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自己攪拌型油分散剤の効果的な使用方法及び散布装置に関する調査研究
I 調査研究の概要
I−1 調査研究の目的
 依然として跡を絶たない大規模流出油事故においては、事故の被害を最小化し、海洋環境に与える影響を軽減しなければならない。大規模流出油事故では、油分散剤(油処理剤とも言う)が使用されているが、散布後、船舶の航走等による攪拌を必要とし、作業面、経済面からみて効果的な油防除作業とは言えない状況にある。
 このため、散布後の攪拌を必要としない画期的な油分散剤の開発が望まれ、5ヵ年を掛けて我が国初の自己攪拌型油分散剤の開発に成功した。
 しかし、その効果的な使用方法は確立されておらず、また、最適な散布装置もないことから、これらについて調査研究及び開発を行い、大規模流出油事故に際し、迅速、かつ、的確な防除作業に資することにより、海洋環境の保全並びに海上災害の防止に寄与することを目的とする。
 
I−2 調査研究項目
 3ヵ年に亘る調査研究の項目は次のとおりである。なお、II章以降の各章は3ヵ年の調査研究の概要及びまとめを記述した。
 
1 自己攪拌型油分散剤の船舶用散布装置の開発
 本調査研究の初年度及び次年度(平成12、13年度)において、現有の油分散剤散布装置の散布性能から新たに開発する散布装置の要件を整理し、自己攪拌型油分散剤の船舶用散布装置(SAS−I型)を開発した。
 
2 航空機用自己攪拌型油分散剤散布装置に関する調査研究
 航空機用農薬散布装置を油分散剤散布装置として使用する際の「必要な要件」を整理し、効率的な散布方法に関する試験を実施して、今後、航空機用農薬散布装置を自己攪拌型油分散剤散布装置として使用する際の要件を整理した。
 
3 航空機用油分散剤散布装置に関する文献調査、現状調査
 既に自己攪拌型油分散剤の航空機用散布装置を使用している欧米における散布技術、実例及び効果等について文献調査した。また、我が国における航空機用油分散剤散布装置の現状を調査した。
 
4 自己攪拌型油分散剤の効果的な使用法の調査
 新たに開発した自己攪拌型油分散剤は、従来の油分散剤と比較し、散布量を減じても油の分散効果が得られることが確認されていることから、効果的な散布方法の検討及び海水希釈散布における分散性能の調査を行った。
 
5 「油吸着材(杉樹皮製油吸着材)」に関する調査研究
 「油吸着材(杉樹皮製油吸着材:杉の油取り)」の微生物分解処理技術に関する調査研究を進めるとともに、実海域における杉樹皮製油吸着材(杉の油取り)の有効性に関する調査を行った。
 
II 自己攪拌型油分散剤の船舶用散布装置の開発
II−1 自己攪拌型油分散剤の開発
1 油分散剤の種類
 今日、用いられている油分散剤は、以下の主な2種類のタイプからなっている。
(1)通常型油分散剤
 通常型油分散剤は、炭化水素系の溶剤と15%ないし20%の界面活性剤を含んでいる。初期の炭化水素系の組成は、しばしば、第1世代と言われているが、毒性の高い芳香族の溶剤を用いていた。一方、現在の製品は、第2世代として知られていて、芳香族を含まない溶剤が用いられている。
 国内で使用されているものは、その効果を発揮するのには、散布後の攪拌を必要とし、また、油に対する散布率も20%程度である。
 この他に高粘度油用油分散剤D−1128があり、粘度100,000cST、散布率10%で分散可能な性能を有している。なお、前述と同様に散布後の攪拌を必要とする。
(2)自己攪拌型油分散剤
 自己攪拌型油分散剤は、アルコール系又はグリコール系の溶剤で通常、高比率の界面活性剤成分を含んでいる。これらの第3世代の製品は、散布後の人為的な攪拌を必要とせず、また散布率も低いことから海外では一般的となっていたが、海外製品は、有害性の面で海防法の基準に適合しないことから国内での使用は出来なかった。
 
2 自己攪拌型油分散剤の開発
(1)S−7の開発
 海上災害防止センターでは、日本財団の助成により平成9年度から「油防除資機材の性能の評価及び再評価に関する調査研究」を実施し、平成11年度に国内で使用が可能な自己攪拌型油分散剤(S−7)を開発し、平成11年7月5日、海上保安試験研究センターから試験成績表を受領し、平成11年11月19日型式承認された。
(2)MDPC法の開発
 我が国における油分散剤の性能試験方法である「排出油防除資材の性能試験基準」のII項目に定める油分散剤性能基準であるいわゆる「船査第52号」は、攪拌力が強く、自己攪拌型油分散剤の性能を十分評価することが出来ない等の状況から自己攪拌型油分散剤としての分散性能を評価するための試験方法である「MDPC法」を合わせて開発した。
 
