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1994/09/17 産経新聞朝刊
【主張】安保政策にムードを排せ 集団自衛など憲法提起を
 
◆社自連立の宿命的限界
 平成七年度防衛予算の概算要求は、過去最低の〇・九%増に抑えられた。合理的な理由はない。社会党が「一%台割り」の実績づくりにこだわり、自民党が簡単に引き下がったためだ。社自連立政権の宿命的限界というべきだろう。
 社会党の閣僚らは概算要求前、「村山首相が自衛隊合憲を認めてあげたんだから・・・」と自民党や防衛庁に恩に着せた。山口鶴男総務庁長官は「合憲の前提として『軍縮途上の自衛隊』を強調した首相の発言を光り輝くものにする必要がある」とさえ述べた。
 まさに本末転倒である。防衛費が首相発言を「光り輝かせる」ために決まるのでは国を誤る。綿密な周辺軍事情勢の分析などあらゆる要素を総合判断して定めるべき重大な政策なのだ。
 まして、現在の防衛予算はきわめてヤリクリが困難だ。人件・糧食費と、調達した装備のツケ払いだけで約八割を占める。無理に圧縮すると練度や研究開発にシワ寄せがいく。窮した末に約束ずみの駐留経費負担を減らしでもしたら米国の信用を失う。
 ここを社会党はまったく考えない。自衛隊合憲、日米安保堅持へ基本政策を百八十度転換したと言っても、現実のアジアの軍事情勢に開眼し、そこから国防の在り方や所要量を理性的に認識したわけではないからだ。単に円高で膨らんだドル建て防衛費を「世界第二位の軍事費」と誇張し、感情的に「軍縮」を叫ぶだけなのである。
 冷戦後においても、日本の安全保障の枠組みと改善を要すべき課題は変わらない。大まかにいって▽周辺からの脅威に効率的に対処できる最小限防衛力の整備▽決め手となる日米安保体制の信頼性の追求▽そのための憲法を含む法制面の改革−の三点である。もちろん、国際情勢の変化に応じた新たな発想が求められている。
 第一の防衛力整備については、米ソ軍事対峙の解消に応じて、自衛隊のリストラをはかるのは当然だ。防衛問題懇談会(首相の私的諮問機関)が八月に提出した答申も、自衛隊の装備体系の抜本的改革を提言している。
 航空自衛隊に限れば、戦闘機を削減する一方、空中給油機の導入や戦域ミサイル防衛(TMD)計画への参加を求めた。縮小する部分のみが注目されがちだが、実際は装備の置き換えや近代化による自衛隊の脱皮も強調しており、専門家はむしろ防衛費の拡大を伴うと見る。社会党は空中給油機もTMDも認めない方針だから、かりに現政権がこの提言を生かすにしても、都合のよい削減部分だけ「つまみ食い」するのは必至だろう。
 第二の日米安保体制の信頼性確保はもちろん日本の安全のためだ。同時に駐留米軍経費をほぼ全面的に日本が負担することにより、米国にとってこんなに「安あがり」に前方展開戦力を維持しておける同盟国はほかにない。
 これが日米安保体制の今日的で重要な意義である。多くの東南アジア諸国は冷戦終結で生じたアジアの「力の真空状態」に乗じて中国の脅威が漸増的に高まると強く警戒しており、米国の軍事的抑止力の維持を望んでいる。米国も世界の経済成長センターとなったこの地域に対する影響力の保持を狙うだろう。これらは日本が手にする有力なカードでもあるのだ。
 
◆安保タダ乗り改善の要
 第三に重要なのは、米国の「安保タダ乗り論」を封じるための日本の継続的な努力である。今のところ核開発疑惑に伴う北朝鮮の脅威は小康状態だが、朝鮮半島情勢が日本にとって最大の不安要因であることは疑いない。軽々に論ずるべきシナリオではないが、朝鮮半島有事の際に日本の安全の決め手となるのは日米共同対処だ。
 その際、大きな壁がある。現在の政府見解では「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」からだ。わかりやすく言えば、公海上で国籍不明艦の攻撃を受けた日本艦船を米軍に守ってもらうことは可能だが、逆のケースでは自衛隊は決して米艦船を守れない。
 個別的自衛権のみならず集団的自衛権を主権国家が持つことは国連憲章第五一条が明記する通りである。保有しながら行使できない権利は権利の名に値しない。憲法解釈上、集団的自衛権の行使は可能であることをまず明確にする必要があろう。
 こうした解釈改憲にとどまらず、日本の安全を法制面でまっとうするためには憲法改正が必要となる。この最重要課題を勇気をもって国民に問うことのできる政治勢力の結集をわたしたちは願う。これを抜きにした政界再編論議は政権のみに執着する単なる政党の合従連衡であり、国の安全を損なう結果になることを憂うからである。


 
 
 
 
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