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2000/05/03 読売新聞朝刊
読売新聞社憲法改正第2次試案のポイント 日本の将来像見据えて
 
《総論》
◆変動の速度上げる世界 世論動向も変化94年試案を補強
 世界はますます変動速度を速めている。こうした時代状況にあって、日本の将来像を考えるに際しては、国の基盤となる憲法のあり方についての議論を避けるわけにはいかない。
 読売新聞は、このような認識に立ち、二十一世紀にふさわしい憲法を考える論議のたたき台として、憲法改正第二次試案を提言する。
 読売新聞は、すでに、九四年十一月三日、現行憲法の全体にわたる改正試案を提示している。今回の提言は、その後の内外の変化を踏まえ、九四年試案を改訂・補強したものである。
 改訂・補強した主要な内容の第一は、「公共の福祉」の内容を、国際人権規約の規定を援用して内容を明確化したことだ。行き過ぎた個人主義が横行しているとの指摘も多い現状を踏まえ、権利間の調整や権利・義務関係のバランスの所在を改めて考える素材としたい。
 第二は、政党条項の導入である。現実に憲法構造の中で不可欠の存在となっている政党の望ましいあり方について、国民的な議論をする必要があると考えるからだ。
 第三に、法律の成立要件をめぐる衆参両院関係について、衆院の優越性を大きく強めた。基本的に国民の意思は、随時、解散・総選挙のある衆議院の方に、より正確に代表されるはずだからだ。
 第四は、緊急事態における首相の特別指揮権条項の新設である。これは世界の憲法の常道といえる必要条項である。
 第五には、安全保障に関して、自衛のための「軍隊」の保持を明記した。自衛隊は軍隊ではないなどという、世界には通用しない仮構の実態を直視し、国民が改めて安全保障に正面から向き合う契機としたい。
 また、犯罪被害者の権利条項、行政情報の開示請求権条項を新設し、地方自治の基本原則として「地方自治の本旨」に換えて「地方自治体及びその住民の自立と自己責任」と明示することとした。
 今年の通常国会から、衆参両院に憲法調査会が設置され、議論が始まっている。国民世論の動向も大きく変化した。憲法論議を国会に限らず、国民的論議として進める場合に、九四年試案および第二次改正試案を通じて提起した改正提言の内容は、いずれも欠かせない論点であると考える。
 
