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●資料
自治体の介護予防の取り組みを評価する指標について
 
Indicators for Evaluating Measures Taken by Local Governments for Care Prevention
岡田 真平a 上岡 洋晴a 小林 佳澄a
Shinpel OKADAa Hiroharu KAMIOKAa Kasumi KOBAYASHIa
高橋 亮輔b 武藤 芳照b 倉澤 隆平c
Ryosuke TAKAHASHIa Yoshiteru MUTOHb Ryuhei KURASAWAc
 
a 身体教育医学研究所
b 東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座
c 北御牧村温泉診療所
a Laboratory of Physical Education and Medicine
b Department of Physical and Health Education, Graduate School of Education, The University of Tokyo
c Kitamimaki Village Onsen Clinic
 
Abstract
Taking care of elderly people and bed-ridden patients, a population that is expected to increase, is becoming more and more of a serious problem. To circumvent this problem, various measures are actively being taken for care prevention in many institutions. The term "care prevention" means actions taken to avoid degeneration of function in the elderly that would necessitate care by others. Numerous local governments have provided programs for care prevention on a commercial basis and are developing these measures according to the characteristics of districts and elderly people therein. At present, various systems are used to evaluate outcomes of these measures. In this communication, we discuss an indicator to evaluate care prevention business from easily understood concepts.
The life expectancy at birth (or life expectancy) has been used as an overall indicator of the level of health and welfare within a district. Although life expectancy accurately represents the situation directly related to death, this indicator does not necessarily represent the situation related to the need for care. In contrast, the concept of "health expectancy" recently has been proposed, and attempts have been made to calculate values of the new indicator representing the level of health of the population within certain districts. Methods of calculation have been examined and now made open. Health and welfare levels are being analyzed using the new indicator in individual prefectures and in smaller districts within prefectures, cities, towns and villages. Hereafter, this indicator will be widely accepted to evaluate measures for care prevention.
As another social indicator related to measures for care prevention, geriatric medical expenses (medical expenses per elderly person) are frequently used. Geriatric medical expenses are calculated yearly, taking each local government as a unit. This indicator does not directly represent the health and welfare level in districts, however, because the indicator increases or decreases depending on numerous variables, such as the social security system, infrastructure of the medical and welfare system, and the size of the local government.
 As another indicator, the good walker's index (Kenkyakudo) is used to evaluate the ability of individual elderly persons, the objects of care prevention. This represents a reduction in function of the lower extremities with aging and is easily understood by elderly people, because the ability to move in daily life is measured for this index. This index has been scientifically supported through examinations of its statistical relationship to diseases and physiological functions. Based on this index, it is possible to provide every elderly person with instructions concerning exercise and daily life for care prevention, while the ability of each person can be evaluated cross-sectionally in comparison with standards for the gender and age group of the particular person and individually according to changes over time in comparison with his or her previous records. With this index, it is also possible to detect problems specific to individual districts on the basis of its distribution specificity for groups of elderly people within the district. The good walker's index was conceived to be useful as a common indicator to evaluate measures taken for care prevention because it is closely associated with the daily life of elderly people.
 
●代表者連絡先: 〒389−0402 長野県北佐久郡北御牧村大字布下6−1
  身体教育医学研究所 岡田真平
  TEL/FAX 0268−61−6148 E−mail okap.okada@nifty.ne.jp
 
Key Words : Care Prevention, Health Expectancy, Geriatric Medical Expenses, Good Walker's Index (Kenkyakudo)
  介護予防、健康寿命、老人医療費、健脚度
 