3 自己攪拌型油分散剤の分散性能
 S−7の分散性能の調査において実施した高粘度油及び原油に対する分散性能は次のとおりである。
(1)高粘度油に対するS−7の分散性能の調査
 高粘度油に対するS−7の分散性能の調査結果は、表−II.1.1のとおりであり、散布量の増加に伴い、分散性能が高くなる。
 
表−II.1.1 高粘度油に対する分散性能 (単位:%)
 
(2)原油等に対するS−7の分散性能
 原油に対するS−7の分散性能の調査結果は、表−II.1.2のとおりであり、低散布量(2から4%程度)で効果を発揮することが分った。
 
表−II.1.2 原油に対する分散性能
(単位:%)
  1% 2% 3% 4%
原油A 11.6 32.1 32.7 35.4(up)
原油B 3.3 21.6 58.8(max) 55.4
C重油 7.0 19.7 22.2 31.4(up)
 
 なお、表中に示す( )内のmaxは本試験範囲の最大分散率であり、upは散布率をさらに増すことにより最大分散率が得られるものと推量した。
 
4 自己攪拌型油分散剤等の有害性調査
 舶査第52号による対生物毒性は、沿岸性植物プランクトンであるスケレトネマ・コスタツムを1週間、当該油分散剤の含有量100ppm以上の溶液で培養したときに、当該スケレトネマ・コスタツムが死滅しないこと、かつ、魚類であるヒメダカを24時間、当該油処理剤の含有量が300ppm以上の溶液で飼育したときにその50%以上が死滅しないことが要件とされ、ヒメダカによる方法は、急性毒性試験(JIS K 0102(工場排水試験法)7.1に規定された魚類による試験により行なわれる。
 S−7に対する対生物毒性の調査結果は、表−II.1.3に示すとおり各試験項目において舶査第52号の基準値を全て上回る良好な結果であった。
 
表−II.1.3 S−7の有害
(単位:ppm)
試験の種別 試験値 基準値
スケレトネマ・コスタツムの試験 180≦N<320 100以上
ヒメダカの試験 4,300 3,000以上
 
 また、外国製に対して、ヒメダカを用いた急性毒性試験を実施した。この試験結果とS−7の結果をまとめて表−II.1.4に示す。外国製の有害性は基準値3,000ppmをはるかに下回る750ppm以下であり、我が国では使用出来ない製品であることが分かった。
 なお、分散率は、ほぼ同一の性能を示した。
 
表−II.1.4 各供試体の有害性と分散率
項目 S−7 外国製 基準値
LC50の値 4,300ppm 750ppm 3,000ppm以上
分散率(予め混合) 34.7% 32.7% -
分散率(別々添加) 23.6% 24.1% -
 
 さらに、家庭用品である洗濯用洗剤及び台所用洗剤について、ヒメダカを用いた急性毒性試験により有害性を調査した。その結果を表−II.1.5に示す。家庭用品の有害性については、洗濯用洗剤が台所用洗剤より、約6.6倍高く、S−7と比較すると洗濯用洗剤は約360倍、台所用洗剤は約54倍有害性が高いことから、S−7は、海洋生物等に対して有害性の少ないことが位置付された。
 
表−II.1.5 各供試体の有害性の比較
供試体 S−7 洗濯用洗剤 台所用洗剤
LC50の値(ppm) 4,300 12 79
備考 表中の数値は、値が高いほど有害性が低いことを示す。
 
5 まとめ
(1)S−7は、その中に配合された両親媒性溶剤の力によって、流出油とS−7の界面活性剤を混合し油を微粒子として分散するため、実海域においては、散布後に自然の風波等で拡散し、人為的な攪拌を必要としない。
(2)S−7の分散性能は、3,000cSt以下の重油及び原油に対し低散布量(4%程度)で効果を発揮し、従来型の油分散剤と比較して、1/4から1/5の散布量で済む。
 また、高粘度油(30,000cSt)に対しては、散布量の増加(12%)に伴い、分散性能が高くなる(77.2%)
(3)(1)及び(2)の結果として、次の効果が生じる。
〔1〕防除作業の省力化が図れる。
〔2〕遠方かつ広範囲の流出油への散布が比較的短時間で行なえる。特に、航空機からの散布が有効となる。
〔3〕船舶による防除作業が実施できないような荒天下でも、航空機が可能であれば、油分散剤を使用した防除作業が可能となる。
(4)S−7は、散布量が少なく、海洋生物等に対して有害性の少ない油分散剤であることが位置付された。







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