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1994/10/10 産経新聞朝刊
【水平垂直】自民党基本問題調査会 早くも「改憲堅持論」
 
 自民党は、先に発足した党基本問題調査会(会長・後藤田正晴元副総理)を中心に、党の基本理念、綱領などの見直し作業に着手した。結党以来初めてだが、冷戦構造の崩壊、五五年体制の終えんという新しい時代を迎え、自民党の再生をアピールするねらいがある。党内からはこれまで同党が党是としてきた自主憲法制定・改憲の主張は堅持すべき−とする綱領見直しに慎重論が早くも出ており、党を二分する論争に発展する可能性もある。(榊原智)
 
◆大幅見直しか◆
 昨年、結党以来初めて野党に転落、党の出直しを迫られたことが今回の基本理念見直しのきっかけ。その後、社会党、さきがけとの連立という形で政権に復帰したが、社会党が基本政策を大転換、自民党にも「改憲」の党是見直しを期待する声が強まっていることも背景にある。
 自民党の基本文書は、昭和三十年十一月の結党の「立党宣言」「綱領」「党の性格」「党の使命」「党の政綱」の五つ。これら文書は、外では冷戦の激化、内では左右社会党の統一など社会主義、共産主義勢力が台頭し始めた当時の状況を反映、自由と民主主義を掲げる新しい保守党の誕生をうたい上げている。
 自民党が党是とする自主憲法制定は、「党の使命」の中に「現行憲法の自主的改正をはじめとする独立体制の整備を実行」という形で言及され、「党の政綱」でも、「現行憲法の自主的改正をはかり、占領諸法制を再検討し、国情に即して改廃を行う」とされている。綱領的文書としては、ほかに昭和四十年から五十五年にかけて作られた党基本、青年、労働、婦人、倫理の各憲章や、結党三十周年(昭和六十年)の「党特別宣言」「党新政策綱領」がある。
 これまでも、同党は党基本問題調査会(同三十四年)、党基本問題運営調査会(同四十九年)などで、数次にわたり党の理念を検討したが、いずれも保守勢力として結党時の考え方を補強したものだった。今回の再検討は、五五年体制の崩壊という社会、政治情勢の大きな変化が背景にあるだけに、大幅な見直しとなる可能性もある。
 
◆憲法問題が焦点◆
 見直しで、焦点となるのが憲法問題。護憲派といわれる河野総裁自身、自主憲法制定を求めた党是の見直しに積極的といわれ、後藤田会長も先の産経新聞のインタビューで、「国論を二分するような時期ではない」などと述べ、九条を含めた改憲には消極的だ。さらに、新生党を中心とする野党勢力を「明確な改憲派」と位置付け、それに対抗する意味で、護憲リベラル色を強めようとする空気が強い。
 これに対し、憲法改正に積極的な側からは、「調査会のメンバーは護憲派といわれる人ばかりでバランスを欠いている」などの反発が出ている。従来、現行憲法の問題点を指摘してきた渡辺美智雄元副総理兼外相らは、自ら調査会への参加を望み、初会合では、「連立政権だからといって、社会党を気にして議論を縛るべきではない」と述べ、調査会の論議を自らのペースに引き込もうとしている。
 もっとも、「党の基本理念は、憲法への対応だけで示されるものではない」(同調査会幹部)として、憲法以外のテーマで「国民にアピールできる特色を出したい」(同)との建設的な声もある。とくに、従来の農業や商工業など生産者重視から消費者重視へと転換するのかなども議論の対象となりそうだ。
 
◆党名変更も◆
 党名変更問題は、野党への転落を機に、若手議員を中心に待望論が出てきた。政権に復帰した現在も、「国民は自民党を許していない。竹下派の中心だった勢力が新生党と名前を変えたことで、汚れたイメージが随分減った。イメージは大切だ」(宮沢派若手)との声がある。ベテラン議員には抵抗が強いが、現在の連立政権への支持率が上がっていることもあって、以前にくらべ党名変更を求める意見が減少しているのも事実だ。
 総裁選のあり方にも検討が加えられる。総裁公選の際の都道府県連(現行は全国合計百票)と国会議員(一人一票)の持ち票のバランス、推薦議員数(現行三十人以上)、選挙事務費の軽減−などがテーマとなりそうだ。
 
【自民党綱領など要旨】
◇立党宣言(抜粋)
 立党の政治理念は、第一に、ひたすら議会民主政治の大道を歩むにある。従ってわれらは、暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力または思想をあくまで排撃する。第二に、個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に、権力による専制と階級主義に反対する。
◇綱領(全文)
 一、わが党は、民主主義の理念を基調として諸般の制度、機構を刷新改善し、文化的民主国家の完成を期する。
 一、わが党は、平和と自由を希求する人類普遍の正義に立脚して、国際関係を是正し、調整し、自主独立の完成を期する。
 一、わが党は、公共の福祉を規範とし、個人の創意と企業の自由を基底とする経済の総合計画を策定実施し、民生の安定と福祉国家の完成を期する。
◇党の性格(抜粋)
 個人の自由、人格の尊厳および基本的人権の確保が人類進歩の原動力たることを確信して、これをあくまで尊重擁護し、階級独裁により国民の自由を奪い、人権を抑圧する共産主義、階級社会主義勢力を排撃する。
◇党の使命(抜粋)
 わが国に対する浸透工作は、社会主義勢力をも含めた広範な反米統一戦線の結成を目指し、いよいよ巧妙となりつつある。国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、政治は混迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制はいまだ十分整わず、加えて独裁を目指す階級闘争はますます、し烈となりつつある。
 国民大衆と相携え、第一、国民道義の確立と教育の改革 第二、政官界の刷新 第三、経済自立の達成 第四、福祉社会の建設 第五、平和外交の積極的展開 第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって国民の負託に応えんとするものである。
◇党の政綱(抜粋)
 平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自営軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。
(いずれも昭和30年11月15日付)


 
 
 
 
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