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1997/04/28 毎日新聞朝刊
[争点論点]憲法50年(その2) 10年かけ、見直しを
中曽根康弘(元首相)
 
◇解釈の弾性値、限界に
■役割と問題点
戦争に負けて、荒廃した日本を、とりあえずまとめて、国家の形を回復し、国際社会に入る基礎を築いた。それと、比較的平和を維持して、世界の驚異となるような経済発展を行った。こう考えると、相当仕事をしたとは思う。
 しかし、出生の秘密が後を引いている。主権在民という根本義にもかかわらず、マッカーサーから与えられたもので、国民自らつくったものではない。従って、その後出てきた民主主義は切り花の民主主義であり、バーチャルなもの。そこに戦後日本のぜい弱さが出てきている。
■憲法改正
 一つは教育の問題だ。憲法も教育基本法も昭和22(1947)年に出来たもので、当時は日本解体の時代で、日本の歴史、伝統、文化がにじみ出たものではない。すでに思想的にも終わりになっている近代合理主義から来た抽象理論から成り立っていて、無国籍的性格が強い。この意味で、日本人の血肉によってできた憲法になっていない。とくに安全保障面において重大な欠陥が内包されている。
 そのほかに、環境問題、情報公開、プライバシー保護などの新しい問題が出てきているし、脱法行為の私学助成も行われている。これをうまく使いこなしているという人がいるけれど、解釈の弾性値を超えた。新しい時代に沿う憲法をそろそろ用意すべき時にきている。
 明治憲法は60年で消滅した。この憲法も施行50年だから、あと10年かけて、いいものに改正したらいい。一言でいうなら、ご苦労様でした、お疲れ様でした、ということだ。
 とくに、明治憲法は統帥権独立の条項があって、国務と軍務の対立は、維新の元勲が生きている時代は、統合されて矛盾が起きなかった。ところが、元勲が亡くなって昭和の時代になると、対立して、軍務が独走してついに大東亜戦争に突入した。政治は漂流した。明治憲法は改正しておくべきであった。今の憲法にこれにあたるようなことが起きる危険性が十分ある。総点検すべき段階にきている。
■第9条
 現憲法でも集団的自衛権を保有し、行使することが出来る。9条改正の必要はない。個別的自衛権は行使できて、集団的自衛権は行使できないのは、必要限度を超えるから、と内閣法制局が言ってきた。しかし、必要限度については、法律にも憲法にも書いていない。内閣法制局長官が決めている政策論だ。村山富市前首相は、前に自衛隊違憲を言っていたことを参院で突かれて「国際情勢の変化、国情の推移によって自衛隊合憲と考えるのが妥当だと思うので、将来にわたってそのように解釈した」と答えた。内外情勢の変化で、違憲が合憲になるのは、政策論である証明。集団的自衛権も同様だ。集団的自衛権も個別的自衛権も同根一体で、自衛のためのものだ。
 しかし、集団的自衛権は国家安全保障基本法のようなものをつくって、制限して行使する。第1段階は米軍に対する補給など。第2段階は情報の供与や哨戒など米軍に対する防衛的協力。第3段階は米軍に対する公海における防御的共同対処。これらは国会の承認や閣議決定などのブレーキをつくっておく。
 これは(1)米軍に対する協力であること(2)日本の自主性で行うこと(3)公海、公空(領空外)での行為で、外国の領域で武力行使は行えない(4)日本の独立と平和に関係することがらに限る――という4条件を充足する必要がある。このようにして、国会が公開・透明性をもって正式に議論すれば、外国も安心する。
 自衛権に対する考え方は宮沢さんと実体論としては同じ。改憲が、周辺国家に警戒心を引き起こすとの指摘があるが、私は周辺に気兼ねをするよりも、国家の主体的条件を整備することが独立国家の要素だと考える。
■国家の位置付け
 国家は歴史的共同体で、運命を共にしている。共同体は歴史と伝統の蓄積でできる。そこから同胞愛が出てくる。自由と民主主義はもともと結び付かない概念だ。個性と平等だから。これを結び付けるのが同胞愛。この共同体の基礎に国家ができ、国民が生まれ、その上に市民も生まれる。私は新保守自由主義で、小さな政府を主張している。できるだけ国家の介入をさせまいとしている。
 憲法は政界再編の対立軸にはならない。政治は実体論、機能論で進むべきで、観念論でいくべきではない。我々は憲法を対立軸にした政界再編はやらないと考えている。
■最近の世論
 改正論が、改正反対論を上回ってきている。50代、60代は現状維持で、20代、30代のエネルギーに富んだ若年層は改正論が非常に強い。若い人の21世紀に対する展望とエネルギーを思う存分働かせて、よい憲法に改正したらよい。
 改正論の理由には国民投票、首相公選論が上位を占めている。国民が政治に参加したい願望の表れで、政治に対する不信感、シラケが背景にある。政治はとくに若い人たちの気持ちを尊重しなければならない。彼らを政治に参列させる改正が必要だ。そのためにも、国会に憲法問題調査委員会を常任委員会としてつくって10年がかりで国民の前で議論し、国民の意見を聞いて、合意を形成していく段階に来ている。
 
中曽 根康弘(なかそね やすひろ)
1918年生まれ。
東京大学法学部卒業。
元衆議院議員、元首相・自民党総裁。


 
 
 
 
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