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第二部 藍工房
ここでは、アイコウボウ・USAの母体となっている藍工房(藍工房グループ・NPO藍工房)の活動について、利用メンバーの声なども交えながら紹介したい。
一九八三年(昭和五十八年)六月、藍工房は東京都世田谷区若林にある木造の共同住宅の一室からスタートした。「働きたいけれど、仕事がない」脳性麻痺の小高恵子さんが言ったそのひと言が、藍工房設立のきっかけとなった。
「障害者に働く場を」その理念のもと、当時ボランティアであった竹ノ内(現施設長)と小高さんは二人でアパートの一室を借りる。そこから藍工房の歴史は始まった。
当初一部屋だった作業場は利用者の増加に伴い二部屋三部屋と増え、やがてアパートすべてを藍工房が専有するようになる。
一九九一年(平成三年)四月、藍工房利用者のうち精神障害者について、精神障害者共同作業所通所訓練事業として東京都および世田谷区より認証が下りる。(以下これを「藍工房・精神部」と呼称する)
翌年の一九九二年(平成四年)四月、精神障害者に続いて、知的障害者・身体障害者についても、心身障害者通所デイサービス事業として世田谷区より認証が下りる。(同じく、これを「藍工房・障害部」と呼称する)
東京都および世田谷区の認証を受けたことにより利用者は飛躍的に増加し、手狭となったアパートから転居を行なう。それに伴い、空いたアパートを自主運営のグループホーム「藍工房ハウス」として活用することとなる。
一九九五年(平成七年)四月、グループホーム「藍工房ハウス」が精神障害者地域生活援助事業グループホームとして東京都および世田谷区より認証を受ける。
翌年の一九九六年(平成八年)四月、三軒茶屋において、藍工房の第二作業所「藍カフェ&ギャラリー」がオープンし、精神障害者共同作業所通所訓練事業として東京都および世田谷区より認証を受ける。
このように各事業が補助金の交付を受け、組織が拡大したことに伴い、組織の安定した運営を図ることが急務となった。そして、一九九八年(平成十年)四月、東京都立中部総合精神保健福祉センター、世田谷保健福祉センターなどの協力のもと、藍工房グループ運営委員会が発足、すべての事業が「藍工房グループ」の傘下に統括される。
一九九九年(平成十一年)四月、「藍工房ハウス」移転のため、空いたアパートを再び自主運営のグループホーム「藍ハウス」として活用することとなる。
二〇〇〇年(平成十二年)六月、自主運営で活動していた「藍ハウス」および、日米交流事業「藍工房USA東京」が、東京都よりNPO法人(特定非営利活動法人)として認証され、「NPO藍工房」が発足、「藍工房グループ」より独立する。
こうして現在、「藍工房グループ」として「藍工房・精神部」「藍工房・障害部」「藍カフェ&ギャラリー」「藍工房ハウス」の四事業、「NPO藍工房」として「藍ハウス」「藍工房USA東京」の二事業がそれぞれ活動を行なっている。
藍工房の正面玄関
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