《公共の利益》
◆行き過ぎた個人主義 義務・責任とバランス図る
 「公共の福祉」の内容として、国際人権規約の条文を援用し、「国の安全や公の秩序」などを明示する。「公共の福祉」を「公共の利益」とする。
 九四年試案第一六条・現行憲法第一二条(自由及び権利の保持責任)を一七条として次のように改める。ゴシック・傍線部分が改正条文。
 【条文】 第一七条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、常に相互に自由及び権利を尊重し、国の安全や公の秩序、国民の健全な生活環境その他の公共の利益との調和を図り、これを濫用してはならない。
 基本的人権の尊重を基本原理の一つに掲げる現行憲法により、国民の基本的人権が確立し、拡充されてきた意義は大きい。
 しかし、制定から半世紀以上を経て、憲法が想定する責任ある個人主義から逸脱し、単なる自己中心主義に陥り、権利を優先して義務や責任とのバランスを欠く面が顕著になっているとの指摘がある。公共性、正義、公正などの観念が揺らぎ、薄れているという声も聞かれる。
 他者の自由及び権利の尊重を欠いた行き過ぎた個人主義は、今日の社会に様々な歪(ゆが)み、ひずみをもたらした。それが、社会の存立の基礎を不安定にし、「個人の尊厳」を脅かすおそれもある。
 こうした状況を招いたのは、自由及び権利との調和を図るべき「公共の福祉」の概念が明確ではなかったことに一因がある。
 今日、憲法制定時には想定されなかったグローバル化、情報化などによって内外ともに歴史的な転換期にある。憲法制定後の歴史的経過を踏まえつつ二十一世紀を展望する時、個人が互いの自由と権利を尊重し、自ら義務と責任を負って自発的に活動し、社会に参画することを通じて公共性を構築することは極めて重要な課題となっている。
 そのために、これまで、あいまいで多様な捉(とら)え方をされてきた「公共の福祉」を明確にし、その内容を具体的に明示する必要がある。他者の権利の尊重を憲法の条文に明記することも重要だ。
 国際人権規約のB規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)は、個人が他者及び社会への義務を負い、かつ権利の増進、擁護のために努力する責任を明記している。
 具体的には、例えば、表現の自由について、規約一九条で、その権利行使に「特別の義務及び責任を伴う」ことを明記し、さらに「他の者の権利または信用の尊重」と「国の安全、公の秩序または公衆の健康もしくは道徳の保護」という目的に限って法律による権利行使の制限を認めている。
 一二条「移動、居住及び出国の自由」、一八条「思想、良心及び宗教の自由」、二一条「集会の自由」、二二条「結社の自由」も同様である。
 また、A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)でも、八条「団結権」について、同様の権利行使の制限を認めている。
 これは、国の平和と安全や、社会の秩序、健全な生活環境などが、個人の人権を確保し、自由で自発的な行動を保障する不可欠の条件であるからだ。それが憲法に言う「公共の福祉」の具体的な内容でもあることは明らかだ。
 国際人権規約は、広く世界各国に承認され、わが国も一九七九年に批准している。国際人権規約を援用して「国の安全」や「公の秩序」などを憲法に明示するのは、国際人権規約の精神と内容を日本の憲法に生かそうとするものだ。自由及び権利の相互尊重の明記も同じ趣旨による。
 その際、「公共の福祉」という表現の見直しも必要だ。「公共の福祉」の内容からすれば、「公共の利益」とするのが適当である。
 これに伴い、九四年試案一六条以外の条文の「公共の福祉」もすべて「公共の利益」と改めた。
 「公共の利益」の内容として「国の安全」や「公の秩序」などを憲法に明示することは、もとより、国家を個人に優先させる国家主義などを意味するものではない。「公共の利益」は、常に基本的人権との調和の観点から理解されるべきものである。
 
《政党条項》
◆実態は「公的存在」 自律性を高めて成熟促す
 現実の政治を決めるうえで不可欠の存在になっている政党を、憲法で、その位置付けをはっきりさせる。
 【条文】 第三条(政党)〈1〉国民は、その政治的意思形成に資するため、自由に政党を結成することができる。〈2〉政党は、国民主権の原理を尊重し、民主政治の発展に努めなければならない。
 政党は、国民のさまざまな要求を聞き、その声を整理・集約して実際の政治に反映、実現させる役割・機能を担っている。
 憲法の基本原理のひとつである議会制民主主義は、政党の存在を前提にしている。これに代わる政治的組織や機関は見当たらない。
 政党の在り方を憲法に明文化し、憲法上の位置づけをはっきりするべきだ。世界各国をみると、ドイツ、フランスなど憲法に政党規定をもつケースが多い。政党条項の導入により、政党の自律性を高め、健全で成熟した政党政治を求めなければならない。
 現行憲法には政党に関する明文規定がない。憲法第二一条(集会・結社・表現の自由、通信の秘密)を根拠規定として、一般の結社と同じ社会団体として性格付けられてきた。
 政党が、制度的にも社会的にも公的存在になっていることは、現在では自明である。私的な結社として同列に扱うことは適当ではない。
 わが国では、総選挙で衆院の過半数を制した政党や政党の連合から、国会で首相が選ばれ、内閣を組織する。こうした仕組みは、政党が、「憲法構造のなかで不可欠の構成要素」になっていることを示している。
 現実の政治は、政党の価値観、政策、さらには連立政権を担当する政党の組み合わせで、その動向が決まる要素が強い。憲法上の位置付けが曖昧(あいまい)なままの姿は望ましくない。
 一九八二年、参院には拘束名簿式比例代表制が、一九九四年には、衆院に小選挙区比例代表並立制が導入された。いずれも政党中心の選挙制度である。
 九五年からは、政党の法人格取得を条件に、国民の税金から年間で三百億円を超える政党交付金が助成されている。
 だが、国民が政党に対して信頼感をもっているとはけっしていえない状況だ。政党は、社会的責任の重さを自覚し、改革への道筋を明らかにしなければならない。その改革には、情報公開による透明性が求められている。
 政党が本来の役割を認識し、その機能を発揮するためにも、憲法上の規定を明確に書き込むことは必要であると考える。
 政党に対する規定は、一九九四年に提言した読売新聞憲法改正試案第一章の国民主権に挿入する。その第二条は、「国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じ(中略)主権を行使する」である。
 間接民主制下の政党に関する規定は、このあとに配置する。政党は主権者である国民の意思を尊重して、現実の政治に生かす機能を担っている。国民主権の章に置くことが、適当であると判断した。
 
