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 「なんだい、おまえさん、ああ、鳥越の大家さんところから来たかい?うん、こないだ話があったよ。うちにおめでっ、あのね、うちに、お、お、おいがいるからねそれにひき継ぎをさせるってね、ええ」
 「それ、ええ、そのね、おめでたいおいってのがあたしだ」
 「おい、知ってんのかよ?こらおどろいたね。この隣だ。なにむずかしいことはない、大きいものは前道り、細かいものは手元においてね、それ見せなってお客さまがいってから手渡しをすりゃ、品物がなくならい。立てかかる物は立てかけて、ぶるさがるものはこうぶるさげときゃいい。で、こんなもの買う人だからね、いい値で買う人はありゃしない。そこだ、ね、かならず値切るからその時に、ええ、まかりませんよなんていっちゃいけない。そこは商人だから、お世辞のひとつもよけいにいってね、お辞儀もしてね、ごもっともでございますが、お高いもんじやございません。なんぞ他のもんでおいりあわせをいたしましょう、どうぞお買い求めをてなことをいわなくちゃいけない。おっおっ、おまいさんの、おまえさんの、おい、おまいさんの荷の前へお客が立ったよ。店の前をごらん、お客が立ったよ」
 「えっ?お客、あっ立った。これだ」
 「よせよおい、なんだってこっちこう指差ししやんでい」
 「へえ、ごもってでございますが、お高いもんじゃございませんで。ええ、なんぞ他のもんでおいりあわせをいたしますから、お辞儀のひとつもよけいに」
 「まにをいってやんでい、そりゃおめえ、隣でもっておそわった口上じゃねええかほんとうに。そこにのおこがあんな」
 「へへえ、かずのこ」
 「おまえがかずのこを持ってるはずがねえだろう?のこぎりだ」
 「あっ、のこぎり。へえへ、のこぎりがどうしてのこです?」
 「なにをいってやがる。のこぎりのことを、のこぐれえのことは、誰だっていうじゃねえか。てめえ、とうしろうか?」
 「いいや、あたいは与太郎てえの」
 「名前を聞いてるんじゃねえや、これァあまえようだな」
 「はあ、あもうでござんすかな、まだ出したてですからなめてみませんがね。なんならはじのほうを少しかじってごらんなさい」
 「なにをいってやがんでえ、そうじゃねえ焼きがないだろってえ話だよ」
 「そんなことはありません、もうこんがり焼けてます。おじさんが火事場でひろってきたんだから」
 「ひでえもんうるねえ」
 「ははは、あの人、おこって行っちゃた」
 「火事場でひろってきたなんて、いっちゃいけねえやな。あれは大工だから、煉梁とかなんとかおだてて、うまくむこうのふところにくらいつくんだ」
 「ふところえ?蚤みたいだな」
 「うまくむこうのむこうずねにくらいつくんだよ」
 「へえ?かじるのかい」
 「ほんとうにくいつくんじゃないよ。いまのは小便だよ」
 「え?」
 「小便」
 「小便?どこへ小便」
 「さがすやつがあるかい、道具屋の符牒だ、おぼえておきな。買わずに買えるのが小便だ」
 「買っていくのが大便か」
 「きたねえことをいうんじゃない・・・ほれ、お客さまだよ」
 「ごめん」
 「いらしゃい」
 「なにか珍なるものはないかな」
 「あ、見物においでんなったんで」
 「わからぬ男だな、めずらしいものがないかときいておる。おまえのわきにある、その唐詩選を見せろ」
 「十四銭?そんな安いもの置いてない」
 「そうじゃない、唐詩選、詩の本があるだろう、おまえのわきだ」
 「ああ、これですか、こりゃあなたに読めません」
 「失敬なことをいっちゃいけない。そのぐらい読む」
 「いえ読めません」
 「読むよ」
 「読めません、表紙だけだから」
 「なんだ、表紙ばかりじゃ読めるわけばない、はやくいいなよ。そのわきにある、こう黒くて長いのは、万年青の鉢だな?」
 「いいえ、シルクハットのまわりの取れたの」
 「変なもの持ってきたな、うしろに真ちゅうの燭台があるな。三本足の」
