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1992/06/25 読売新聞朝刊
読売憲法問題調査会第9回会合 PKO協力は憲法と一致
 
 二十四日の第九回読売新聞社憲法問題調査会で行われた自由討議の主なやりとりは次のとおり。
 
《出席者》
 宮田 義二氏、諸井 虔氏、猪木 正道氏、斎藤 鎮男氏、西広 整輝氏、佐藤 欣子氏、島 脩氏、田中 明彦氏、西 修氏、北岡 伸一氏
 
◆「安保基本法」を提言/宮田氏 派遣前に検討が必要/猪木氏
 北岡伸一氏(立教大教授):今日のテーマは安全保障の問題、PKO(国連平和維持活動)協力法成立の感想、九月初めの本調査会の提言案起草に向けての今後の論議の進め方――といったところだと思います。
 宮田義二氏(松下政経塾長):安全保障問題について、私から口火を切らせてもらいます。私が最高顧問を務めている鉄鋼労連という産別組織が今春まとめた「わが国の安全保障」では、自衛隊を認めることをはっきり方向づけています。ただ、今のままでは憲法との関連で自衛権の行使についていろいろな問題が出てきそうだから、この際、安保と防衛に関する基本法を制定してはどうか、という提言をしたのです。基本法の中にどういうことを織り込むかについては議論がありました。非核三原則、シビリアンコントロール(文民統制)、武器輸出の禁止などは明文化したほうがいいでしょう。しかし、今の国際情勢の下では国連が中心になって行う世界平和の達成、実現のため、わが国は自衛隊を中心に貢献し、集団的自衛権を行使すべきだというのが、私たちの基本的な考えです。
 諸井虔氏(秩父セメント会長):PKO法が成立したこと自体は結構ですが、政党間の政治的妥協のため、いろいろな制約がつき、その点は残念です。三年後の見直しで、国会承認などの留保条件を外してもらいたい。
 佐藤欣子氏(弁護士):PKF(国連平和維持隊)参加の凍結が何を意味するのか、国会承認との絡みも不明確です。国民がもう少し成熟して、国際社会のために日本が何をすべきかを真剣に考え、PKOというだけで感情的反発をすることのないようにしないといけません。政府・自民党がリーダーシップを発揮せず、やすきに流れたことは、反対した社会、共産党の態度と同様に問題です。PKOにいつ、どこで、どういう形で参加するかは、内閣の重要な政策判断です。行政の責任であって、国会承認という形で決めるべきものではありません。
 宮田氏:内閣にPKO準備室が設置されましたが、派遣に当たってどんな準備が必要なのでしょうか。
 猪木正道氏(平和・安全保障研究所会長):自衛隊なり警察なりがPKOに参加するというのは未曾有(みぞう)のことですから、派遣される人の立場に立って、不慮の事故の際の補償などを考えなければなりません。また、日本人がPKOに参加する場合、語学の問題、国際的マナー習得、国際法の理解なども重要になります。こういうことに関してPKO先進国で現地調査するなど、十分に研究し論議する余地があると思います。
 
◆PKF凍結見直しを/斎藤氏
 斎藤鎮男氏(元国連大使):PKO法が通ったということは、現行憲法を再検討した結果、PKO参加を了承したという意味で、大変な前進です。あとはPKF凍結などの制約を早く見直すことが重要です。それと同時に、PKO法によって憲法解釈が変わったというように意義づけていく必要があります。また、今の国民意識では憲法改正や解釈変更を進めようとしても問題が起きるので、「国民憲法会議」というような議論の場を作るべきだという感じがします。
 西広整輝氏(防衛庁顧問):PKO法成立をよしとする段階でとどまらずに、さらに論議を発展させ、国民意識を高めていく必要があります。まず、PKFにおける武器使用は、憲法が禁じている武力行使に当たるのかどうか、多国籍軍や国連軍、国連常設軍に日本は参加できるかどうか――について方向性を出す必要があるのではないか。さらに、「自衛隊以外の(別)組織」を設置する考えが野党から示されているが、具体的にどういう組織にするのか、野党に問いかけた方がいいと思います。
 
◆国民理解へ努力/島氏 情報収集を強化/田中氏
 島脩氏(読売新聞論説委員長):PKO法の内容を理解していない人がたくさんいます。ですから綿密な事前調査を行った上で自衛隊を派遣し、現地でのPKO活動の実態を示すことが国民の理解を深めるための最良の方法だと思います。また国際的には、PKOの機能を一段と強化すべきではないかという世論が出てきていますが、日本としてはそういう動向も視野に入れながら地道な努力を重ね、国民にPKO活動をわかってもらうよう努力することが必要だと思います。
 田中明彦氏(東大助教授):国際的に人的貢献ができる枠組みができたわけですから、PKO法が通ったことを高く評価しています。また、国際緊急援助隊派遣法改正が成立したことも非常に重要です。ただ、日本がアジア諸国をはじめ国際的にそれほど信頼されていないということは、事実として認めなければなりません。その意味から言っても、(後方支援など)軍事的色彩の薄い分野で地道に実効が上がるような活動をすることが非常に大事だと思います。また、国連安全保障理事会の判断だけでなく日本独自の情報収集、分析に照らして判断すべきで、そういう基盤を作らなければなりません。
 
