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海の総合学習テキスト

 事業名 帆船から学ぶ海と日本
 団体名 大阪港振興協会 注目度注目度5


[寄港地(6)]大阪―2
●廻米のふるさとと米相場(かいまいのふるさととこめそうば)
 江戸時代の末ごろ、全国の年間生産量は405万tほどで、その11%の45万tが廻米として江戸・大阪送りになっていたと推定できる。大阪廻米は江戸の2倍、約30万tで中国・四国・九州、そして山陰・北陸・東北の日本海側の米は全て大阪送りであった。大阪は全国の米や物資の海上輸送にもっとも便利な都市で、産地に比べ米が高値であることが、より多くの米を集めていた。
 大阪の米価も季節によって変動する。一般に大量の西国米が入る11月は市場に米があふれて安値、一方、7、8月は米が不足し最高値になる。しかし当時は気候の変動に収穫が大きく左右されていたため、米価も不安定であった。大阪はあらゆる商品相場のもとであり、米の相場はその基本であったから、諸国の商人たちは大阪の米相場に一喜一憂(いっきいちゆう)の日々をすごしていた。
 
大阪・江戸送り廻米のふるさと(江戸時代後期)
(拡大画面:176KB)
 
●廻米の種類
 廻米は生産高から百姓の持ち分を差し引いた残りの米で、次の3種に分けられる。
(1)蔵米(藩米ともいう)=各藩の年貢の余剰米
(2)納屋米(商人米)=商人が地方で買い付けた米
(3)幕府米=各天領より大阪や江戸に送られる余剰米
 
●市場の標準米
 江戸時代、大阪に新米が入荷するのは11月の肥後米(熊本)からであり、それぞれの期ごとに基準値となる米を建物(たてもの・標準米)と呼んだ。日本海側の米は、翌年の4月以降の入荷となるため、5月から始まる第2期の建物は加賀米と決められていた。
 
●蔵屋敷の役割
 図の緑色の部分が大阪に集まる米であり、全国の廻米の約6割に当たる。ところがこれらの米は一度に市場で売られるわけではない。誰もが自分の米を少しでも高く売りたいために、まず大阪の米相場をみながら何回にも分けて売るのである。蔵屋敷に並ぶ多くの米蔵は米の値段が上がるまでの貯蔵庫でもあった。
 
●米相場は情報合戦
 米の値段は日々変わっていく。堂島の米市場の回りには諸国の商人の支店があり、毎日の米相場が屋根の上から旗ふり、夜間のちょうちん信号、狼煙(のろし)、伝書鳩などによって国元まで伝えられていた。一方、堂島の米市場では、米が到着する以前に先物取り引きをするため、米商人たちは全国の米のできぐあいに目を光らせていたのである。
 
安永7年(1778)・米高と米価の変動
 
The Rice Market of Osaka
In the end of the Edo Era, the annual rice production of Japan amounted about 405 million tons and most of the surplus rice put on the market was brought to Osaka. Consequently the rice market of Osaka set up a standard for all the markets throughout Japan and merchants always kept sharp eyes on it.
 
大阪から江戸へ―1
菱垣新綿番船川口出帆之図
(大阪城天守閣蔵)
(拡大画面:365KB)
この絵図は新綿番船のスタートの様子で、場所は大阪の安治川。河口(右上)にみえる船が菱垣廻船で実際に江戸に向かう船である。場面は中央右よりの天幕を張られた会所で「送り切手」という参加証を受け取るところで、この会所に小船でこぎ寄せる時点からレースはスタートしている
 
●番船(ばんせん)・大阪から江戸への廻船レース
 大阪から江戸に向かう物資は、菱垣廻船(ひがきかいせん)や樽廻船(たるかいせん)、生糸廻船(きいとかいせん)、塩廻船(しおかいせん)と呼ばれる弁才船(べさいせん)で運ばれていた。中でもその年の初荷となる綿と酒は、廻船レースで運ばれていた。このレースを「番船」と呼び、秋から冬にかけて行われる新綿番船(しんめんばんせん)と新酒番船(しんしゅばんせん)は年中行事となっていた。
 新綿番船の場合、スタート地点は大阪・安治川の河口でゴールは浦賀(横須賀)入口約650kmの海上レースであった。安政6年(1859)の記録をみると1着の船は約50時間(2.1日)、3時間差で3着までがゴールしている。6艘(そう)が同時にゴールした年まである。その間の平均速度は約7ノット(時速13km)であり、皆さんの乗船している「あこがれ」を上回る船足(ふなあし)である。なお、当時の大阪・江戸間の平均所要日数は15日前後であった。
 
Osaka-Edo Race of The Transport Ships
Among the goods transported from Osaka to Edo, cotton and sake, when their first cargoes of the year were shipped, were conveyed in the transport ship race. In 1859, in the race of cotton transport, the fastest ship sailed 650 kilometers in 50 hours with the average speed of 7 knots.
It was faster than that of the Akogare which you are on board now. In those days, it normally took about 15 days to sail from Osaka to Edo.
 
大阪から江戸へ―2
大阪下りもの一覧
(拡大画面:206KB)
図は「正徳4年(1714)大阪移出入商品表」および「東京諸問屋沿革誌」より作成、ただし荷姿は推定
 
東京諸問屋沿革誌附図より
(東京都公文書館蔵)
 
菱垣廻船
樽廻船
菱垣廻船「浪華丸」
「浪華丸」は1999年に実物大で復原された菱垣廻船である。全長約29.9m、帆柱の先端までの高さ27.8m、積載石数865石(約130t)である。99年夏には、大阪湾内で実際に帆走実験を行った。日本で唯一の試みで、その結果逆風に対して75°くらいまでさかのぼることができるなど弁才船の帆走性能を明らかにした。
なお「浪華丸」は現在、「なにわの海の時空館」に展示してあり、いつでも見学することができる。
 
なにわの海の時空館
住所:大阪市住之江区南港北2−5−20
電話:06−4703−2900(小・中学生無料)
 
●下りもの(くだりもの)・大阪から江戸に運ばれた物資
 大阪・江戸廻船はおもに菱垣廻船と樽廻船であった。船体の形はほとんど同じであるが積み荷が異なっていた。菱垣廻船は食料品から日用雑貨、各種道具類、製品素材など比較的軽くてかさばるものが多かったので、北前船のようにうず高く上積みしていた。
 一方、樽廻船は酒樽(さかだる)などの樽物専用の船なので、重い荷を定量分だけ運んでいた。幕末になると、樽廻船の雑貨積みが認められ、両者の差がなくなっていく。
 大阪から江戸に運ばれる荷は「下りもの」と呼ばれた。ほうきから刀まで何でも運び、一大消費都市・江戸を支えていた。中でも櫓(ろ)や権(かい)、碇(いかり)なども多く、当時から船具の専門店は大阪に集中していたことがわかる。
 傷ものや粗悪品は下りものにできず、江戸に下らなかった。今日いう「くだらない」(価値がない、つまらない)の語源であるという。
 
●菱垣廻船
 菱垣廻船も樽廻船も船体の形は上方型弁才船である。菱垣廻船の菱垣とは、垣立(かきだつ・側面の垣根状の部分)が菱形(ひしがた)に組まれていたから付けられた名称である。ただしこれも一時期のことで後年には両船のちがいはほとんどなくなる。
 
Goods Transported from Osaka to Edo
There were two kinds of ships that carried goods from Osaka to Edo. One was for sundries and all the other miscellaneous goods and the other, for only barrels, for example, barrels of sake and so on. These goods supported the life of people of Edo.







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更新日: 2018年6月9日

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