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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/05/02 産経新聞東京朝刊
【正論】憲法を考える 新しい経済・社会環境に対応すべし
榊原英資(慶応義塾大学教授)
 
◆堕落の連続だった政治
 日本国憲法が一九四六年二月三日、マッカーサー元帥から示された、いわゆる「マッカーサー・ノート」をもとに、民政局長ホイットニー准将の監督のもとで民政局のハーバード・ロー・スクール出身のケーディス大佐、ハッシー中佐、ラウエル中佐を中心とした二十五名の比較的若いスタッフによって、わずか九日間で書かれたものであることは既に周知の事実となっている。こうした誕生の経緯、あるいは、その内容の問題点を考えれば、日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)占領終了後に、完全に独立した日本国政府によって改正されるべきものであった。しかし、当時の首相吉田茂は、憲法改正の道を選択せず、国内の多数派であった「進歩派」に妥協し、憲法の弾力的解釈と日米安保条約によって、冷戦下の日本を守る決断をする。
 一九五〇年代初めの日本の政治状況、あるいは言論界における「進歩派」の圧倒的影響力を考えれば、吉田茂の判断は政治家の当面のそれとしてはおそらく正しかったのであろう。しかし、その後、その決定が日本の戦後保守政治の中で定着し、タテマエとしては「進歩派」の論を受け入れ、保守の知恵としての「現実主義」あるいは「状況主義」をかかげるという原則が確立してしまったということは、政治の堕落以外の何物でもなかった。そんな理想主義的なことをいっても現実はそんなものではないんだよというのでは、およそ、知的論争とか政策論議をする余地はなく、ただただ、内外の利害関係の調整にとび回ることになる。そして、大ざっぱにいって、一九五〇年代以降の日本の政治は、そうした堕落の連続であったのではないか。
 
◆もはや時代遅れの産物
 かつての憲法改正論議が風化し、保守政治の堕落が明確になった今、我々は新しい視点から憲法改正論議を始める必要があるのではないだろうか。一九五〇年代の「進歩派」そして、戦前のレジームにノスタルジアをもっていた「保守派」の古い構図で憲法改正を考えるのではなく、制定から既に五十二年たって全く変更が加えられていない憲法及び微調整が終わっているそれに基づく法体系を二一世紀の新しい政治・経済環境に応じて変えていくことは、どのような政治的立場をとっても、当然やらなければならないことである。既に、冷戦も終了し、資本主義の形もかつての産業・金融資本主義から情報資本主義に大きく変わりつつある。主権国家の変容、グローバリゼーションの現状にどういう評価を与えるかはともかく、国内・国際環境が大きく、五十余年前に比べて変化していることは議論の余地がない。そして、そうした時代の流れに対して、憲法だけでなく様々な法律が時代遅れのものになり、二一世紀の日本をつくっていくのに大きな障害になってきている。各種世論調査等でも、特に、若い世代を中心に、素直に憲法改正を支持する層が今や多数派になっているのは、こういう背景があってのことだろう。いわば、後向きの憲法改正論から前向きの憲法改正論に転じてきている訳で、私としても、こうした流れは大いに歓迎したい。
 
◆保守か革新かの踏み絵
 もちろん、こうした前向きの憲法改正論を支持するということは、日本の国としてのアイデンティティーを議論しなくていいということでは全くない。しかし、情報化、グローバル化を正面から否定するナショナル・アイデンティティー論は、かつての古い憲法改正論議の蒸し返しのような気がしてならない。グローバル化、ネットワーク化は好むと好まざるとにかかわらず今後進展していく。個人的にそれを否定し、隠遁する選択はあるかもしれないが、国としては、こうした環境を所与として対策を考えていくしかない。逆説的に聞こえるかも知れないが、グローバル化し、ネットワーク化すればする程、ローカルなあるいは、ナショナルなアイデンティティーが必要になってくる。地球市民とか、コスモポリタンとかいう概念にはほとんど意味はない。我々はあくまで日本人であり、それ以外ではありえない。しかし、問題は、相手とコミュニケート出来る能力や手段をもっているか、あるいは、相手から学んでいく意志をもっているかどうかなのである。
 憲法改正の議論は広く行うべきであり、かつ、早急に国民的コンセンサスをうるべく必要な政治的プロセスを用意すべきである。そして論点は、戦後民主主義対日本の伝統ということではなく、二一世紀の新しい経済、社会環境下における日本のあり方でなくてはならない。
 そして、憲法改正が単に憲法だけにとどまらず、基本六法、そして行政法まで含む法律体系の全般的見直しに進む必要がある。憲法改正論が保守か革新かの踏み絵である時代は終った。むしろ、憲法改正についての態度を、前向きに、二一世紀にむけて日本を変えていく意志があるのかどうかについての判断材料にするべきだろう。
 
◇榊原 英資(さかきばら えいすけ)
1941年生まれ。
東京大学大学院、ミシガン大大学院修了。経済学博士(ミシガン大学)。
大蔵省入省後退官、現在、読売新聞調査研究本部客員研究員、慶応義塾大学教授、慶応義塾大学グローバル・セキュリティ・リサーチ・センター(GSEC)ディレクター。


 
 
 
 
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