《衆院の優越性》
◆濫発を防ぐため60日の「再考期間」 再議決の要件 「過半数」に緩和
 法律案について、衆議院と参議院の議決が異なった場合、衆議院による再議決の可決要件を、過半数の賛成に緩和する。
 九四年試案第六六条・現行憲法第五九条(法律案の議決、衆議院の優越)を第六九条として、次のように改める。ゴシック・傍線部分が改正条文。
 【条文】 第六九条(法律案の議決、衆議院の優越)〈1〉法律案は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
 〈2〉衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の過半数で再び可決したときは、法律となる。
 〈3〉前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
 〈4〉第二項の規定による衆議院の再議決は、参議院の議決後、国会休会中の期間を除いて六十日を経なければならない。
 〈5〉参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなし、出席議員の過半数で再び可決して法律とすることができる。
 衆議院と参議院の役割分担を明確にし、二院制を活性化する国会改革が急務だ。とくに参議院は「衆議院のカーボンコピー」と批判されて久しい。衆議院の政党間の勢力争いが参議院に持ち込まれ、第二院としての独自性が発揮されていない。
 衆議院は総選挙で示された民意を反映した政権の枠組みを作り出し、安定した政権運営に努める場であり、参議院は衆議院の政党間の争いから一歩引いた立場で、衆議院の審議で不足した点を補う、質の高い審議を行う場であるべきだ。
 しかし、実際には、法律案の議決権で参議院が実質的に衆議院と対等の権限を持つため、政党は参議院でも多数を占めなければ政権の安定が難しい。
 総選挙で第一党が過半数を制しても、参議院の議席によっては連立を組まざるを得ないケースが生じる。総選挙での民意に関係なく、参議院が政権の枠組みを制約する政治の現状は、憲法が想定しなかった事態といえる。
 九四年試案では、内閣総理大臣の指名権を衆議院に限定した。衆議院が政権を作り出す機能を強化するためだ。
 さらに、法律案について参議院が衆議院と異なった議決をした場合の衆議院による再議決の可決要件を、現行の「三分の二以上の多数」から「五分の三以上の多数」に緩和した。安定かつ機動的な政権運営が行われるよう衆議院の優越性を強めたものだ。
 追加提言はこの考え方をさらに進め、再議決の可決要件を「過半数」とした。衆議院の政党が参議院まで支配する必要性は大きく低下する。衆議院の政党間の争いが持ち込まれなくなり、参議院での活発で良質な審議が期待できる。
 衆議院が再議決権を濫発することを防ぐため、参議院の審議結果を衆議院が十分に考慮する期間として、六十日の「再考期間」を設けた。
 ただし、参議院が衆議院から法律案を受け取ってから六十日以内に議決せず、「見なし否決」条項が適用された場合は、参議院の意思表示がなかったのだから、「再考期間」は必要ない。
 九四年試案は参議院に条約承認案件と人事案件の議決の優越権、憲法裁判所長官指名権などの新たな権限を与えた。
 参議院の権威を高め、地盤沈下を防ぐ狙いからだ。しかし、このうち条約案件については、条約承認の成否がときに政権の死命を制するものであり、追加提言が重点を置く衆議院の機能強化に影響しかねないとの考えから、衆議院を優越させた現行条文に戻すこととした。
 二院制活性化のためには、両院の選挙制度のあり方を抜本的に見直し、現行憲法の枠組みにとらわれない議論を深めていく必要もある。
 
