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ホスピスの日々
 ピース・ハウスではケアチームの一員として約70名のボランティアが活動しています。
ここではボランティアの目から見たホスピスの日々の様子をご紹介させていただきます。
 
ボランティアになる
 “なんじ隣人を愛せよ”私はクリスチャンではないのですが、いつも何かのきっかけに思い出す聖書の1節です。
 4月の始めです。町の広報紙に何気なく目を通したときホスピスボランティア講座参加者募集の記事が目にとまりました。その時です。頭の隅から呼び覚まされたように鮮やかなこの言葉が甦ってきました。そして、反射的に私は受話器を握っていました。
 最初に面接、「何故ホスピスボランティアを希望したか」と聞かれて予想以上に責任ある活動なのだと知りました。養成講座は6回コースです。オリエンテーションと自己紹介があって年齢層が幅広いこと、ほとんどが女性であることもわかりました。
 2日目、ピース・ハウスの歴史と理念、そして次の講座は“ホスピスケアとボランティア”でした。進んでいくうちに、おぼろげに描いていたボランティアヘのイメージが具体的になって来るのがわかりました。初めて車椅子に乗ったり病室体験などをベテランのボランティアから学んでいきました。続く1日ボランティア体験実習は緊張しました。こうして講座を無事終了し、ボランティアコーディネーターと確認をかわして、ホスピスボランティアとしての登録を済ませました。最初はボランティアに応募することを、反対していた家族の理解を得ることが出来たときの嬉しさを今改めて思い出しております。
 
お花
 ボランティア活動初めての日です。
 先輩の方といっしょにお部屋のお花の水取替えに伺ったときでした。患者さんは会話を筆談でなさる方でした。メモで「お花屋さん、いつもありがとうございます。とても慰められています」と書いてくださったのです。それを読んだ途端、もう胸からこみ上げてくるものを感じて涙ぐんでしまったのでした。日々の日課として私たちには当たり前のことですのに小さな行為を大切に受けてくださった感激は忘れられません。
 ティーラウンジで、お茶を召し上がるでもなくお庭をじっと見つめておられる患者さんがいらっしゃいました。付き添っていらっしゃるお嬢さんが「母は、お花も庭も何も無いところからピース・ハウスに来たのですよ。このお庭を眺めることが出来てどんなに喜び、気持ちが安らいできたか」とそっとおっしゃって下さいました。こんなによろこんでいただけるお庭、少しでも良い状態にしたいと思います。
 
ランチタイム
 お昼、11時50分、手洗いを済ませて配膳の準備です。今日の昼食はスープスパゲッティ、フルーツサラダ、きゅうりとささ身の和え物、ゼリーという献立です。名札と部屋の番号を確認してワゴンに載せてお部屋までお届けします。サイドテーブルにお運びして、カバーをとると美味しそうな匂いに包まれます。お顔がほころんでくるとしめたものです。「美味しそうね。全部いただけそうだわ」と話し掛けられました。そばにおられたご主人様「よかったね。僕の出番がなくなって」キッチンのスタッフがお一人おひとりのお口に合うように作ったお食事で楽しいひと時を過ごしてくだされば私たちも嬉しいかぎりです。
 
アートプログラム
−ある冬の晴れた日−
 松本記念ホールの窓いっぱいに新雪をいただいた富士山が美しい。今日の参加者は5名です。指リリアン編みに熱中しておられるSさんは車椅子での参加です。今、マフラーを編んでおられます。ご主人様は他の施設の病院に療養中でいらっしゃるとのこと。離れておられるご主人様へ「バレンタインの贈り物にします」とおっしゃっています。
 ベッドにおやすみのままでも編むことが出来るプログラムです。Mさんは、ご自分の籐の枕カバー作り、少し編まれては一休みしておられます。Yさんはお孫さんのバギーのひざ掛けをと大作に取り組んでいらっしゃる。
 そこへお見舞い客が現れました。なにやら楽器らしいものを脇にかかえておられます。Sさんの妹さんでした。静かにヴァイオリンの演奏が始まりました。編みものをしながら、こころよい音のしらべに包まれておりました。
 アートプログラムは、ボランティアによる自主的なプログラムです。そこでは、しばらくの間、その時出会った方々と趣味の話を交わしています。創作の喜びが、お互いに育まれて、生きて行く希望に繋がっていかれるようにねがっています。
 
日々のいとなみ
 ホスピスのアトリウムに面するコーナーに、座って待機しているのはボランティアです。いつでも必要とあらば“いざ、鎌倉へ”です。配膳手伝い、食器洗い、患者さんのマッサージ、車椅子での散歩、入浴の介助、などです。朝から夜、夜間患者さんがおやすみになるまでです。
 患者さんによってはマッサージの仕方も違います。リンパマッサージという方法を教えていただきましたがなかなか上手に出来ません。ご希望に添うように努めております。
 そのような時にいろいろなお話をいたします。同年輩ですと、昔懐かしい映画や音楽の話がはずみます。二人で小さな声で懐かしいメロディを歌ったりして時間がたつのを忘れてしまうこともあります。
 「もう少し、いて頂戴」しばらくの間手を握って、静かな寝息が流れてきたことを知ってそっと退室するのです。
 また、こんな事がありました。患者さんはご主人様で、付き添っておられる奥様に、身の置き所がないつらさをいろいろと訴えられておられました。何をお世話していいか分からないような状態の時、奥様が泣きそうな声でおっしゃったのです。「添い寝してあげたいのにベッドが小さいのよ」。そばで奥様のからだが落ちないように椅子を並べて支えて差し上げました。素敵なご夫婦の愛が忘れられません。
 
