はじめに
本報告書は日本財団の平成13年度助成事業として実施した視覚障害者用誘導・警告ブロックに関する研究事業についてまとめたものである。
わが国は、これからの高齢社会の到来と障害者の方々の社会活動への参加が強く望まれており、2000年12月「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化に関する法律(交通バリアフリー法)」が施行されたところであり、これからの鉄道駅公共交通ターミナル等におけるバリアフリー化の進展が大きく期待されているところである。
しかしながら、視覚障害者のホームから線路に転落する事故、列車への接触事故は減少しておらず、ホームからの転落・接触防止策の確立は緊急の課題となっている。
このため、本事業は2カ年にわたり、実験に参加していただいた視覚障害者の方々の協力により、鉄軌道駅プラットホームにおける誘導用ブロックとホーム縁端部の交わる箇所(T字部)については点状ブロックを重ねて敷設するという成果を見ることができ、「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」(国土交通省)に記載することができたものである。
また本年度はホーム縁端警告用内方表示ブロック並びにプラットホームの柱や構造物が干渉する場合の敷設について検知・識別性の検証の実験を行った結果、その成果についても既設駅への設置の可能性を見い出すことができ、同ガイドラインに追加できる見通しとなっている。このように本事業の成果が着実に進展し整備されることは視覚障害者のホームからの転落事故が大きく減少することと思われ、事業実施者としてこの上ない喜びである。
最後に本事業にご協力いただいた視覚障害者の方々、また終始大変なご努力をいただいた徳島大学大学院末田統教授はじめ委員の皆様、国土交通省、鉄道総合研究所の皆様には深甚なる感謝の意を表するものである。
平成14年10月
交通エコロジー・モビリティ財団
会長 大庭 浩
視覚障害者用誘導・警告ブロックに関する研究
概要
鉄道駅のホームに敷設されている誘導・警告ブロック(=線状・点状ブロック、以下、ブロック)は、視覚障害者のホームからの転落を防ぐ重要な意味を持っている。これまで、鉄道事業者は「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者のための施設整備ガイドライン(昭和58年策定、平成6年改訂)」に基づいてブロックを整備してきたが、平成12年に「交通バリアフリー法」とそれに基づく移動円滑化基準が施行されたことで、この種の施設整備に法的拘束力が課されることとなった。また、前記のガイドラインについては、その位置づけを施設整備の望ましい標準事例とするなど、全面的な改訂作業も行われ、平成13年に「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」として制定された。しかしながら、ブロックの敷設方法の詳細についてみると、鉄道駅の持つ多様性と特殊性ゆえに、ホームの状況に応じて様々な措置がとられているのが実状であり、敷設方法の一元化が求められている。
こうした状況を踏まえ、本研究では鉄道駅ホーム上のブロック敷設方法に関わる現状の問題点を明らかにするとともに、効果的な敷設方法についての改善策を提案することにより、視覚障害者の転落事故防止効果の一層の向上に資することを目的とする。2年計画の初年にあたる平成12年度は、ブロック敷設方法に関わる問題点を整理するとともに、ホーム縁端部の点状ブロックの敷設幅を拡張することの有効性を確認した。これを受けて今年度は、ホーム内外方の誤認や、支柱などの影響でブロックを直線的に敷設できない箇所の方向失認などに関わる問題について、視覚障害者を被験者とした実験結果等をもとに、以下のような提案を行った。
1. 駅ホームの内外方情報を付加したブロックの開発
(正式名称を「鉄軌道駅プラットホーム縁端警告用内方表示ブロック、略称を「ホーム縁端警告ブロック」と言う)
(1)最適形状の特定
ホームの線路側縁端部から80cm以上の場所に幅30cmもしくは40cmの点状ブロックを連続して敷設して、ホーム縁端部への接近を警告することがガイドラインに定められている。しかしながら、このブロックはホームの内外方(どちら側が線路側であり、逆にどちら側がホームの内側であるか)に関する情報を有しないため、ときに方向誤認の問題を生じる。例えば、視覚障害者が方向を失認した後に、ホーム縁端部の点状ブロックに達した場合など、ホームの内外方に関する情報が重要となる場面は少なくない。このため、ホームの内外方を区別しうるブロックの開発を行うべく、従来の点状ブロックにホーム内方側を表す線状突起(以下、内方線)を付加した“ホーム縁端警告ブロック”を試作し、その有効性を実験で検討した。付加する内方線の本数や、点状突起と内方線の間隔などが変わると、検知の度合いに影響を及ぼすことが考えられたため、5種類のパターンを試作して、その優劣を比較検討した。被験者は全盲の視覚障害者38名であった。その結果、内方線を1本、点状突起と内方線とのピッチ(突起中心間間隔)を90mmとしたブロックが内外方のわかりやすさや、他のブロックとの誤認のしにくさの点で総合的に高い評価を得た。
(2)有効性の確認実験の実施
前記の実験で最も高い評価を得たホーム縁端警告ブロックを模擬駅ホームに敷設することで、実際の歩行場面に近い環境を設定し、その有効性の検証実験を行った。被験者は過去の様々な実験、調査への協力が得られた方々の中から基本的に偏りなく選定した全盲の視覚障害者21名であった。その結果、95%超の被験者がこのホーム縁端警告ブロックの有効性を支持した。支持しなかった被験者にとっても、ホーム縁端警告ブロックの敷設が負の影響を及ぼすことはなかった。したがって、ホーム縁端警告ブロックをホーム縁端部に敷設することの有効性が確認された。
(3)ホーム縁端警告ブロックの特徴
本研究で提案したホーム縁端警告ブロックの特徴は以下のように整理できる。
a)点状ブロック既設駅への適用が容易である
従来の点状ブロックに1本の内方線を加えるという仕様は、すでに点状ブロックを敷設済みの駅でも、内方線を追加して敷設するという対応が可能である。大都市圏の駅ホームにおけるブロック敷設率が100%に近い現在、既設のブロックをそのまま活用できる本提案はコスト面でも極めて実用的である。
