かぼちゃや
「おいおい、そこでがたがたやってちゃいけないよ。えゝ?下駄泥棒と間違えるじゃねえか。ま、こっちへ入れ、こっちへ。今、おふくろとなァ、いろいろと話をしてな、まァおふくろは帰ったけどもな、『どうも遊ばしていても困るから叔父さんの商売やらしてくれ』と、こういうわけだ。おめえだって、もうしっかりしなくちゃいけねえや、なァ。遊んでちゃだめだ、おめえ二十歳じゃねえか。えゝ?二十歳だろ」
「裸足じゃねえやィ。下駄履いてきたい」
「なにを言っている。おめえの年齢だよ」
「あたいの年齢なら二十さ」
「二十のことをはたちというんだ」
「三十がいたちか」
「そんな年齢あるかい。でなァ、『なんでもいいからまァ叔父さんの商売を』と、こういうわけでおめえも知っての通りな、叔父さん八百屋が商売。お前の亡くなった親父もやっぱり八百屋だ。で、これからひとつおめえ、八百屋に仕込んでやろうかと思ってな。まァはじめは難しいことァできねえ。方角屋やと言って一色物を持って商うがな、今年ァかぼちゃのできがいい、当たり年だ。ひとつ、かぼちゃでも売ってこい」
「かぼちゃやかァ。かぼちゃとは色気がねえなァ」
「生意気なことを言うな。かぼちゃ野郎がかぼちゃ売るんだ。こんな確かなことァねえ。看板付きだ。えゝ?おばあさんが荷作りしといてくれた。土間ァごらん。大きいのが十。小さいのが十。勘定のしいいように十ずつ入ってッからな」
「あッははは、そうか、じゃァ両方でもってはたちだ」
「そんなものァはたちてえことァねえ。二十でいいよ。大きい方は十三銭、小さい方は十二銭、これは元だ。売るときは上ェ見て売りなよ」
「へェ?」
「おめえだって小商人の倅だ。上見て売るぐれえのことは心得てンだろ」
「あァあ売るとき上見りゃいいんだろう」
「そうよ」
「大丈夫でえ、ちゃんと見るから」
「じゃまァ、くでえことは言わねえ。それからな、暑いからな日陰通るようにしろ。いいな、大通りより裏通りの方がかえっていいんだぜ。裏長屋のおかみさん連中に売れるてえやつだ。で、このひやかして買わねえ人なんかあるがな、そんなものいちいち腹ァ立てるんじゃねえぞ、向こうの言うなりンなってな」
「ああ、向こうの言うなりンなってりゃいいんだな」
「そうよ。腹ァ立っちゃいい商売はできねえ。いいなァ?」
「だ、だ、大丈夫だよ」
「それじゃおめえの着物ォ脱いでな、こっちに股引袢纏腹掛け、みんなあるから、おめえの着物ォ脱いでこっちのと着替えろ。うん。さァこっちへ来い、こっちへ。これ、財布があるからな。紐を首へかけて腹掛けのどんぶりへしまっておけ。売上げはこン中へ入れてこい」
「うん、これでいいか」
「あゝ、支度ができたら天秤かついでみろ。たいして重い荷じゃねえから・・・」
「あッはッはッは、はァこりゃ軽いや」
「天秤棒ばかりかついでりゃ・・・荷も一緒だいッ。なにしてやンでえ・・・えゝ?かつげねえか?そんな物が・・・たいして重い荷じゃァねえぞ。その、肩でかつごうと思うからいかねえ。かつぎ物ァなァ、すべて腰でもってかつぐんだ、腰で・・・なにしてやンでえ」
「腰ならここンとこへ結えつけなくちゃなンねえ」
「なにを馬鹿なこと言ってやンでえ、そんな脛の長え奴がいるかい・・・そうじゃァねえ、腰を切れ、腰を、切るんだ・・・どこへ行くんだ。あれ、鉈ァ持ってきやァら・・・馬鹿ッ、おめえの腰を切ってどうすンだい。そうじゃねえ、腰ィ力を入れてみろてんだ。そォれ、持上がったろ。なんだ、ふらふらしてやンな。その天秤をもう少し後ィ持ってけ、その方がかつぎいい。そうだ、それでいい、それでいい。降ろすな降ろすな。そのまンま一回りしてこい。売れても売れなくッてもいいや。えゝ?あの、足元を気をつけろ、ほらほら。見ろ、気をつけろッてそばから蹴つまずきゃが・・・今言う通り暑いから、日陰通れよ。大通りより裏通りの方がいいぞ。腹ァ立てねえようになァ・・・売るときァ上ェ見て・・・売り声は大きな声でやれよ」
「へい、へいッ。うるせえな、どうも。よく後から後からいろんなこと、小言いうんだな。いッてやァら。やンなっちゃうなァ。日本はいい国だなんて・・・いまだにかぼちゃ売ってなんぞ食って喜んでやンだものな・・・かぼちゃ食う奴があるから拵えンのか、拵える奴があるから食うのか知らねえが、どっちにしたって、間の悪い奴はあいだへ入って売るようなことンなっちまわあ。かぼちゃのおかげで暑くてしょうがねえ。あァ驚いたな、こら・・・蝙蝠傘かなんかさしてくりゃよかったな。こらあ暑いや。そうだ、黙ってかついでたってしょうがねえや・・・かぼちゃァ・・・かぼちゃァ。やいッ、かぼちゃァ」
