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2001/11/10 産経新聞東京朝刊
【正論】結局は憲法改正の道しかない
田久保忠衛(杏林大学社会科学部長)
 
◆ゴア氏も大統領と共に行動
 ステイツマンシップにとって不可欠の条件は外交・防衛が理解できているかどうかだ。「テロリストたちはビルの基礎を破壊できても、米国の基礎を揺るがすことはできぬ」とテロ事件直後に安全保障の本質を国民に訴えたジョージ・ブッシュ米大統領は高い支持率を維持して現在に至っている。
 昨年秋にブッシュ大統領とホワイトハウスの座を争って惜敗した民主党のアル・ゴア氏は党内のリベラルを自他ともに認める立場にあるが、「大統領は軍の最高司令官だ。対テロ戦の対応に関するかぎり、この国に分裂はない。私は党派ではなく、一愛国者として大統領とともに行動する」と述べた。国家が危機に直面したとき、咄嗟(とっさ)に吐いた言葉に嘘は少ないと思う。
 英労働党のトニー・ブレア首相は当初から英軍を米軍事作戦に参加させ、ブッシュ大統領が九月二十日に米上下両院の合同会議で事件に関する総括的見解を述べたときにはまさに形影(けいえい)のように寄り添っていた。米国が進めているビンラーディンやタリバン包囲の大「連合」維持にあたって脆弱性を持つ最も重要な国はパキスタンとサウジアラビアだ。ブレア首相はイスラマバードとリヤドに飛んで「連合」引き締めに努力している。野党である保守党にブレア批判の声は上がりにくい。
 
◆「危険を回避しない」と独首相
 日本と同じドイツでは、社民党(SPD)のゲアハルト・シュレーダー首相が訪米直後の十月十一日にベルリンの連邦議会で演説を行った。「ドイツは国際的責務を負う一方で、直接的な危険を回避するような振る舞いをすることは、ドイツの外交・安保政策ではあり得ないし、許されるべきではない」との発言は日本の国会では耳にできない。ドイツ国民の中には米国に必ずしも同情的でない複雑な感情はあろうが、保守党である野党のキリスト教民主同盟/社会同盟(CDU/CSU)はシュレーダー演説に万雷の拍手を送った。翻(ひるがえ)って日本はどうか。テロ直後に米国を除く北大西洋条約機構(NATO)十八カ国が自衛権の行使に踏み切った行動との比較は残念ながらできない。テロ対策特別措置法が成立するまでの過程を調べるため、国会議員諸氏の議論を議事録でじっくり読んだが、理の通った質問をしていたのは自由党であった。
 例えば十月五日の衆院予算委員会で同党の中井洽議員は「従来武力と一体化だ、こう言われておった輸送あるいは医療、こういったところへ踏み込んでおられる。従来の憲法解釈を変えておられるんだ。僕は変えて悪いと言っておるのじゃないんですよ。変えるのだからもっと思い切って集団的自衛権の行使、ここまで行けばどうしてこんな法律が要るんですか。要らない。自衛隊だって胸を張って行ける」と小泉純一郎首相を追及している。
 
◆「赤ん坊が立っちした状況」
 首相は最善の策が憲法改正にあると明言したが、いま改正できる状況ではないと述べた。しからば次善の策として憲法解釈を改めたか。これは野党と言うよりは与党の内部の事情で不可能だ。だからテロ対策特措法は次次善の策だった。ブッシュ大統領、コリン・パウエル国務長官、コンドレッザ・ライス大統領補佐官らから、日本は自衛隊の派遣にまでよくぞ踏み込んだとの賛辞が断片的に述べられた。米政府の真意は、這い這いしていた赤ん坊が「ようやく立っちした」と手をたたいたに過ぎないと思っていいのではないか。
 さらに次元の低いのは、自衛隊海外派遣の基本計画を国会にはかるのは事後報告でいいとする首相と、事前報告を必要とすると主張する民主党の鳩山由紀夫代表との会談が決裂した背後に蠢(うごめ)いていたといわれる公明党の党利党略である。この党は民主党の法案賛成を阻止し、選挙制度を自分の計算どおり改めるため小泉、鳩山会談の成功に反対だったという。だまされた民主党に同情もしたいが、内部には決裂を歓迎した議員もいたのだから肩は持てない。
 気が遠くなりそうだが、日本はよちよち歩きから一人前の国家を目指して着実に前進しなければ、主要国の中でも異質の国のままでいるか、あるいは知らぬ間に放り出されているだろう。首相の思考の順序を逆に辿り、集団的自衛権の解釈を改め、憲法改正に向かわなければならない。この道筋がわかっている議員は自民、民主党内に少なからずいるという事実を対テロ特措法は国民に示した。唯一の救いだった。これに希望をつなげよう。
 
◇田久保 忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。


 
 
 
 
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