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2000/06/06 産経新聞東京朝刊
【問われる 森の中】(下)憲法問題 日本改憲後を見据える米国
 
 森喜朗首相が主要国首脳会議(沖縄サミット)参加国歴訪の最終訪問地ワシントンに到着した五月四日。市内のレストランでは、日米両国の安全保障政策に深くかかわるアーミテージ元国防次官補が「安保専門議員訪米団」に参加した自民、保守両党の国会議員に、日米安保体制のあるべき姿を熱心に説いていた。アーミテージ氏の話題は「日本国憲法」へと移り、「九条改正に関心を抱いている」と発言するにとどまらず、早期実現を促す極めて異例の言葉を口にした。
 前日にも、国防総省アジア太平洋部長のグレッグソン海兵隊少将が「憲法改正など日本側のビジョンをよく理解し、日米安保体制を発展させたい」と、わざわざ「憲法」を引用し意見を述べていた。そのことを思いだした出席者の一人は「米国は、日本の憲法改正が“射程”に入ったと分析している」と確信した。
 確かに今年一月、戦後初めて衆参両院に憲法調査会が設置され、タブー視されていた憲法論議が緒に就いた。これを受けて、自民党は総選挙公約に「自主憲法制定」を復活させている。森首相も四月の党首討論で憲法など戦後制度について「思い切って変えていかなければ、二十一世紀に対応できない」と明言しており、米国側の見方は的外れではない。だが、自民党公約に具体的踏み込みはなく、公明、保守両党との与党共通公約では言及さえされていない。「戦争放棄」をうたった九条の改正に難色を示す公明党に配慮したためだ。
 逆に自民党は先月、憲法論議の焦点の一つである「自衛権」の否定につながりかねない「戦争決別宣言」決議を提案、衆院で与党だけで採決に踏み切った。「日本は天皇を中心にしている神の国」との首相発言による「政権ダメージを緩和する選挙対策だ」(旧小渕派若手)という。
 憲法に対する自民党の“ぶれ”は今に始まったことではない。昭和三十年十一月の立党時には「平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり」とする「政策綱領」を掲げていたが、河野洋平総裁時代の平成七年三月に決めた「新綱領」では、当時の連立相手・社会党などに配慮して、「自主憲法」「改憲」の文言を削除した。そのときに幹事長として河野氏とコンビを組んでいたのが森首相だった。
 野党各党は故小渕恵三前首相が倒れ、青木幹雄官房長官が首相臨時代理に就任した際の手続きの糾弾にエネルギーを費やしている。だが、自民党憲法調査会は平成五年六月に発表した「中間報告」で「首相が欠けた場合、新首相誕生までの規定がない」問題をすでに指摘している。
 岡崎研究所の小川彰主任研究員は「最近の不安定な政治では、政界の“改憲熱”はここらが限界だが、改憲の遅れは日本の安保・危機管理法制の整備を一層遅らせる悪循環を生む」と懸念する。昨年五月、朝鮮半島など日本周辺の武力紛争に備え、日米安保体制強化のために成立した新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)関連法では「米軍支援は戦闘地域と一線を画し、武力行使と一体化しない」との制約が付けられた。「米軍が日本のために戦い、自衛隊が後方支援する場合、自衛隊は自らの活動地域が危険になれば、米軍を見捨てて撤退するという“裏切り行為”が、国内的には公認されたことになる」(海上自衛隊将官)。現行憲法解釈が、同盟国に対する攻撃を自国への攻撃と見なし、共同で敵にあたる「集団的自衛権」の行使を認めていないのが原因だ。もっとも、有事や大災害など国家非常・緊急事態に対応する規定自体、そっくり抜けている。
 日本の国内事情をよそに米統合参謀本部は五月、二十年間の指針「ジョイント・ビジョン2020」の中で「同盟国との共同作戦のレベルを向上させ、連携をさらに重視していく」姿勢を明確にした。
 米国が「日本の改憲後」を本気で見据え始めた背景が透けてみえる。憲法を改正することによって、米軍は自衛隊をはじめとする「同盟国・日本」の官民あげた支援を受けられ、戦略の大規模で合理的な見直しが可能になるのだ。
 憲法は日本の内政問題であり、米国の戦略は一義的には自国の利益のためだ。だが、米軍のプレゼンスが日本の国益につながっている以上、日本の憲法と米国の戦略は無縁とは言い難いのが現実だ。
 しかし、「憲法」や「安保・危機管理」は今回の総選挙でも大きな争点になってはいない。産経新聞社が五月末に実施した全国世論調査では、「最も関心のある課題」という設問に「憲法」と答えた有権者は二・五%、「二番目」に選んだのも四・九%で共に最下位だった。この数字は、与野党の憲法問題に対する取り組みの“濃度”と無関係ではない。(野口裕之)


 
 
 
 
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