緒言
 わが国の高齢化の進展は著しく、それに伴い、寝たきり、痴呆などの高齢者介護の問題が深刻化することが予想される。この問題は、高齢者にとっては生き方の問題、取りまく家族・地域にとっては介護負担など実生活に関わる問題、自治体・国にとっては社会保障の問題であり、社会全体にとって大きな克服課題である。平成12年4月にスタートした介護保険制度はこうした状況に対応した法的整備であるが、今後の円滑な制度運用のためには、さらに大きな枠組みでの社会システムの整備は急務である。特に、要介護状態になる前の介護予防と生活自立支援は重要な施策であり、国では各市町村の主体的な取り組みを推奨している。代表的な事業例は、転倒予防、痴呆予防などの講座、食生活・生活習慣改善のための講座、公民館や老人福祉センターで行う生きがい活動としてのデイサービスなどであり、平成13年度の国家予算では、500億円が区市町村への事業補助費(2分の1補助なので事業規模1000億円)として計上された。これによって、(1)高齢者自身のQOL(Quality of Life:生活の質)の維持・向上、(2)家族等の負担軽減、(3)地域社会の負担の軽減、などを目的とした様々な事業が展開されている1)。しかし、こうした取り組みを共通の視点でとらえるには至らず、事業計画の立案、事業成果の把握、事業の方向修正等に活用されていないのが現状であろう。そこで本稿では、各自治体の介護予防の取り組みを評価するための指標について論考することを目的とする。
 