《自衛のための軍隊》
◆解釈、現実から遊離 機能の実態に合わせる
 九四年試案の安全保障条項における「自衛のための組織」を「自衛のための軍隊」と改め、実態に合わせた呼称とする。
 九四年試案では、第三章「安全保障」の第一一条(自衛のための組織、文民統制、参加強制の否定)で、「日本国は、自らの平和と独立を守り、その安全を保つため、自衛のための組織を持つことができる」と明記した。現行憲法第九条は、解釈が混乱しやすい条文になっているため、自衛隊の存在およびその意義を憲法上、明確に位置づける表現が必要との判断からだ。
 今回は、「自衛のための組織」という表現について、自衛隊が軍隊として機能している実態に合わせて、「自衛のための軍隊」と変更した。これによって、日本が独立国家として軍隊を保持していることをより明確にした。
 日本政府は、現行憲法第九条第二項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」との条文解釈が自衛のための実力の保持まで禁止したものではない、という立場から、これまで着実に防衛力の整備を進めてきた。しかしながら、「戦力は持てない」との建前があるため、政府は、現実から遊離したさまざまな憲法解釈を生み出さざるを得なかった。
 例えば、現在の「自衛隊」が軍隊と言えるかどうかについて、一九八五年十一月五日の政府答弁書は、自衛隊と軍隊について、「自衛隊は、憲法上、必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なると考える」としている。
 この結果、国会論議は、防衛力の実態とはかけ離れた“神学論争”に終始し、現実に即した建設的な安全保障論議がなかなか進まなかったのが実情である。
 その一方、国際的には、自衛隊は軍隊として取り扱われてきた。一九九〇年十月十八日、当時の中山外相は衆院本会議で、「国際法上は軍隊として取り扱われておりまして、自衛官は軍隊の構成員に該当いたします」と答弁している。
 こうしたことから、憲法上、表現をより一層、明確化し、自衛のための軍隊の保持を明確に認めた上で、安全保障、国際協力にかかわる政策論議を推し進めていくべきである。
 ただし、今回の変更は、九四年改正試案の趣旨は一貫して継承している。その条項で示した侵略戦争の否認、大量殺傷兵器の禁止や、徴兵制禁止、文民統制などの基本的な骨格を変更する必要はないと考える。
 