◆憲法教育是正を/西氏 平和攻勢進めよ/北岡氏
 西修氏(駒沢大教授):憲法論議では三つの側面があります。私がある大学で(自衛隊)合憲論を展開したところ、合憲論があることを中学、高校を通じて聞いたことがなかったという学生もいました。こうした自衛隊違憲論の教育を是正していく必要があります。二点目として、日本にしか通用しない特殊な解釈が横行していることです。世界に通じる憲法解釈をすべきだと思います。
 三点目は、憲法で禁じている武力行使がひとり歩きしているということです。PKOはどう見ても憲法で禁じられている武力行使にはなりません。憲法を踏まえた解釈を政府自身がしっかりやるべきです。
 北岡氏:PKO法案の修正過程は政治的コストとして十分許容でき、致命的修正ではなかった。日本はここで平和攻勢に出た方がいいと思います。冷戦後、武器流出が進んでいますが、日本は平和主義の観点から、これに歯止めをかけるような国際会議を開いたらどうでしょうか。
 また、憲法九条をいじくり回すのではなく、日本はどういう方針でやるのかという新しいプログラムを書き、九条の安全保障に関する欠落部分を埋めていくべきだと考えます。
 猪木氏:北岡さんに賛成です。ただ、日本が張り切り過ぎてイニシアチブをとることについては東南アジア諸国の目があるので腰を重くした方がよいと思います。
 佐藤氏:PKO法にもとづいて行動することは、日本の国際化を草の根から本格的に行うことになるでしょう。
 島氏:PKO合憲論は行政府と立法府のレベルでは決着がついています。問題は学者の多数が違憲論だということです。憲法九条と国際協力の間にあるギャップを埋めることが大事です。
 諸井氏:現実問題として国連ベースの安保体制が今後有効になるのかどうか。現実問題として同盟関係も必要になるでしょう。
 田中氏:国連のPKOはどこかの国からの侵略を抑止できるところまではいってません。国連中心の安保の枠組みをつくる一方、現に存在する同盟関係の安定性を崩さないことだと思います。米国など先進国のほとんどがアジアで武器の大バーゲンセールをしていますが、売る方にも買う方にも制限する多角的な枠組みをアジア地域で考える時期にきていると思います。
 北岡氏:憲法九条二項の前段部分は、現実問題として今の段階で意味を持たなくなっていると考えていいのですか。
 西氏:自衛隊違憲論の立場だと、かなり重視します。一項の「国際紛争を解決する手段として」の戦争は放棄している、二項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」としているから結局、自衛隊は認められないという解釈です。一方、自衛隊合憲論は二項の「前項の目的を達するため」を重視するから、侵略戦争のための「戦力」は持たないが、自衛のためには「戦力」の保持は可能という解釈をとっている。つまり九条が禁じたのは自衛の戦争ではなく侵略戦争だということです。しかし侵略戦争以外はなんでもできるのかという疑問や批判に対して、何らかの形で法的な歯止めが必要です。
 北岡氏:国際的に正当性が認められた国際的な共同行動、人道上の行動には参加すべきです。
 
◆PKOへの誤解多い/西広氏 9条は自衛隊を許容/諸井氏
 諸井氏:「国権の発動たる戦争」を「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という部分は、自衛隊を許容していると同時に、PKOヘの協力も許容していると思います。
 西氏:他国から侵略されたため、やむをえざる行為としての武力による反撃は、「国際紛争を解決する手段」ではない。憲法制定時に示されたマッカーサー草案は、「国際紛争を解決する手段として」のみならず、「自己の安全を保持するための手段としての戦争」も禁じていたが、後者も禁じると自衛権がなくなるので、連合軍総司令部(GHQ)の民政局次長のケーディス大佐が削ったんです。PKOの本質は、武力による威嚇ではないし、停戦の合意ができたところに行くから、「国際紛争を解決する手段として」に触れる可能性は、まずありません。
 北岡氏:憲法学者の中には、カンボジアのように日本と直接利害のない地域でのPKO活動なのに、日本が侵略に行くのではないか、と誤解している人もいるようです。
 西広氏:一般の方もかなり誤解していますね。
 北岡氏:平和維持のために重要な機能を果たしているPKOに参加しない方が憲法違反です。それはなぜか、という議論を進める方が建設的だと思います。
 田中氏:「国際紛争」という言葉が今世紀にはいってから使われてきた経緯を理解しないと、国連の活動との区別が明確にならない。国際法的には、国連憲章で行うのは警察行為に近いことで、これを国際紛争とは通常は考えない。国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)とポル・ポト派の残党が何か事を起こせば形態としては国際紛争と思われるかもしれないが、本質的には違う。こういう理解に立てば、憲法九条は自衛権を禁じているとしても、国連に加盟しているのだから国連の警察行動には協力する義務を負うという論理も成り立ちます。
 
