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2001/05/02 毎日新聞朝刊
[特集]衆参両院憲法調査会(その1) 審議ハイライト/1
 
 明日3日は衆参両院に憲法調査会が設置されてから2回目の憲法記念日だ。衆院の調査会は昨秋から「21世紀の日本のあるべき姿」という大きなテーマを掲げ、政治学者、作家、科学者などを招いてヒアリングを継続中。参院調査会は今年1月から「国民主権と国の機構」をテーマに、専門家の意見を聞いている。この間の議事録だけでも膨大な量に達するが、その中から、小泉純一郎首相の登場であらためて脚光を浴びている(1)9条・安全保障問題(2)首相公選制(3)憲法改正手続き緩和の是非――などをめぐる論戦のハイライトと、欧米諸国の憲法改正事情を調べた海外調査団報告の概要を紹介する。【政治部編集委員・山田孝男、政治部・福井明、上野央絵】
 
◆9条と安保 自衛隊の矛盾に迫る
 ――まず、原文を見よう。
 
第2章 戦争の放棄
第9条
 (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 
 この規定と自衛隊の存在は矛盾しないか、矛盾するとすれば、憲法の表現を改めるべきではないか――というのが、いわゆる「9条問題」の核心である。
 
■集団的自衛権の是非■ 第2項の意義、焦点
 9条2項は、いわゆる「集団的自衛権」の問題と密接に絡む。日米安保体制強化を重視する米ブッシュ政権の要求に応え、集団的自衛権の行使を認めるかどうかが、日本の安保政策論議の焦点になっているからである。昨年9月28日、衆院調査会。東京大大学院の田中教授は、久間章生氏の質問に答える中で、「そもそも、内閣法制局の解釈で『日本国憲法で集団的自衛権の行使ができない』となった理由は9条2項があるからだ」と指摘している。
 集団的自衛権は「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力で阻止する権利」と定義される。「日本は国際法上、集団的自衛権を有するが、憲法9条が認める『必要最小限度』の範囲を超えるため、行使できない」というのが内閣法制局の解釈である。
 11月30日、衆院調査会に登場したジャーナリストの桜井よしこ氏は「集団的自衛権について日本が後ろ向きになるのは、私たちの国がもう1回無謀な戦闘に入っていくのではないかというような、自分自身に対する信頼感の欠如が大きな要因だと思います」と語った。
 桜井氏が指摘するように、集団的自衛権の行使を縛る政府見解は、戦前の轍(てつ)を踏むまいという決意に基づく「歯止め」という性格が強い。田中教授らは第2項を削除すれば矛盾がある程度解消され、明快になると主張するが、今年3月22日、衆院調査会で、護憲派の議員、民主党の大出彰氏は「第2項があることで、戦争の名のもとに人を殺すことが違法なんだ、合法化されないのだということが残っていると思う。第2項が大切だ」と反発している。
 第1項を問題にする論者はほとんどいないが、昨年10月26日の衆院調査会で、国際東アジア研究センター所長、市村真一氏は「第1項もおかしい。武力行使を放棄するというのでは、国さえ守れない。9条は全面的に改正せられるべきだと思う」と語った。
 
■「笑いもの」か「手本」か
 昨年11月30日、衆院憲法調査会を訪れた東京都の石原慎太郎都知事と共産党の山口富男議員との間で、こんな問答があった。
 
 石原氏:「今の憲法9条は、普通の日本人が読んだら、自衛隊は違反ですよ。だから『ただし、自衛のための戦力はこれを保有する』と第3項で入れたらいい。国民の生命財産を他人の好意にゆだねるなんという理念、他国の人間が見たら、みんな笑いますわな」
 山口氏:「笑いものといわれるが、日本の憲法9条に各国も学ぶべきだという動きが出てきており、アメリカでは9条を世界に広めていく会が生まれている。私たちは、憲法違反の自衛隊の現状を、9条が完全に実のあるものになるような方向で段階的に解消すべきだと考えています」
 石原氏:「それは、あなたのおっしゃることは分かります。世界には、日本の理念を称賛する一部の人はいるでしょう。しかし、では、どの国が日本に続いて自分の国の戦力を放棄しますか。そういう国が現れてきてくれるなら、私はいささか世界を見直すけれども、そんなところはないね。あり得ないですね」
 