《緊急事態条項》
◆首相に命令権集中 国会の承認、20日以内に
 緊急事態に迅速、適切に対処するための基本方針を明記する。
 首相の緊急事態宣言は、国会承認でチェックする。
 【条文】 第八八条(緊急事態の宣言、指揮監督)〈1〉内閣総理大臣は、国の独立と安全又は多数の国民の生命、身体若しくは財産が侵害され、又は侵害されるおそれがある事態が発生し、その事態が重大で緊急に対策をとる必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、全国又は一部地域について、緊急事態の宣言を発することができる。
 〈2〉前項の宣言には、その区域、宣言を必要とする事態の概要及び宣言の効力が生ずる日時を明示しなければならない。
 〈3〉内閣総理大臣は、緊急事態の宣言を発した場合には、法律に基づき、自衛のための軍隊のほか、警察、消防等の治安関係機関を一時的に統制し、それぞれの機関の長を直接に指揮監督できる。また、前段に定めるもの以外の国の機関、地方自治体その他の行政機関に、必要な指示及び命令を行うことができる。
 第八九条(国会承認と宣言の解除)〈1〉内閣総理大臣は、緊急事態の宣言を発したときは、二十日以内に国会に付議して、その承認を求めなければならない。衆議院が解散されているときは、緊急集会による参議院の承認を求めなければならない。
 〈2〉内閣総理大臣は、国会が緊急事態の宣言を承認しなかったとき、又は宣言の必要がなくなったときは、すみやかに宣言を解除しなければならない。
 第九〇条(内閣総理大臣の緊急措置、基本的人権の制限)〈1〉内閣総理大臣は、緊急事態の宣言を発した場合には、国民の生命、身体又は財産を守るためにやむをえないと法律が認める範囲内で、身体、通信、居住及び移転の自由並びに財産権を制限する緊急の措置をとることができる。
 〈2〉内閣総理大臣は、前項の措置をとる場合には、この憲法が国民に保障する基本的人権を尊重するよう努めなければならない。
 国の緊急事態としては、外国からの侵略、大規模なテロ、騒乱、大きな自然災害や原発関連施設での重大、広範囲な事故の発生、またはそれらの切迫した事態などを想定している。
 緊急事態に対処する際、国民の基本的人権に影響が及ぶのは避けられない。それにもかかわらず、現行憲法には緊急事態への対処の基本方針を規定した条文はない。
 これについて、従来、政府や主な学説は、「緊急事態法制の根拠は公共の福祉に関する憲法規定に見つかる」とする解釈論に依拠したり、「必要は法を与える」との英米法の格言を引用して、「その場に及んで臨機応変に対応できるので不要」などと主張してきた。
 しかし、現実の緊急事態法制はきわめて不備なまま放置されてきた。現在、自衛隊法の防衛出動、治安出動、災害対策基本法の災害緊急事態などで個別的に規定されているが、各機関を有機的に運用、機能させる包括的な法制はなく、有事法制も整備は遅々として進んでいない。
 国家、国民の存亡にかかわる緊急事態への対処方針が予(あらかじ)め用意されていなければ、迅速、果敢な対処はおぼつかないのは明らかだ。行き当たりばったりの超法規的措置により、基本的人権に対する無原則な侵害すら招きかねない。
 国際的にも、主要国の多くが緊急事態に関する憲法規定を持っており、国の緊急事態に対処するための基本方針を憲法に明記しておくべきである。
 緊急事態にあたっては、指示命令系統の一本化による迅速、果敢な対応が欠かせない。首相が、緊急事態に主体的に対処すべき少数の閣僚等の補佐を得て、臨機敏速な決断、指示を行える態勢を法整備することを念頭に、指揮命令権を首相に集中することとした。
 緊急事態における首相の権限には、国民の基本的人権を必要最小限、法律に従って制限することも含まれる。制限できる基本的人権としては、身体、通信、居住・移転の自由、及び財産権を明記した。これにより、例えば緊急事態における一般住民の救助活動への協力を義務づけた現行の防災関連諸法や、公用優先のため電話その他通信手段の一般使用を一時規制する措置などが、明確な法的根拠を持つことになる。
 首相の緊急事態宣言に対しては、二十日以内の国会への付議、承認というチェックの場を置き、承認されない場合は緊急事態宣言は解除される。
 
《犯罪被害者の権利》
◆遅れた取り組み 司法手続きにも関与
 生命・身体を害する犯罪の被害者や家族に、国の救済を受け、かつ司法機関などに説明を求めたり、意見を述べたりする権利を保障する。
 「国民の権利及び義務」の章に四六条として新設する。
 【条文】 第四六条(犯罪被害者の権利)
 〈1〉生命又は身体を害する犯罪行為による被害者又はその遺族は、法律の定めるところにより、国の救済を受けることができる。
 〈2〉生命又は身体を害する犯罪行為による被害者又はその遺族は、法律の定めるところにより、当該事件の処理と結果について司法機関から説明を受け、裁判に際して意見を述べることができる。
 犯罪被害者の支援に関するわが国の取り組みは、欧米の先進国に比べ四半世紀も遅れているといわれる。一九八〇年に「犯罪被害者等給付金制度」が制定され、テロ事件や「通り魔」事件などの犠牲者、重障害者には一定の金銭的救済が行われるようになったが、後遺症に悩む被害者への医療、精神面でのケア、刑事司法手続きへの関与などの点については、まだまだ不十分との強い指摘がある。
 現行憲法をみると、加害者(容疑者、被告)に関しては複数の権利保護規定があるが、被害者への言及はない。学説の多くは、被害者支援は一三条(幸福追求権)、二五条(国の生存権保障義務)などによって根拠づけられる、との見解をとっているが、抽象性は否めず、具体的な被害者条項を盛り込むことで、その「権利」を明確化させる必要がある。米国も現在、同趣旨の条項を含む連邦憲法改正案を議会で審議中である。
 第一の条文では、被害者やその遺族に、国の経済、医療、精神面などでの「救済」を受ける権利があることを明記した。
 また、第二の条文では、被害者らが警察や検察、裁判所などに対し、関係した事件の処理状況や結果(捜査状況、起訴・不起訴、裁判の状況、裁判結果など)について十分な説明を求めることができること、さらに、加害者の公判においても心情や意見を述べる「意見陳述権」があることを明記した。
 
