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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1993/05/03 産経新聞朝刊
【正論】歴史的・政治的現実が優先
小堀桂一郎(東大教授)
 
◆国家戦略の態勢作りに
 憲法改正の気運が徐(おもむ)ろに熟成しつつある現在、「どの様に」改めるかについてはなお長い時間をかけての慎重な討議が必要であろうが、「どの部分」を変えるかについては大方の見る所は一致していて、即ち既に合意は形成されていると見てよいのだろう。言うまでもなく第九条と、そして現実に多くの違憲訴訟事件を惹起(じやっき)しているところの、硬直した政教分離原則である。
 前者については、その改正の動機は決して「国際貢献の要請に応えるため」などという「外発的」なものであってはならず、それは、いよいよ険悪の度を加えつつある東アジアの国際情勢にそなえて、我が国が自力を以て安全保障体制を確立し、長期的な国家戦略の展望をひらくための態勢作りでなくてはならない。国際連合の要請する平和維持作戦参加のための自衛隊(改憲実現の暁には正規の国軍となっているはずであるが)の海外派遣はその「結果」として可能になるべきことである。そのことが「目的」の改憲であってはならない。
 後者については、憲法の条文と我が国の伝統的信仰・習俗が相容れ難く撞着(どうちゃく)したと認められた場合、ではどちらが折れて出るのかという視点が重要である。成文憲法は一国の歴史的・政治的現実(即ち国体)を文字化したまでのものであってその逆ではないのだから(つまり憲法が現実を作るというわけではないのだから)、両者の間に両立し難い齟齬(そご)が生じた場合は、習俗伝統の方を生かして、憲法の方が現実に道を譲るというのが当然自明の理である。
 この二つの事項についての改正が実現すると、論理の必然として、天皇と国軍との関係を明記すべきであるし、皇室の伝統たる 祭祀(さいし)権も国事として認定できることになるので、第一章の天皇条項にも少なくとも二箇条ほどの追加が必要となってくるが、第一章への加筆はその程度でよろしく、現行法に大きな改訂を加える必要はない。敢えて言えば、第一条で〈天皇は、日本国の元首であり日本国民統合の象徴であって・・・〉とわずか二字の改訂でよいというのが度々筆にしている筆者年来の持論である。とかく問題視される〈主権の存する日本国民の総意〉という概念も、現行の諸注釈が歪(ゆが)んでいるのであって、原文の英文表現を見ればこの字句は実は日本の伝統的思想に添った穏当なものであることがわかる。〈日本国民の総意に基く〉というのは、然るが故に萬世一系、未来永劫に不動の地位なのだ、という意味である。
 
◆克服不可能でない難問
 改正の手続きについては、現行の第九章第九六条に規定した手続(両議院の総議員の三分の二以上の賛成、次に特別の国民投票における過半数の賛成)があまりにも難関と映ずるばかりに、従来も改憲を主張し推進せんとする人々の士気を沮喪(そそう)させるが如くに作用し、時として現憲法の廃棄といった様な非常手段の主張を誘発するものとなっている。たしかに、所謂(いわゆる)「護憲」を標榜(ひようぼう)する側の複数の大新聞が結束して憲法改正反対の大宣伝を展開したとすれば、国民の過半数を改正賛成派の方に獲得することは甚だ困難、と言うよりもまずは不可能と思える。そこで絶望のあまりクーデターまがいの過激発言も登場することになる。
 だが、一見絶望的なこの改正手続きの難関も、決して克服不可能というわけではない。それには何よりも内閣総理大臣が(現総理のことではない)改憲に対して確乎(かつこ)不動の信念を有し、改憲の必要性を辛抱強く、真摯(しんし)に(たぶんテレビを通じてが最も効果的であろう)国民に向かって訴え続ければよい。問題はただその様な決断力と行動力を有する総理大臣を我々が持ち得るか否かである。だがそれも亦(また)、我々国民の意識の持ち方次第ではなかろうか。
 憲法改正は、如何に時間と労力を費やそうとも、現行の第九六条の規定に則って、合法的に、適正に行われなければならないのだが、そのわけは、現憲法とてもやはり形の上では旧「大日本帝国憲法」の改正条項たるその第七三条に基づき、枢密(すうみつ)顧問の諮詢(しじゆん)と帝国議会の議決を経、天皇の御裁可を得て発効したことになっているからである。
 
◆重要な憲法公布の勅語
 現憲法には、周知の如く英文直訳調の「前文」なるものがついている。これは簡単に言えば敗戦国の政府が戦勝国アメリカに捧呈させられた臣従の誓詞であって(現在では彼国にとっても甚だ迷惑な起請文であろう)、改正実現の折には端的に全文削除とするより他ない代物なのだが、実はその前文の前に更に、憲法公布の勅語なるものが付けられており、そこで昭和二十一年十一月三日付を以て、昭和天皇が上記の改正の経緯を記してこの憲法に出自の正統性を保証しておられるのである。それがいくら事実に反したことだと言っても、とにかく御名御璽(ぎよめいぎよじ)を以てしてのお墨付である。そして憲法が成文法である以上はこの形式的整合性は甚だ重要である。故に、改正の手続きはやはり現行の第九六条の規定を遵守(じゅんしゅ)した上で、合法の、公正な道を踏んで、安んじて今上天皇の御裁可を仰ぐのでなければ、現実に権威を以て機能し得るだけの正統性を獲得できないのである。
 
◇小堀 桂一郎(こぼり けいいちろう)
1933年生まれ。
東京大学大学院修了。文学博士。
東京大学教養学部教授退官後名誉教授、現在、明星大学日本文化学部教授。


 
 
 
 
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