「なんで、なんで、なんでえこの野郎。なにがかぼちゃだ」
「あッはッははは。売ってンだよ」
「売ってるのかよ、おい。おめえが後からやってきて『やい、かぼちゃ』ッて・・・俺がかぼちゃッて言われてるようじゃねえか。なんだかかぼちゃに似てるようでおかしいやい」
「うふっ、かぼちゃには似てねえやい。どっちかってば、じゃがいもに似てら」
「なに言ってやンでえ・・・おめえ、それ唐茄子だろ、おい。同じ言うなら『唐茄子屋でござい』ッてその方が売れるよ」
「はッはン。唐茄子屋でござい・・・売れねえ」
「今言ったばかりで売れるかい」
「なんてばいいんだ?」
「だからよ『唐茄子屋でござい』ッて」
「その通りでござい」
「間に合わしちゃいけねえ。向こうへ行ってやれ、向こうへ行って・・・」
「へ、おじさんうめえじゃねえか。先ィ立ってやってくれよ」
「どうするんんだ」
「俺が後ろから黙って売って歩かあ」
「なに言ってやンで、この野郎。唐茄子屋の露払いができるかい。向こうへ行け。えッ」
「おじさん買ってくンねえかな」
「いらねえよ、俺湯ィ行くんだから」
「湯へ行くんでもいいから買いなよ」
「湯ィ唐茄子持ってったってしょうがねえだろ」
「だって、糸瓜持ってく人だっているよ」
「よせよ、この野郎。変な理屈を言うない。そら糸瓜なら洗えるじゃねえか。唐茄子じゃ洗えねえや」
「じゃ唐茄子持って一緒に湯船へ入ってりゃいいや」
「どうなるんだ」
「どっちがかぼちゃだかわからねえ」
「張ッ倒すぞ、こン畜生」
「はッはは、よォ、怒ってやァら、あの野郎。なァ、かぼちゃ食えたって、あいつの頭ァ食えねえや。かぼちゃよりいいと思ってやンな、はッは。あゝそうだ、叔父さん大きい通りはいかねえッてえから裏通りィ入ってみようかな。いやッは、ずいぶん狭え路地だな。この路地ィ入っちゃおうかな、こういう路地の方が売れるかも知れねえ。ェェ狭い路地・・・はッはは、そうじゃねえや。ぇぇと唐茄子、そう唐茄子だ。唐茄子・・・唐茄子屋でござい。うヘッ、だんだんうまくなってきた、こら。ええと唐茄子の温かいの。できたての唐茄子。ほやほやの唐・・・あゝ、こりゃだめだ、こりゃ。前に蔵があって行き止まりだ。こら帰ろ。おうっ。おや、さァ大変だ。帰ろうにも天秤がひッかかって回らなくなっちゃった、こら・・・偉え所へ入ってきちゃったな、こら。帰れなくなっちゃったぞ、こら。弱ったな、こら。ここィ泊まるようなことンなったかな。枕持ってくりゃよかった、こら。よッ」
「おい、誰だ、家の格子ィなにかぶつけてやンのは・・・」
「弱っちゃたよ、回らなくなっちゃったよ、おい。路地ひろげてくれい」
「あんなこと言ってやがら。路地がひろがるか」
「じゃ、前の蔵どけろい」
「無理なこと言うない、こン畜生。馬鹿な野郎だ。回れねえ回れねえッて、天秤かついで回ってやがら。天秤おろして体だけ回ってみろい」
「ふッふ、ふッふふ、あァ回れた」
「当たりめえだい、こン畜生。この野郎まァ俺ンとこの格子をきずだらけにしやがったな。張りッ倒すぞ」
「うふふ。針なんぞ倒したって驚かねえ」
「なぐるてんだよ」
「いくつ」
「おッ、この野郎訊いてやがら。てめえと俺と今喧嘩ンなってンだ。なぐるのに算盤はじきながらなぐれるかい。いくつンなっかわからねえや」
「そら困ったなァ。叔父さん、向こうの言いなりンなってろつッたけどな。そうなぐられちゃ困ンな。ま、しょうがねえや、なぐられよう」
「おいおいおい、こん畜生、入ってくんない、この野郎」
「だって今、なぐるつッたじゃねえか。さァなぐれ」
「おッ、変な野郎だな。さァなぐれつッておめえが頭出して、おゥそうか、ぽかッ・・・ていけやしねえやな。俺もついなァ、こう、かァとしたんで言いすぎたんだよ。ま、勘弁しろ」
「勘弁できねえからなぐれッ」
「な、なんだい。おかしな野郎だな」
「なぐった後で唐茄子買ってくれよ」
「なんでえ、おまえ唐茄子屋か?」
「そう。唐茄子屋でござい」
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