季節の行事
 ホスピスでは入院中の方々に、季節の移り変わりを行事を通して楽しんでいただいております。春のお花見、納涼会、秋の焼き芋、クリスマスなど、スタッフとボランティアが協力して準備をします。
 
−桜をめでる−
 4月のお花見は、ホスピスに隣接しているゴルフ場所有の見事な桜並木を開放していただきます。ベッドのままで、車椅子で、患者さんもご家族も花にさそわれ、病室が空っぽになります。青空の下で思いっきり息を吸って「桜の香りよ」と叫ばれた方。差し入れのコップ酒を手にしてにっこり笑った方、「今日の桜が最高ね。」「そうよ、ホントに」
 
−焼き芋を楽しむ−
 秋は山の幸、里の幸、そして海の幸にも恵まれます。秋晴れの一日、ピース・ハウスの中庭で焼き芋の会が開かれます。庭のテーブルに並んだ盛りだくさんの秋の果物、そして香ばしい匂いが立ち込めてきました。お芋が焼けてきました。今年は、ボランティアの自家菜園からの提供です。匂いにつられてテラスのドアが開き、出てこられる方も加わって、大勢のかたが参加して、よく召し上がってくださいました。この日の夕食は売れ行きがよくなかったとか。心地よい疲れが私たちボランティアにとって、次の活動への希望に繋がっていきます。
 
礼拝のひととき
 ピース・ハウスにはチャプレン(病院付き牧師)がおります。
 火曜日の朝、礼拝の時間を持っています。いそがしいスタッフも時間を見つけて参加しますが、ボランティアの私たちが一切のお世話を致します。その日の朝に、礼拝の週報が各部屋に配られ、時間になるとご家族とご一緒の患者さんやナースに付き添われて車椅子で参加される方もおられます。クリスチャンもいらっしゃいますが、そうでない方のほうが多いでしょうか。キリスト教に始めて触れる方も、ボランティアといっしょに静かな祈りの時を過ごします。牧師先生のわかりやすい説教を伺いながら、時に窓の外に目をやると悠々と富士の頂きを雲が流れていきます。
 
音楽
−ライヤーを弾く−
 うらうらと晴れた春の日の午後、庭から小鳥のさえずりと一緒にライヤーの柔らかな響きが流れてきました。お花見の日に、始めて触れてみたライヤーに関心を持たれたTさんが一曲弾いてみたいと言われて奏でておられるのでした。曲目は“チューリップの花”。今、中庭にはチューリップが満開です。Tさんは一生懸命に弾かれました。きれいに咲いているチューリップに感謝を込めて。弾き終わった時に、Tさんの周りには7人もの患者さんが聴いておられて拍手が沸きあがりました。すみれ色のショールがそよ風にふんわりと揺れて、Tさんのお顔のさわやかな表情をいっそう美しく見せておりました。
 
−うたう会−
 金曜日の午後のひと時、みんなで歌おうという会があります。クラシックから歌謡曲まで、時には演歌も飛び出します。メロディを聞いて直ぐにピアノ伴奏に応えてくれるボランティアがおります。時間になっても、どなたもお見えにならないときもおなじみのメロディが流れますとそっと入ってこられる方。お好きな歌はリクエストに応えています。
 或る日のことでした。酸素ボンベを携えたSさんがいらっしゃいました。何時もSさんは付き添いの姉上の歌を聴かれておられるだけでしたが、何時の間にかご自分も歌っていらっしゃったのです。そして、気がついたら酸素をはずしておられたのでした。「歌えるなんて思いもしなかったわ」と喜ばれたことをご想像ください。ボランティア冥利に尽きます。
 
お別れ
 やがて訪れる別れは私どもホスピスにかかわるもの達が常に心しておかなくてはなりません。活動を通して多くの方とお別れを致しましたが、旅立っていかれた皆様からいただいた学びは私達の生き方の道しるべになっています。
 
−心に残る思い出−
 「もう一度、庭の芝生に触れてみたい」とおっしゃった患者さんの願いをかなえたいと思いました。ご家族と、スタッフ、ボランティアで抱えて、芝生の上に寝かせて差し上げた。「あー気持ちがいいね、みんなも一緒に横になろうよ」とおっしゃり、花畑を眺めながら−“畑ばかり 通して見える 死の世界”一句詠まれて数日後旅立っていかれました。
 
再会
 お身内をホスピスで見送られたご家族の皆様が、その後どのように過ごしておいでかなと案じることはしばしばあります。毎日のようにおみえになっていらしたご家族の方、アートプログラムに参加された方がたはなおさらです。先日のことでした。シャトルバスに乗ってホスピスに向かう時に1年ぶりでTさんの奥様にお会いしました。奥様にお目にかかった時、雨上がりの夕方のお花見風景が目に浮かび、冗談がお得意でいつも話題をさらってしまうTさんと過ごしたこと、雨上がりの桜の美しかったことが懐かしく思いだされました。
 「私のことを、時々思い出してね」押し花の作品を毎週作りながら明るく最後まで過ごしていらっしゃったGさん、亡くなられて1年が過ぎ妹さんがしのぶ会におみえになった時です。そばのカーテンが静かに揺れたのです。Gさんの「どうしている?楽しそうね、わたしのうわさばなしをしているのでしょう?」という声が聞こえてくるようよと妹さんと期せずして意見が一致して、その後は楽しい会話になりました。
 思いがけない所での再会もあります。ある集まりでお会いした方はお一人になられた今の時間を、ご主人から与えられた大切な贈り物と言っておられ、新たな活動を生活の中に活かしていきたいと考えておられます。悲しみを乗り越えていかれるお姿を拝見して私たちは教えられることがいっぱいです。







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