b)縁端部のブロック幅を拡張した効果も併せ持つ
従来の点状ブロックに内方線を加えたことで、ホーム縁端警告ブロックは縁端部のブロック敷設幅を実質的に拡張した効果も併せ持っている。したがって、敷設幅の拡張によりブロックの検知の度合いが高まるとともに、検知してから停止するまでの距離も短くなるという平成12年度の知見を反映した対策となる面も併せ持っている。
(4)施工上の留意点の整理
この他、今後駅ホームにホーム縁端警告ブロックを敷設する際の施工上の留意点を、点状ブロック既設駅の場合と新設駅・大規模改良駅の場合とに分けて整理した。
a)既設駅の場合
内方線のみを後付けしてもよい。ただし、内方線の後付けにあたっては、耐久性面(特に対剥離)で十分であることが求められる。また、既存の点状ブロックと基盤面の高さを揃えることに留意する。
b)新設駅・大規模改良駅の場合
30cm角ブロック、40cm角ブロックのいずれをベースとする場合においても、点状突起と内方線が一体化したブロックを敷設するか、または、点状突起と内方線を2枚のブロックに分けて敷設することとする。
2.ブロックの緑端部への連続的敷設が困難な箇所における敷設方法の一元化
(1)一元化に適した敷設方法の絞込み
実際の駅では、ホーム縁端部付近に、ホーム縁端を警告するために敷設する点状ブロックとホーム上の構造物(支柱や階段の壁など)が干渉するというケースが少なくないが、このようにホーム縁端部に沿ってブロックを間断なく直線的に敷設することが困難な場所の敷設方法は、ガイドラインに明示されていない。このため、鉄道事業者はホームの状況に応じて様々な措置をとっている。例えば、柱部分に干渉する場合にブロックをカタカナの「コ」の字状にホーム内側方向に直角に迂回させて敷設したり(以下、コの字迂回敷設方式)、構造物に構わずブロックを直線的に敷設して、構造物の位置だけブロックが欠けているように敷設する措置(以下、連続敷設方式)などが代表的である。しかしながら、様々な方式が混在する現状では、視覚障害者がホーム縁端に対する自己の位置を誤認する可能性が少なくなく、安全性の向上を図るために敷設方法の一元化が求められている。このため、現状の駅環境の調査や視覚障害者からのヒアリング調査などを実施した上で、様々な敷設方式の長短を比較し、以下のような提案を行った。
コの字迂回方式の場合、縁端部から直角に曲がる方向がホーム内方側であると判断できるとの評価がある一方で、以下のような問題点も指摘されている。何度も直角に曲がることで方向誤認を生じやすい、迂回する構造物が大きい場合には迂回距離が大きくなりがちである、本来は縁端部の警告機能を持つ点状ブロックをコの字迂回部分で誘導路のように扱っている、などである。一方、連続敷設方式では、歩行速度が速い場合に構造物にぶつかってしまう可能性があるとの指摘があったものの、敷設方法の一元化を図る上で連続敷設方式は有力な方法であるとの意見が全盲の視覚障害者の過半数を占めた。また、コの字迂回方式の主な利点の一つとされたホーム内方指示機能は、前項で提案したホーム縁端警告ブロックにより内方を示すことで、その機能を満たすことも考慮すると、敷設方法の一元化を図る上で連続敷設方式がより有効であるとの結論を得た。
(2)有効性の確認実験の実施
次に、模擬駅ホームに連続敷設、コの字迂回敷設などの各種方式でブロックを敷設して、その有効性の検証実験を行った。被験者は過去の様々な実験、調査への協力が得られた方々の中から基本的に偏りなく選定した全盲の視覚障害者21名であった(ホーム縁端警告ブロックの確認実験と同時に実施した)。その結果、90%超の被験者から連続敷設方式の方が望ましいとの回答を得た。
(3)施工上の留意点の整理
この他、ホーム縁端部の連続敷設箇所において、ブロックと構造物(柱や壁、階段など)の間に隙間を設けずに敷設することなど、施工上の留意点を整理した。
3. 狭小幅の島式ホームにおけるブロック敷設間隔とホーム縁端を警告するブロックの敷設位置に関するルールの明示
島式ホームにおいて両縁端部をそれぞれ警告するブロックを検知できる敷設間隔の下限値と、ホーム縁端を警告するブロックを敷設する位置(ホーム縁端からの距離)の上限値について検討し、望ましい敷設間隔と敷設位置を得た。この結果に基づき、施工上の留意点を再整理した。
誘導・警告ブロック改善検討会(平成14年10月現在)
(敬称略・順不同)
1. 委員会
委員長
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末田統
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徳島大学大学院工学研究科教授
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委員
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田内雅規
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岡山県立大学教授
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加藤俊和
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社会福祉法人日本ライトハウス技術顧問
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笹川吉彦
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社会福祉法人日本盲人会連合会長
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田中徹二
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社会福祉法人日本点字図書館理事長
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有山伸司