■前提は「現実との乖離」
 自衛隊は「軍隊」であるかどうかについては深刻な国会論戦の経過があり、政府は現在に至るまで9条2項にいう「陸海空軍」には該当しないという立場だ。だが、今日の憲法調査会では、改憲派も護憲派も「自衛隊は当然、陸海空軍である」という認識を前提に議論を戦わせている。違うのは、憲法と現実との乖離(かいり)を解消すべきだという方向で論じるか、「戦力不保持」を理念として掲げ続けることに意味があると主張するか――という点だ。
 「21世紀の日本のあるべき姿」をテーマに昨年秋から始まった衆院調査会の参考人ヒアリング。初回の9月28日に登場した作家の小田実氏がドイツの「良心的兵役拒否」制度を称賛し「我々は良心的軍事拒否国家でいくんだと提言し、実現していくことが必要だ」と訴えた。
 昨秋以降、両院調査会に招かれた参考人のうち、9条問題に触れた25人について改憲・護憲の色分けを見ると、改憲派が11人、護憲派が5人、態度不明が9人という分布になる。9条改憲派の中で、改正の中身を具体的に語った論者を見ると、「第2項を削除すべきだ」が2人。そのうちの1人、昨年9月28日、衆院調査会に招かれた田中明彦・東京大大学院教授(政治学)と、防衛庁長官を務めた自民党の久間氏との間でこんな質疑があった。
 
 久間氏:「国際社会が共同して、ある一定の方向をとろうという時に、日本はどこまでのことができるか。そのために現在の憲法でいいのか、いかがですか」
 田中氏:「とくに問題となり得るのは、9条2項だろうと思います。第1項は大変すばらしい条文だと思いますけれども、第2項はよく言ってあいまい、悪く言うと、国際社会の現実を無視した条項であって、できれば変えた方が望ましいと思っております」
 久間氏:「どういう方向に変えるか、具体的にお聞かせいただけませんか」
 田中氏:「最小限度、第2項を削除するという、これだけであります」
 
◇2項削除VS3項追加
 今年3月22日、衆院調査会に出席した坂本多加雄学習院大教授(政治思想史)も第2項削除論者。新たに第3項を設けて自衛隊の位置づけを明確に規定すればよいというのが、石原都知事である。
 ちなみに、自由党の小沢一郎党首が雑誌(「文芸春秋」99年9月号)に発表した憲法改正試案も第3項追加型。小沢試案の第3項は「前2項の規定は、第三国の武力攻撃に対する日本国の自衛権の行使とそのための戦力の保持を妨げるものではない」というものだった。
 
■「脱日米」構想■ リスク分散を提言
 改憲派が勢いを増しつつある中で、護憲派も一定の勢力を保ち、9条をめぐる論議は、なおしばらく出口なしという状況だ。そうした中、今年3月22日、東京大の姜尚中教授(政治学)は、衆院調査会で、日米関係に偏重した今の安全保障のあり方自体を見直し、南北朝鮮と米露中日の6カ国で北東アジアの集団的安全保障システム(国際的警察機構)をつくるという持論を語った。
 「日米安保条約を将来的には破棄するということですか」という質問に対し、姜氏はこう答えていた。
 「極東アジアで、アメリカ以外の国々との多極的な安保・外交政策を広げる、いわばリスクを分散するということです。今日本がやっていることは、絶対安全だと考えられている生命保険会社(=米国)に自分のすべての財産をはたいて、これで大丈夫と言っているようなものですよ」
 