各指標の検討
(1)健康余命(健康寿命)
 厚生労働省が提唱する21世紀における国民健康づくり運動「健康日本21」において、「健康寿命の延伸」が明確に目標として謳われている2)。健康寿命は、「人生の中で健康で障害の無い期間(支援や介護を要しない期間)」と定義され、死亡データに基づいて算出される平均寿命とは異なる。平均寿命とは、人口動態統計(死亡数等)と人口構造をもとに作成される生命表(5年ごとの国勢調査に基づく完全生命表と毎年出される簡易生命表とがある)で示される平均余命(各年齢の生存者が平均してあと何年生きられるか)のうち、0歳の平均余命のことを指している3)。これは、全年齢の死亡状況が集約されたものであることから、ある一定地域の保健福祉水準の総合的指標としてこれまで広く活用されてきたが、死亡事象のみを扱っているので、各地域の健康水準の指標として十分とは言えない。というのも、平均寿命が延びた背景には、医療や介護の質の向上による「延命」という側面、また「寝たきり」や「痴呆」といったQOL(生活の質)低下の問題もあることから、疾病や障害の保有率などを含めた新たな健康水準の指標が必要となってきたと言える。
 平成13年簡易生命表によれば、日本の平均寿命は男性78.1年、女性84.9年で先進国の中でも世界一の水準である4)。また、世界保健機関(WHO)の平成14年10月に発表した「2002年世界保健報告」によれば、健康寿命も73.6年(男性71.4年、女性75.8年)で世界一となっている。ただ、健康寿命は健康状態の定義や評価法等によって算定結果が影響を受けることから、データの取り扱いには注意が必要である。例えば、各国ごとの健康寿命として初めて算出された平成12年6月のデータでは、日本人の健康寿命は74.5年(男性71.9年、女性772年)で、数値上では平成12年よりも平成14年の方が低い結果になっている。しかし、これはこの期間で日本人の健康寿命が短くなったことを意味するのではなく、平成13年に新しい疫学データなどを採用して病気・障害の期間の計算を見直したためであり、この2年のデータを直接比較することはできない。
 国内でも都道府県別にこれらの数値が算出されている。都道府県別の平均寿命は、国勢調査人口と国勢調査年前後3ヵ年の死亡数等を用いて5年ごとに公表されるが、平成12年都道府県別生命表では、男性の1位が長野県で78.9年.47位は青森県で75.7年、一方、女性の1位が沖縄県で86.0年、47位が青森県で83.7年であった。健康余命は平成10年に橋本らの研究班によって初めて報告され、具体的には、「平均自立期間」を要介護状態でない余命(健康余命)を示す指標とし、要介護者率を生命表に結合することによって、65歳以上の高齢者について算出された5)。平均自立期間は、平成7、8年度国民生活基礎調査、患者調査等で得られたADL関連項目により、都道府県別の要介護者割合(食事摂取、排泄、爪切りについて一つでも援助の必要な者の出現割合)を求め、これを平成7年生命表の生存者数から除いた場合の平均余命としてデータ化したものである。また島根県では、介護保険制度下の介護認定区分に従った性・年齢階級別の要介護者数(平成13年10月末)の市町村別データ、平成8年から12年の死亡統計のデータから、各保健医療福祉圏域別、および市町村別に平均自立期間、平均要介護期間、平均自立期間割合を算出し、報告している6)
 健康余命を算出するうえで問題となる健康状態の定義や評価法について、今後は、介護保険制度下で地域間の評価誤差が少ない要介護認定基準によるデータが得られることから、自治体単位での算出と比較、縦断的な追跡も期待できる。小規模の区市町村単位では例数が少ないことによる誤差も考えられ、生命表作成には課題が残るが、C.L.Chiangの方法(5年間の統計による近似的な生命表)を用いるなどの工夫により対応されている。
 公衆衛生ネットワークが公開しているホームページでは、介護保険制度を利用した健康寿命計算マニュアルが公開され(http://home.att.ne.jp/star/publichealth/kenkou.htm)、算出方法をダウンロードすることができるので、自治体単位での算出に活用できる(ここで「健康寿命」と表現しているのは、「平均寿命−65歳での平均要介護期間」のことである。このマニュアルにある方法によって65歳以上の「健康余命」が算出できる)。健康寿命を算出するメリットとしては、健康寿命短縮の要因分析、地域保健計画への反映、行政と住民の情報の共有化、住民の健康づくり運動への動機づけ、などを挙げている。
(2)老人医療費について
 高齢化の進展に伴って年々増大する社会保障費は深刻な問題である。国民医療費総額、老人医療比率は、平成12年の介護保険創設によって時的に減少しているが(約2兆円の医療費が介護保険制度下に移行した見込み)、社会保障費全体としては増加の一途である7)。平成12年度の国民医療費総額304兆円は国民所得の8.0%を占め、社会保障費としては、昭和60年度16.0兆円の約2倍となっている。老人医療費11.2兆円は国民医療費の36.9%を占め、また、平成13年度の1人当たり老人医療費は全国平均で75.5万円となっており、ともに年々増加の傾向である。老人の特徴は、老人以外に比べて、1日当たりの診療費には著しい差はないものの、受診率、1件当たりの受診日数が多いことであり、その結果1人当たりの医療費では5倍近い差が生じている。このように、老人医療費の抑制は各自治体にとって大きな課題であるが、都道府県別の1人当たり老人医療費の順位では、地域間格差がはっきりと見られる(表1)。
 ところで、老人医療費の抑制は、介護予防の取り組みにおいても重視すべきであるが、1人当たり老人医療費を評価指標として取り扱う場合には、次の点で注意が必要である。
 まず、数値が制度に左右されるということであり、例えば、平成12年4月の介護保険制度導入、平成14年10月の老人保健制度改正(対象者を70歳以上から75歳以上に、一部負担金を引き上げに)などは医療費の動向に大きな影響を与えることから、制度前後で単純な数値比較はできない。また、地域性や、医療・福祉のインフラ整備状況等の多様な背景要因があるため、介護予防事業と老人医療費との直接的な相関関係は示しにくい。
 さらに、区市町村単位で扱うのに大きな誤差要因となる高額医療者の問題もある。特に大きな影響を受ける小規模自治体を例にシミュレートすると(平成13年度A村の実数)8)、老人医療対象者1,116人、老人医療費総額639,560,938円、1人当たり573,083円、県内順位63位の自治体に、もし仮に12,000,000円の高額医療高齢者(膵癌と合併症、大動脈弁閉鎖不全症と合併症などの処置症例の1月当たり請求点数として実際に存在し得る程度の額)が1名発生した場合、それだけで1人当たり老人医療費が10,753円増の583,836円となり、県内順位は52位に上がる。また一方で、同村の診療費の内訳を見ると、入院外に対して入院は、件数では1/20に満たないが(入院/入院外=658件/15、319件)、総額ではほぼ同額であり(入院/入院外=260,975,942円/269,353,980円)、入院1件の平均額は入院外22.5件分に相当する(入院/入院外=396,620円/17,583円)。すなわち、少数の高額医療者の発生が誤差として大きな影響を与える小規模自治体においては、介護予防の取り組みの成果としての老人医療費の変化は、短期的には入院外件数の減少等により誤差範囲内において影響を及ぼすに過ぎないが、長期的には高額医療・入院の発生数の減少にも影響し、結果として医療費低減につながってくるものと考えられる。
 
