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1993/01/19 毎日新聞朝刊
[社説]外交 平和憲法の理念を生かせ
 
 宮沢首相が、国際貢献問題にからむ国連平和維持活動(PKO)協力法の見直しや自民党内の改憲論議に慎重な姿勢を示した。
 カンボジアやソマリアなどの情勢が険悪化するにつれて渡辺外相らがPKO法改正を主張する一方で、自民党内などからせきを切ったような改憲論議が噴き出している。
 冷戦後の国際貢献のあり方を広く論議すること自体を否定するものではないが、日本としてとるべき進路や国際的な立場を十分考慮しないままの短絡的な発想や、政略がらみの動きも見受けられる。
 国の基本にかかわる重要問題であり、首相の慎重な反応は極めて妥当だと考える。今後の毅然(きぜん)とした指導力を期待したい。
 カンボジア和平計画は、ポル・ポト派の攻撃により危機にさらされている。国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務所への砲撃とか、停戦監視要員の拘束などの事件も頻発し、最近では日本の文民警察官が配置されているUNTACの宿舎が襲撃されている。
 PKO協力の前提である停戦合意そのものが崩れつつあるともいえる。政府軍とポル・ポト派の戦闘が再発すれば、派遣自衛隊を撤退するかどうかの決断を迫られよう。
 渡辺外相らのPKO法改正論は、そうした事態への対応だけでなく、ソマリアやモザンビークなど広範囲のPKOに自衛隊を参加させるために、停戦合意などの「参加五原則」を緩和し、凍結している平和維持軍(PKF)の本体業務を解除しようというものである。
 PKO法が現場の実情にそぐわない事態は、前々から十分予想されていた。私たちも繰り返し指摘してきたところだ。
 ともかく法律を成立させるために、その場しのぎの便法を講じ、自衛隊派遣の実績をつくったあとで「実情に合わない」として法改正を主張するのは、長い間の国会論議をないがしろにするものではないか。政治責任への自覚が著しく欠けていると言わざるを得ない。
 しかし、最悪の事態になっても、UNTACの行動が継続されている時に、自衛隊だけが撤退するということは現実には極めて難しい。UNTAC全体の計画を失敗させる恐れがあるからだ。
 従って、日本政府のとるべき道はカンボジア和平のためにあらゆる外交努力を傾注する以外にない。
 中国やタイなど関係国と協力してポル・ポト派に対する説得工作を継続するとともに、選別的な経済支援、資金源を断つためのタイ国境封鎖の強化を含めた国際的な圧力を一段と強める必要もあるだろう。
 このことは自民党内や公明、民社両党などから出始めた改憲論議にも当てはまる。
 二十一世紀をもにらんだ日本の長期的な進路、国際社会における地位などの検証を抜きにした「まず改憲ありき」の憲法論議を懸念する。自民党内では合意もないまま、改憲論が先行している状態だ。
 首相が政界再編とのからみで政略的に論議されていることを批判して「ことはそう軽々しい話ではない」と、改憲論にくぎをさしたのは当然である。
 憲法上の疑義があるPKFの凍結解除などを目的とするPKO法改正や改憲論を説く前に、まず平和憲法の理念を生かした広範な国際貢献の道を探り、最大限の外交努力を尽くすべきである。


 
 
 
 
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