■護憲派■「現実を法に近付けよ」
 現実離れしている9条を現実に近づけよ、という改憲論に対し、現実の方を9条に近づけるべきだという護憲論を展開したのは11月9日の衆院調査会に招かれた南山大の小林武教授(憲法)である。「仮に侵略があっても非暴力、不服従で抵抗すれば、法理上矛盾に陥ることはない」と論じ、「憲法を変えれば違憲が解決するというのは法治主義にもとる」と語った。
 
 水野賢一氏(自民):「参考人の見解ははなはだ幻想的ではないか。あなたは芦田修正(芦田均元首相の提案で9条2項冒頭に挿入された『前項の目的を達するため』は、自衛力保持に道を開く意図だったといわれる)をどう考えますか」
 小林教授:「芦田氏がどう考えられようと憲法解釈のファクターにはなってこない。重視すべきは公的に現れた議論です」
 前原誠司氏(民主):「非暴力、不服従で主権国家がなくなった(滅びた)ら、どうするんですか」
 小林教授:「歴代内閣が憲法通り軍を持たない、軍事同盟は結ばないという方針をとれば、平和建設国家として道義的な権威を得たであろうし、侵略などという可能性はなかったと思うのです」
 松浪健四郎氏(保守):「イラクのクウェート侵略について感想を」
 小林教授:「世界には侵略する国があるのだ、確かにそこまでは言えると思います。しかし、だから日本も侵略される可能性があると結びつけられるとすれば・・・(松浪氏が怒りだし、答弁中断)」
 
■両院調査会に出席した参考人■
《衆院》
 
2000年
2月24日 駒沢大教授・西修氏
日本大教授・青山武憲氏
3月9日 独協大教授・古関彰一氏
広島大助教授・村田晃嗣氏
3月23日 名古屋大名誉教授・長谷川正安氏
香川大教授・高橋正俊氏
4月6日 東京大教授・北岡伸一氏
筑波大教授・進藤栄一氏
4月20日 神戸大大学院教授・五百旗頭(いおきべ)真氏
横浜国大大学院教授・天川晃氏
9月28日 東京大大学院教授・田中明彦氏
作家・小田実氏
10月12日 作家・曽野綾子氏
日大大学院教授・近藤大博氏
10月26日 国際東アジア研究センター所長・市村真一氏
11月9日 東京大教授(現学長)・佐々木毅氏
南山大教授・小林武氏
11月30日 東京都知事・石原慎太郎氏
ジャーナリスト・桜井よしこ氏
12月7日 評論家・松本健一氏
上智大教授(現名誉教授)・渡部昇一氏
12月21日 国際基督教大教授・村上陽一郎氏
2001年
2月8日 岩手県立大学長・西沢潤一氏
東京大教授・高橋進氏
2月22日 理化学研究所プロジェクトディレクター・林崎良英氏
日本大教授・小川直宏氏
3月8日 ソフトバンク社長・孫正義氏
3月22日 学習院大教授・坂本多加雄氏
東京大教授・姜尚中(カンサンジュン)氏
(4月16日仙台市で地方公聴会)
 
《参院》
 
2000年
3月22日 電気通信大教授・西尾幹二氏
専修大教授・正村公宏氏
4月5日 東京、早稲田、慶応、同志社、九州大などの学生計20人
5月2日 元連合国軍総司令部民政局調査専門官、ベアテ・シロタ・ゴードン氏
元同民政局海軍少尉、リチャード・A・プール氏
5月17日 国立民族学博物館長・石毛直道氏
埼玉大名誉教授・暉峻(てるおか)淑子氏
11月15日 評論家・西部邁氏
評論家・佐高信氏
11月27日 元上智大教授・加藤周一氏
評論家・内田健三氏
2001年
3月7日 慶応大教授・小林節氏
政策研究大学院大教授・飯尾潤氏
3月14日 北海道大大学院教授・中村睦男氏
駿河台大法学部長・成田憲彦氏
4月4日 上智大名誉教授・渡部昇一氏
法政大教授・江橋崇氏
4月18日 埼玉大教授・長谷川三千子氏
静岡大教授・小澤隆一氏


 
 
 
 
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