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東日本旅客鉄道株式会社設備部旅客設備課長(平成14年第1回まで)
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山本浩二
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東日本旅客鉄道株式会社設備部旅客設備課長(平成14年第2回より)
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清水春樹
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東武鉄道株式会社鉄道事業本部工務部建築課長
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荒川達夫
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東京都交通局建設工務部建築課長
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四ノ宮章
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財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部長
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2. オブザーバー
水信弘 |
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国土交通省総合政策局交通消費者行政課交通バリアフリー対策室長 |
野竹和夫 |
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国土交通省鉄道局技術企画課長(平成14年第1回まで) |
山下廣行 |
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国土交通省鉄道局技術企画課長(平成14年第2回より) |
三浦真紀 |
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国土交通省道路局地方道・環境課道路交通安全企画官 |
村田義明 |
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国土交通省鉄道局技術企画課長補佐 |
輪笠一浩 |
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国土交通省鉄道局技術企画課研究助成係長(平成14年第1回まで) |
竹村宗能 |
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国土交通省鉄道局技術企画課研究助成係長(平成14年第2回より) |
3. 事務局
岩佐徳太郎 |
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交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部長 |
藤田光宏 |
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交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部研究員(平成14年第1回まで) |
菅井秀彦 |
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交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部課長代理(平成14年第2回より) |
鈴木浩明 |
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財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部人間工学研究室長 |
藤浪浩平 |
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財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部人間工学研究室副主任研究員 |
大野央人 |
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財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部人間工学研究室副主任研究員 |
水上直樹 |
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財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部心理・生理研究室副主任研究員 |
青木俊幸 |
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財団法人鉄道総合技術研究所構造物技術研究部建築研究室主任研究員 |
薄田勝典 |
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財団法人鉄道総合技術研究所構造物技術研究部建築研究室研究員 |
佐藤隆 |
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財団法人鉄道総合技術研究所構造物技術研究部建築研究室研究員 |
佐藤敏彦 |
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財団法人鉄道総合技術研究所構造物技術研究部建築研究室研究員 |
山本昌和 |
/ |
財団法人鉄道総合技術研究所構造物技術研究部建築研究室研究員 |
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