 
表1 都道府県別1人当たり老人医療費(単位:万円)
順位 平成11年度 平成12年度 平成13年度
都道府県 費用 都道府県 費用 都道府県 費用
  全国 82.6 全国 74.4 全国 75.5
1 福岡県 107 北海道 92.5 福岡県 92.4
2 北海道 106.6 福岡県 91.9 北海道 92
3 高知県 101.2 長崎県 87.3 長崎県 88.1














45 山梨県 68 山梨県 62.8 山形県 63.2
46 山形県 67.3 山形県 62.3 新潟県 63.2
47 長野県 64.7 長野県 59.2 長野県 60.2
国民健康保険中央会まとめ
 
 
(3)健脚度測定
 介護予防事業は、要介護者数・医療費低減といった社会的な成果だけでなく、高齢者ひとりひとりのQOL向上にも大きな成果を上げる。社会的な成果は、高齢者が生活実感として得られる成果(疾病予防や症状の軽減、健康度の維持・向上)の積み重ねであり、介護予防の取り組みを個々の身体機能面から評価することも有効であろう。特に、「自立」という視点から、下肢機能を中心に日常生活での移動動作を評価することは重要であり、我々は介護予防事業の軸として「健脚度測定」を実施してきた。「健脚度測定」は、その妥当性、信頼性、応用可能性について検証され9)、すでに、介護予防事業に取り入れたいくつかの事例がある10)。測定値の評価基準は、先行研究のデータ分布(図1)から算出した基本統計量をもとに定め、各測定項目に対する5段階評価と、測定値の経年変化をデータで追えるようになっている。これによって、個人データの横断的・縦断的な評価のフィードバックだけでなく、地域の一定集団についても身体機能面から、横断的、縦断的に評価でき、地域特性や介護予防の介入効果を検証できるようになった。「健脚度測定」は、学術的に妥当性が実証された科学的な側面と、高齢者の生活実感に結びついた教育的な側面、簡便に実施できる効率的な側面を併せ持つことから、自治体の介護予防の取り組みを評価する指標として有用であろう。
 
 
(拡大画像:26KB)
図1 平成12年度北御牧村健脚度測定参加者(男性)の10m全力歩行時間分布
 
 
表2 「PPK」長野県に関連する主なデータ
項目 データ
平均寿命(年) 平成12年 男 :78.90 (全国77.71 1位)
女 :85.31 (全国84.62 3位)
65歳平均自立期間(年) 平成7年 男 :15.92 (全国14.93 2位)
女 :19.44 (全国18.29 4位)
65歳平均自立期間割合(%) 平成7年 男 :91.5 (全国90.6 4位)
女 :89.0 (全国87.3 4位)
高齢者受療率(/10万人) 平成11年10月 入院:2,418 (全国3,909 47位)
外来:9,529 (全国12,824 43位)
一般病床在院日数(日) 平成13年 21.5 (全国30.1 47位)
老人医療費(円/人) 平成13年度 601,513 (全国755,016 47位)
自宅での死亡率(%) 平成12年 19.8 (全国13.9 1位)
高齢者就業率(%) 平成12年10月 31.7 (全国22.2 1位)
社会体育施設(/10万人) 平成11年10月 98.9 (全国36.7 1位)
長野県衛生部まとめ







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