軟性の手続きに改めたことなどが指摘されるからである。それらの各点に対しては、評価する向きと、それらは憲法的規範の対象ではなく、法律や政策の範疇(はんちゅう)であると批判する立場がありえよう。
 ここで、憲法問題に関する最近の世論の流れや政党の態度の変化について少し触れておきたい。実は草の根の国民はジャーナリズムや政治家よりも鋭敏であることが分かる。特に若い層において「憲法はタブーではない。この五十年の時の流れと最近の国際情勢の大転換に応じて現行憲法の再検討は当然行うべきである」という議論が多く、憲法改正への支持は国民の過半数を超しつつあるという事実を無視することはできない。
 まず、最近の世論調査を見てみよう。NHK(日本放送協会)の一九九三年三月の世論調査では、「改正必要」が三八・四%、「改正不要」が三四・一%。「どちらともいえない等」が二七・四%。毎日新聞の九三年四月の調査によれば、「改正支持」が四四%、「改正反対」が二五%、「わからない等」が三一%である。最も新しい読売新聞の九四年三月の調査によれば、「改正支持」が四四・二%、「改正不支持」が四〇・〇%、「答えない」が一五・八%となっている。世論調査の数字の変化には、その時々の国際情勢が敏感に反映されていることが多いが、最近は一般的に改正支持派が反対派よりかなり多くなってきていることは否定できない。毎日新聞の九三年四月の世論調査によれば、「改正支持」が四四%、「反対」が二五%となっているが、年代別では改正派は三十代の五一%が突出して多いし、性別を加味すると男性は四十、五十代が五六%と多い。しかし、六十代の男性は「反対」が三四%で最も高い。
 
◆国家論も不可欠に学界も対応を急げ
 しかし、総じていずれの世論調査においても、憲法改正を緊急課題としては受け取っていない。前記の毎日新聞の世論調査によれば、「緊急と思う」は二五%、「思わない」が三六%、「どちらともいえない」が三七%となっている。このことはいわば「憲法問題を検討せよ。しかし、改正は緊急ではない」という国民意識を示しているだろう。
 他方、政党の動きを見ると、九二年から九三年春にかけては政党間に憲法論議が高揚した。九三年七月の衆議院議員総選挙における各党の公約を調べてみると、社会党は「現行憲法を高く評価すると同時に、時代の進展に応じて補完すべきである」と言い、「人権規定、国民投票制度、環境権や人格権、地域主権主義の明確化など憲法を創造的に発展させる」と公約している。新生党は「原則として現憲法を尊重するが、私学助成、PKO協力等の問題については憲法のあり方を含めて論議し、国民の理解と合意を形成する必要がある」と訴え、公明党は「現時点で九条改正は必要ない。ただ、憲法は不磨の大典でなく、内外環境一変しつつある今日、日本の将来像を十分論議し、その帰結として改正点ありやなしや検討を加えていく」とし、民社党は「憲法論議をタブー視せず、行うべきである。現在、改正を行う政治状況ではないが、特に九条をめぐる混乱を放置しておくことはできない」とし、日本新党は「国際貢献等、時代の要請に応じた見直しも行っていく」と訴え、自民党は「国民各界各層参加の下に、内閣か国会に憲法調査会を設置すべきだ」としている。各政党とも比較的党利党略を離れた虚心坦(たん)懐の公約をしている。この時の各党の風潮と今日の永田町のやや逃避的風潮との落差を何と解釈すればよいのであろうか。
 さてそこで、結論に入ろう。まず第一に指摘したいのは、新しい時代転換と国民意識の変化に対する憲法学界の対応である。日本の戦後の憲法学は東大法学部系を主流とし、その中心は宮沢俊義教授の自衛隊否認による憲法違反学説ではないかと思う。自衛隊合憲論もあるが、学界の多数説ではない。しかし、憲法制定時から五十年を経過して憲法を取り巻く国際情勢も国民意識も大変化を遂げた。社会党すら「自衛隊は憲法違反にあらず」と変わり、共産党を除くほとんどの政党が自衛隊を合憲とするに至った。また、国民の約八〇%も上述のような規範意識を持ち、自衛隊合憲論者となるに至った。この時になっても、東大系の多数の憲法学者は自衛隊を否定し、自衛隊違憲論を固執するのであろうか。歴史の現実や主権者たる国民の規範意識と自己の憲法学説との乖離(かいり)と矛盾がこれほど大きくなったことを看過することはできないであろう。もし従来の学説を固執されるならば、日本国の憲法は早期に改正されなくてはなるまい。現実の国があっての憲法であり、その逆ではないからである。国家も国民も憲法も法律も生きている。
 
◆首相公選検討望む
 第二は、最近の憲法論争における国家論の欠落である。敗戦以来、国家なる存在が国民からはるかに遠ざかった。国家の中に生きていながら、その国家なるものの解明や個人との関係に関する学問的論議が欠けたまま、感情的な憲法論議が横行している。正しい憲法観は正しい国家観の上に築かれる。国民主権にあっては国民は憲法を自ら制定する権力を持つ。その憲法を基軸に、政治や経済、社会、文化生活は営まれ、その憲法の枠組みに従って外交・安全保障政策は展開される。このような国家運営の基軸に関する価値や方法論と国際法を論じた上に憲法論は成立するものである。このことを真剣に行えば、およそ一国平和主義や一国繁栄主義のような利己的閉鎖的便宜主義が生まれる余地はなくなると思う。
 第三は、首相公選論の問題である。自由民主主義と共産独裁との対立が共産独裁の崩壊により消え、次は自由民主体制の中における直接民主制か間接民主制かの政治体制の問題が浮上してきた。教育程度の高い高度情報化時代の日本では首相公選制の支持が増大している。知事などの自治体首長の公選制の経験は「次は首相も」の意識を起こしている。公選首長の行政の方が政局は安定し、政治の指導力は格段に強い。前記の毎日新聞の世論調査でも、首相公選「賛成」五七%、「反対」一一%、「どちらともいえない」三一%、男女とも「賛成」は過半数を超え、若い層ほど「賛成」が多く、二十代は六三%、三十代は六七%に達している。読売憲法改正試案は首相公選論に消極的であるが、更なる検討が望まれる。
 今や、憲法論議を学問的に、また全国民と共に行うために、内閣に憲法問題調査会を設置する時がきた。今の日本国憲法の素案がマッカーサー司令部で一週間程度の短時日の中に憲法に専門的でない司令部要員によって書かれたのに対し、読売改正試案はその点、二年有余の歳月をかけ、権威ある学者の審議の下に作られ、膨大な付属の資料や解説もつけられており、学問的な純正な試案として、私は評価している。このような試案が各方面から提出され、そしてそれらは、行政改革における臨時行政調査会のように内閣の調査会で正式に審議されるべきである。憲法論争は常に学問を尊び、国民と時代と共に進んでいかなければならないのである。それが国家発展の基礎である。
 英文は本日付のデイリー・ヨミウリに掲載
 
中曽 根康弘(なかそね やすひろ)
1918年生まれ。
東京大学法学部卒業。
元衆議院議員、元首相・自民党総裁。


 
 
 
 
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