◆平和主義には反せず/佐藤氏
 佐藤氏:芦田(均・元首相)さんは、〈1〉九条によって自衛のための戦争や武力行使は放棄されたのではない〈2〉また、侵略に対して制裁を加える場合の戦争も、この条文の適用以外だ――と著書の中で明記しています。それをいつの間にか日本人は勝手に解釈して、武力の行使がすべて平和主義に反すると考えているわけです。
 猪木氏:九条に関する憲法解釈の問題は、佐藤さんが話されたことに尽きると思います。芦田さんの功績は、昭電事件とともに埋もれてしまっているが、名誉回復が必要です。
 
◆重要さ増す日米安保 ――田久保忠衛委員提出メモ
 田久保忠衛委員が提出した「わが国の国際貢献と安全保障のあり方」についてのメモの内容(要旨)は次の通り。
 
【自衛隊のあり方および防衛体制】
 国連における自衛隊の大きな役割が期待されている時に、〈1〉憲法上自衛隊が合憲か否かでいまだに説が分かれているが、これでいいか〈2〉自衛隊は刑法や警察法の適用をうける警察予備隊なのか、あるいは国の防衛を主要な目的とする外国並みの軍隊なのかをはっきりさせる必要はないか〈3〉国際法や国際慣行に従って集団的自衛権の行使を違憲とする解釈はスッキリ改めなければならないのではないか〈4〉専守防衛、文民統制などこれまであまりにも狭く解釈してきた問題を再検討する必要はないか――などが問われている。
 
【日米安保条約の十分な機能】
 一、いわゆるソ連の脅威が大幅に低下し、「平和の配当」を求める米国内の世論が強まり、ブッシュ大統領が公約した五年間五百億ドルの軍事費削減は全世界的に徐々に影響を及ぼそう。北東アジアにおいて日本ならびに韓国の安全保障上の責任は大きくなっても小さくなるとは考えにくい。
 一、日米安保条約の性格は地域的な紛争に対応するものに変わっていこうが、その場合、集団的自衛権の行使に関する条約の片務性を双務性に近づけないと十分な機能は果たしにくい。
 
【国連への貢献】
 一、国際社会で主権国家の役割が依然として大きい現在、国連に過度の期待をかけるのは危険であろう。いまの安保理常任理事国五か国の構成が適当かどうか、一国の拒否権で機能がマヒする制度がいいかどうか疑問であろう。
 一、当面日本が努力を傾注しなければならないのは、PKO(平和維持活動)ならびにPMO(平和創出活動)でなければなるまい。PKOについては財政、人員派遣(自衛隊ならびに非軍事的要員を含め)での協力は憲法上何ら問題はない。PMOは国連の情報活動の強化、情報交換、大量破壊兵器の拡散防止、信頼醸成措置などであり、日本は積極的に参加しなければならない。
 一、ただし、中、長期的な見地から国連軍や多国籍軍への参加の道を閉ざすことはG7(先進七か国)内での有力な国、国連安保理常任理事国入りを目指す国、世界平和の実現に意欲を燃やしている国として誠意を疑われることになりかねない。
 
【注意すべき問題点】
 一、憲法上何らの問題もないPKO法の成立がこれだけ遅れたのは、要は巨大な経済力と優れた技術力を有しながら、つまり世界の大国の地位にのし上がりながら世界平和維持の責任感を欠いているとの自覚が日本に希薄であることに尽きる。日本国憲法が果たしてきた大きな役割は認めるが、いまや時代の要求に対応できないどころか、この憲法の存在を口実に国際的にはごく常識的な責務を怠っている国が日本であるとの印象を与える状態を放置したままでは日本の孤立化は免れまい。
 一、PKO一つ取っても、中国ならびに韓国に微妙な反応を引き起こすという現実も直視しなければならない。PKO、PEO(平和強制活動)、PMOなど国連の平和機能強化に日本が一役買うことに難色を示す国に対しては、政府を中心に誠意ある説得を試みる以外にない。
 一、しかし、日本の安全を保障するのはあくまでも日米安保条約を主とする自衛能力である。これを無視して国連が万能であるかのような風潮は厳に戒めなければならない。その場合、憲法が明記している「国際紛争解決の手段」としての自衛力行使を禁じているくだりはいくら強調しても強調しすぎることはない。その上で米国との同盟関係を維持する方針を世界に明らかにしておく必要がある。日米安保条約の政治的意味はますます重要になろう。
 
〈注〉憲法九条
 〈1〉日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 〈2〉前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 
 
 
 
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