 「ええ、これは二本足」
 「二本てのはおかしいな」
 「ええ、もとは三本だったんで、それが一本欠けちゃたから二本、まだおかしいか」
 「おれはおまえに意見をされに来たようだな。どうでもよろしいが二っ足じゃァ立つまい?」
 「立たないからこの石の塀へ立てかけてあるんでですよ。お買いなさい」
 「妙なことをいってはいけない。たたないもの買ってってどうするんだ」
 「ですからこのうちへ話をしてね、この石の塀ごとお買いなさいよ」
 「馬鹿なことをいっちゃいけない。そこの毛抜きをお見せ」
 「へいへい」
 「それは釘抜き、こっちのちいさいほうだ」
 「ああ、孫のほう、へい」
 「なんだ、赤さびだられけだ、もう少し手入れをしておかねばだめだな。おい、その鏡があるな、それをおまえの膝んとこへ立てかけて、こっちの顔がうつるように、そうそう、うん、それでいい。うん、これはよく抜ける。おお、なかなかいいな、うん。こりゃよく抜ける・・・おまえは、あんまり見かけぬ顔だな」
 「ええ、きょうが初めてなんで」
 「そうか、道理で見かけないと思った、どっからでてきた」
 「鳥越」
 「ほう鳥越か、年齢はいくつだ」
 「三十二」
 「三十二、にたところは若へな、二十代にしか見えねえ。ふっふっ、(ひげをふき散らし)女房っ子はあるのかい」
 「まだひとりもん」
 「そりゃいけねえな。その年齢でまだひとりてのは。あたしは世話好きでな、いいのがいたら世話してやろう」
 「おねがいします」
 「姑、小姑のおりあいのわるいなんてのはこまるが両親は、達者かい」
 「親父は以前に死にました」
 「そりゃ気の毒だ、寺はどこかい」
 「田甫の興立寺」
 「ああそうかい。あそこは土がやわらいから穴堀はらくだ、そうかい。お菓子の切手はいくらぐらい出した」
 「おせんべの袋でまに合わしちゃった」
 「ほう、そりゃ安値だったなァ。いや、お菓子の切手もな、あれでもらって困ることもある。遠くまで、わざわざ買いに行くってものなあ、そうかい・・・おまえ、あんまり見かけないな」
 「へえ、今日がはじめてなんで」
 「そうかい、道理で見かけないと思った。どっからくるんだい」
 「ですから鳥越」
 「そうかい、で、年齢は」
 「だから三十二」
 「ほう、見たとこ若いな、女房子はあるのかい」
 「だからまだひとりもん」
 「そりゃいけないな、あたしはまた世話好きでな、いいのがあったら世話しようじゃないか」
 「ええ、おねがいします」
 「ああ、のり出しちゃいけない。」
 「鏡がたおれちまう。それで姑、子姑のおり合いのわるいいなんていうのはこまるが、両親は達者かい」
 「父親が以前死にました」
 「そりゃ気の毒だ、寺はどこだい」
 「ですから田甫の興立寺」
 「あそこは土がやわらかで穴は掘りいいや」
 「あなた穴掘りだったんですか」
 「そうじゃねえが・・・お菓子の切手はどうしたい」
 「ですから、おせんべの袋でまに合わせたの」
 「そりゃ安値だ、おせんべの袋・・・おまえさん、あまり見かけないな」
 「ですからね。きょうが初めて」
 「道理で、で、どっから」
 「鳥越っ」
 「年はいくつだ」
 「三十二」
 「若く見えるな、女房子は」
 「ひとりもん」
 「そりゃいけないな、わたしは世話好きだから、いいのがあったらひとつ世話して」
 「ええ、ですからおねがいします」
 「姑、子姑の折り合いのわるいのはこまるが、両親は達者か」
 「ですから親父はずっと以前に死にました。寺は田甫の興立寺、土がやわらくて穴掘りは楽です。お菓子の切手は、おせんべの袋でまにあわせました」
 「そうかい、(あごをなぜて)きれいになったな」
 「まだ、ここんとこに白いのが二本残ってます」
 「そうかい、それじゃ目のいいとこで、ちょいと抜いとくれ」
 「へえ、動くとはさみますからね、はい、抜けました」
 「ああありがとう、鏡はもういいよ。ああさっぱりした、それじゃまたひげののびた時分にこよう」
