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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/10/25 読売新聞朝刊
[社説]憲法公布50年 緊急事態への法整備を急げ
 
◆タブー視された「有事」論議
 昨年一月の阪神大震災は、不幸にも緊急・非常事態が発生した場合、日本では組織や制度、法律のいずれも、いかに不備であるかを白日のもとにさらした。
 危機への対応が厳しく問われたのは何もこれが最初ではない。二十年前の一九七六年九月六日、ソ連のベレンコ空軍中尉がミグ25戦闘機で函館空港に強行着陸し、日本に亡命する事件があった。
 問題は、航空自衛隊のF4ファントム二機がスクランブル発進したにもかかわらず、やすやすと領空侵犯を許したというだけではなかった。
 まずどこの役所が担当するかでもめた。「領空侵犯だから防衛庁」「いや密入国事件だから法務省だ」「拳銃(けんじゅう)を持っていたから警察庁じゃないか」という具合に、各省庁間で“消極的権限争い”が展開された。
 そのうち亡命の意思が明確になり、外務省担当となるが、今度は機体の処理・返還をめぐっての押し付け合い。「落とし物だから警察庁」「一種の密輸だから大蔵省」「自衛隊員が操縦して返還したのでは自衛隊の海外派兵になる」「通産省の担当となれば、武器輸出三原則に違反する」……。
 この“喜劇”としか言いようのない各省庁の対応は、緊急・非常事態に対し、組織上も法律上も備えのない日本の実態を物語るものだ。
 その二年後、自衛隊統合幕僚会議の栗栖弘臣議長は「超法規発言」で解任された。有事に関する法整備が行われていない状態では、奇襲攻撃など緊急事態の際、自衛隊は超法規的に対応せざるを得ないと発言した責任が問われた。
 その後、有事の際の法律の問題点についての検討作業が各省庁の事務レベルで行われたものの、政治の場で正面から議論することは長い間タブー視されてきた。
 しかし、戦争や大災害、大規模なテロなど緊急・非常事態が起きた場合の法律上の整備をしておくことは、国として当たり前のことである。そうでなければ、国民の生命、財産を守るという国としてもっとも基本的な責任を果たせない。
 緊急・非常事態への各国の法的対応をみると大別して二つのタイプがある。
 第一は、最高指導者への全権委任型だ。フランス憲法では「共和国大統領は非常事態によって必要とされる措置をとる」と規定、大統領に独裁的ともいえる権限を与えており、大統領制の国に多くみられる。
 第二は、あくまでも法律に従って対応することを基本とし、そのために体系的に非常事態法制を整備するタイプだ。ドイツがその典型で、基本法(憲法)には非常事態に関する詳細な規定がある。
 ドイツでは、一九六八年にこのための大がかりな憲法改正を行った。ドイツ国内に駐留する米英仏軍が介入できる余地を与えないためにも必要な措置であり、ドイツにとって非常事態法の整備は、真に独立するための必須の要件だった。
 このように国として当然やるべきことなのに、どうして日本ではタブー視されてきたのだろうか。
 その理由は、なぜ日本国憲法に緊急事態に関する規定がないのかについての代表的憲法学者の解説書をひもとけば、一目瞭然(りょうぜん)である。
 「憲法が緊急権規定を持たなかったのは決して憲法の欠陥なのではない。緊急権に関する憲法の沈黙は、憲法の基本原則に憲法自ら忠実であろうとする規範的意味とともに、自由と平和を守るという高度に積極的な政治=社会的意義も認められる」(小林直樹著「国家緊急権」より)
 要するに、緊急事態に関する規定を設けることは、憲法の平和原則や民主主義に反することであり、軍国化への傾向を強め、人権や国民生活に対する脅威になる、という考え方である。
 
◆憲法次元の検討が不可欠
 その前提には、緊急事態への対応の際、中核的な役割を果たす自衛隊が違憲の存在であるとの立場がある。こうした発想が国民的常識といかにかけ離れているかは言うまでもない。
 ドイツの著名な憲法学者で、憲法裁判所裁判官でもあったコンラート・ヘッセの次の指摘は、憲法における緊急事態規定の意味を余すところなく伝えている。
 「憲法は平常時においてだけでなく、緊急時および危機的状況にあっても真価を発揮しなければならない。憲法が危機を克服するための配慮をしていない時は、責任ある国家機関は、決定的瞬間において憲法を無視する挙に出るほかにすべはない」
 六千三百余人の尊い犠牲をもたらした阪神大震災を教訓に、読売新聞は昨年五月に提言した「総合安全保障政策大綱」で、緊急事態への法的、組織的整備の必要性を強調した。
 この中で、外部からの武力攻撃や大規模災害など緊急事態に際し、首相が「緊急事態」を宣言し、一元的な指揮監督権を持つなど機動的な対応ができるように関係法律を改めることなどを求めた。
 こうした考え方については、読売新聞が今年三月に行った世論調査や、八月に実施した有識者アンケートで、それぞれ七割近くの国民や一般有識者が賛成していることがわかった。
 にもかかわらず、政治の腰は依然として重い。阪神大震災以来、災害対策基本法の改正や首相官邸の情報収集機能の強化、首相補佐官制度の法制化などを行ってきた。しかし、憲法を含めた抜本的な検討にはほど遠い。
 橋本首相は就任以来、危機管理体制の強化を内閣の重要課題に据えている。国として責任ある体制をとろうとするならば、憲法の次元からの徹底した論議が不可欠であり、いまそれが求められている。


 
 
 
 
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