《行政情報の公開》
◆参政権の行使を補強
 国、地方にわたる情報公開制度の進展をふまえ、国民の権利として、憲法上、行政情報の開示請求権を明確にする。
 「国民の権利及び義務」の章に第四九条として、「地方自治」の章に一一四条として、次のように加える。
 【条文】 第四九条(国の行政情報の開示請求権)何人も、法律の定めるところにより、国に対して、その事務に係る情報について、開示を求めることができる。
 第一一四条(地方自治体の行政情報の開示請求権)地方自治体の住民は、条例の定めるところにより、当該地方自治体に対して、その事務に係る情報について、開示を求めることができる。
 行政機関の持つ情報の開示請求・閲覧についての関心は、年々高まっている。国の「情報公開法」が九九年五月に成立、来春には施行される。また、すべての都道府県には、すでに情報公開に関する条例が制定されており、市町村でも全体の四分の一余りが情報公開制度を定めた条例・要綱を持つ。
 こうした情報公開制度に基づき、市民オンブズマンなどが行政の問題点を洗い出し、行政の在り方を問うケースも少なくない。参政権の行使を補強する一つの形態と言えよう。
 しかし、国や地方自治体の持つ情報の開示請求権を明記した条項は現行憲法にはない。現行憲法の第二一条(表現の自由)や第一三条(幸福追求権)、第一六条(請願権)、第三一条(法定手続きの保障)などから、すでに保障されているとする説もあれば、一方で保障されていないとする説もあるなど学説は様々である。行政情報の開示請求権の根拠を憲法に明記することで、国民の権利の一つとして確立することが望ましい。
 なお、これらの情報の中には、個人のプライバシーにかかわるものや外交、犯罪捜査の情報など公開することで問題が生じるものもある。このため、開示対象には、法律や条例によって一定の制限が課されることはやむを得ない。
 
《地方自治の原則》
◆「自立と自己責任」明記
 地方自治の基本原則として、「地方自治の本旨」に換えて、自治体と住民の「自立と自己責任」を置く。
 九四年試案第一〇四条・現行憲法九二条(地方自治の基本原則)を第一一〇条として、次のように改める。
 【条文】 第一一〇条(地方自治の基本原則)
 〈1〉地方自治は、地方自治体及びその住民の自立と自己責任を原則とする。
 〈2〉地方自治体の組織及び運営に関する事項は、前項の原則を尊重して、法律でこれを定める。
 〈3〉地方自治体は、国と協力して、住民の福祉の増進に努めなければならない。
 地方自治の組織・運営は、現行憲法では、「地方自治の本旨」に基づくとされている。しかし、この表現が抽象的なため、地方自治の正しい理解と健全な発展の基盤として、十分機能してこなかったのではないだろうか。九四年試案では、「本旨」を「地域住民と地方公共団体の自治権」と言い換えたが、なおあいまいさが残った。
 読売新聞では九七年五月、地方分権に関する提言で、「地方自治体と住民の自立と自己責任」を、地方自治の基本精神に位置づけた。その上で、思い切った分権と、受け皿となる自治体の能力拡充が、自治の条件であるとして、十二州・三百市体制を柱とする地方制度改革を提唱している。
 他方、二〇〇〇年四月には、国の関与を廃止・縮小し、自治体の自主性を高める地方分権一括法が施行され、政府の分権改革は実行段階に入った。
 分権を巡るこうした動きを受け、今回は、地方自治の基本原則として、「自立と自己責任」を明記し、あるべき自治の実現に向け、自治体、住民の双方に自覚と責任を促すことにした。また、「対等・協力」を基本とする、分権時代の自治体と国との関係を踏まえ、国と協力して住民福祉の増進に努める自治体の責務をうたった。
 なお、現行憲法各条文中の「地方公共団体」は、都道府県・市町村を指す用語として定着している「地方自治体」に変更した。


 
 
 
 
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