 「・・・長え小便だね、ありゃ。毛抜き小便だよ、こりゃおどろいた」
 「おい道具屋」
 「へい」
 「そこにある股引みせろ」
 「たこってゆでだこですか?」
 「なにをいってやんでえ、股引きだよ」
 「ああ、これですか、これね、ことわっときますけど、これ小便はできませんよ」
 「なに、小便のできねえ股引きじゃしょうがねえじゃねえか、じゃいらねえや」
 「ああ、そっちの小便はできます・・・行っちゃたい、うっかり小便もことわれねえな」
 「おい、道具屋、そこに短刀があるな」
 「ええ、たんとうにもっちとにもこれだけ」
 「なにをいってる、そこに短い刀があるだろう」
 「ああ、これでございますか、どうぞごらん下さい」
 「こらあね障子の切り張りやなんかによさそうだ」
 「へえ、ひっぱりましょうか?」
 「うん、すまないが手を貸してくれ」
 「よろしゅうございます」
 「(ひっぱる)ずいぶんかたいね」
 「(ひっぱる)かたいんですねえ、道楽もんじゃねんでしょう」
 「おかしなこというな。(ひっぱる)こらさびついてるな」
 「いえ、さびちゃいません。(ひっぱる)」
 「じゃどうしてこんなに抜けないだい(ひっぱる)」
 「(ひっぱる)木刀です」
 「おい、おい、よせよ、ほんとうに。たいへんな人間がいるもんだねえ。なんだって、木刀というのを知っていて、ひっぱるんだ」
 「そこが浮世の義理だ」
 「浮世の義理もないもんだ、なにか、こう、抜けるもんはないのか」
 「おひなさまの首がぬけます」
 「冗談いっちゃいけない。そこに鉄砲があるな。その鉄砲はなんぼか」
 「へ?」
 「なんぼか」
 「一本です」
 「そうではない、この鉄砲のな、代じゃ」
 「台は樫」
 「わからんやつじゃ、鉄砲の金だ」
 「鉄です」
 「そうでない、鉄砲の値をきいておる」
 「ズドゥン」
 「じつにどうもあきれはてたやつじゃ」
 「ああ、また行っちゃった」
 「おい、道具屋、君の前にある、その笛を見せてくれたまえ」
 「いらしゃい」
 「その笛をちょっと見せてくれたまえ」
 「はい」
 「だいぶよごれておるな、商売ものはよく掃除をしておかねばならん。我輩が掃除をしてやる」
 「ありがとうございます。でもまかりなせん」
 「これは非常のほこりであるな。この笛というものは、わが日本の楽器のなかでも、もっとも高尚なるもので、夏などは散歩の折に、吹いて歩けば、思わず歩行もはばかるという、すこぶる愉快なものじゃ・・・あっ、これはいかん、これは不都合ができた、君、指が笛にはいって抜けなくなってしまつた、・・・道具屋、この笛いくらだ」
 「八円五十銭」
 「高い、足もとを見るな」
 「足もとなんか見てない。指のさきの笛見てる」
 「こんなきたない笛が八円五十銭、高い、負けてくれ」
 「負からないっていったでしょう、いやなら抜いて置いていってください」
 「意地のわるいやつだ、しかたがない、では八円五十銭で買うが、いま喪中にそれだけ持ちあわせがない。すまんが、君、我輩の下宿まで同道してくれ」
 「遠くはいけませんよ」
 「このさきの三筋町だ」
 「じゃア、行きましょう」
 「それじゃすまんが来てくれ・・・ああ、あれが我輩の下宿だが、玄関で待っておるというのもきまりがわるかろう。この三つ目の窓の座敷が、我輩の部屋だ、あそこえきてくれ」
 「よろしゅうございます。ヘヘ、うまいことんなったな、あの笛が八円五十銭てことになれば、もうきょうは商売は休みだ・・・それにしてもおそいな、三つ目、あの窓だなちょっとのぞいてやろう・・・ああ、まだ抜こうとしてら。だめですよ、旦那、それいくらひっぱっても抜けません、それよりはやく、八円五十銭ください、店あけたままなんだから、はやく、・・・あっ、いけねえ、この窓から首がぬけなくなっちゃった、よいしょ、だめだ、よわったなあ、あの、この窓、いくらでしょう」







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