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第3 取引先の動向把握
 次に、取引開始以後に注意する点を申し上げます。取引開始後は、当然のことながら、取引先の動向に注意を払う必要があります。言うは易く行うは難しですが、日頃から次の(1)〜(7)といった事項に留意しましょう。
 
(1)貨物の動きの変化
 貨物の動きに顕著な変化が現れた場合は、荷主の事情に何か変化が起きたと言えましょう。倉庫の場合でいえば、寄託物の在庫期間の短縮あるいは長期化、あるいは出入れ頻度の変化、また、倉庫から荷主の顧客へ直接発送作業を請けている場合では、返品の増加といった動向も気になります。このような貨物の変動は荷主の動向を知る有力なシグナルとなります。動向が良い方向なのか、悪い方向かは個々の事例によりますが、顕著な変化がある場合は注意が必要です。
 
(2)支払いの遅延
 支払いが遅れ出したら危ないというのは当然のことです。遅れ出したら特に気を付ける必要がありますし、請求については、きちんと行わなければなりません。
 
(3)代表者、幹部の交替
 代表者や担当幹部の交替は通常でもありますが、場合によっては、これにより荷主の性格・内容が変わることもあり得ます。特に小さい荷主の場合は注意が必要です。
 
(4)人員整理、手形ジャンプ等日頃から取引先の情報収集
 昨今よく耳にする人員整理や、手形のジャンプの情報にも注意が必要です。
 
(5)取引先所有の不動産とその登記簿謄本調査
 もし荷主の所有している不動産を知ることが可能であれば、その登記簿謄本を取り寄せることによって、最近の担保権等の設定状況がわかります。抵当権だけではなく、合わせて賃借権設定仮登記を付けたり、所有権移転仮登記を付けたりするのは、比較的街金に多い手法なので、それが付いているかどうかなどを見ます。それから税務署の差押え、一般債権者の仮差押え等がベタベタと付くようになると、かなり忙しい状態にあると判断できます。
 
(6)取引先の決算書のチェック
 また、これも可能ならばの話ですが、取引先の決算書をチェックします。特に手形の出入りや借入金の増減等についてチェックを行います。
 
(7)代表者、経理担当者との連絡が取れなくなったら末期的症状
 最後に、代表者あるいは経理担当者、特に代表者と連絡が取れなくなったら、もう末期症状です。
 
 以上が留意点ですが、特に貨物の動き自体に着目することが大事です。
 
第4 荷主からの入金状況が悪化したとき
1. 明確な請求(内容証明等)
 荷主からの入金情況が悪化した場合は、当然のことながら請求をきちんとします。この辺を曖昧にするとズルズル行きますので、最初は事務的な請求を行い、回数が重った場合には、内容証明郵便で請求する必要もあると思います。
 
2. 契約内容の変更・契約の打切り等
 まず、取引を継続するか止めるかを判断します。継続する場合、入金情況が悪化した時なので追加担保の提供等は現実には困難ですが、可能であれば取ります。あるいは契約内容の変更を要求するといった対応があります。できれば公正証書を作成します。
 後は、どこで“損切りするか”といった決断も、場合によっては必要です。ズルズルと継続していくか、あるいは多少の損を覚悟してでも打ち切るかの判断が、どこかで必要になってくると思います。
 
3. 相殺
 倉庫会社あるいは運輸会社が荷主に債務を負担しているときは相殺を考えます。
(1)相殺適状にあれば、一方的に(=相手方の合意なしに)相殺できます。
(2)内容証明郵便で相殺すべき債権と債務を特定して相殺の通知をします。
(3)通知先の代表者名義に注意する必要があります。
(4)相殺適状とは、両債権が同種の目的で、弁済期にあること、をいいます。
(5)不法行為による債務の場合ま相殺ができません。
 
 債権回収として重要な方法が「相殺」と「留置権」です。相殺は、お互いに取引があり、倉庫事業者あるいは運輸事業者の方でも荷主に対し債務を負っているような場合には非常に有効です。実際に相互に債権債務を持ち合う取引形態が、皆様の業界でどの程度存在するか詳しくは承知しておりませんが、そういう状態にあれば相殺が一番簡単です。相殺は相殺適状にあれば、一方的な意思表示で相殺ができます。ただし、相手の代表者宛にその意思が送達されないと効果が発生しませんので、代表者氏名等を間違えないようにしなければなりません。場合によっては会社謄本を取って代表者名義を確認して相殺通知を出します。これは内容証明郵便で行うことが実際的です。
 
4. 留置権
(1)債権の弁済を受けるまで、占有物を留置する権利
 倉庫の場合を念頭におくと、留置権というのが非常に大事なんですね。運送事業者の場合も、勿論留置権があるんですが、倉庫というのは元々保管しているのが仕事ですから、非常になじむんですね。運送というのは、そうじゃなくて、場所的移動で、移動が終わったら荷主に渡すという流れですから、運送事業者がお客の荷物を持ってる期間が短いもんですから、留置権を活用する場が狭いということだろうと思います。
 留置権はですね、事実上非常に強い権限があるんです。法律的に、モノを留置していていい、支払いを受けるまでは渡さないと言えますから、どうしてもそのモノを欲しい人は、代わりに払ってでも、そのモノを引き取ろうとしますので、価値のあるものであれば事実上非常に強い権利になるわけです。
 留置権というのは、倉庫会社なりトラック会社が留置している貨物についての債権ですから、倉庫で言えば保管料、トラックで言えば運賃でしょうか、それが払われるまではその貨物は渡せないという権利なんです。そうすると、その貨物が欲しい人は困りますから、本来の支払義務者かどうかを問わず、支払ってその貨物を受取るというケースが出てくるわけです。
 
 そういう意味で留置権というのは払えという権利じゃないんです、払うまではモノを渡さないという権利なんですね。従って、価値のないものの場合は、何ともしようがないんですが、価値があれば、非常に強い権利ということになります。
 ですから、倉庫事業者にしろトラック事業者にしろ、その貨物について債権があると、典型的には運賃、保管料、こういうものがあるという場合で、相手がおかしくなって払えないという時には、そのブツを気軽に放さないで持っていて、それで運賃なりなんなりを払うまでは渡せませんよと、こういって頑張るわけです。これはゴネ得でも何でもなくて、法律上そういう権利があるということでございます。
 民法に書いてある「民事留置権」と商法に書いてある「商人間の留置権」には、ひとつだけ大きな違いがございます。
 民法上の留置権は誰の所有かは問わないけれど、その貨物について発生した保管料なり運賃でなければ保管料を主張できない。「商人間の留置権」は相手の荷主の所有でなければいけないが、そのモノについての運賃なり保管料でなくても、前の取引の運賃なり保管料についても請求できると、こういう違いがあります。まあ、そういうことで、事情によって使い分けるということになるわけです。
 
ア 民事留置権(民法295条1項)
 「他人の物の占有者がその物に関して生じたる債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することを得。但し、債権が弁済期にあらざるときはこの限りにあらず。」
 
イ 商人間の留置権(商法521条)
○「商人間においてその双方のために商行為たる行為によりて生じたる債権が弁済期にあるときは、債権者は弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によりて自己の占有に帰したる債務者所有の物又は有価証券を留置することを得。但し別段の意思表示ありたるときはこの限りにあらず。」
○貨物の所有権が荷主から他の者に移った場合、所有権が移る前に弁済期の来た保管料・運賃等債権については、依然として商事留置権を行使できる。
 
ウ 運送人の留置権(商法589条、562条)
 陸上貨物運送の場合「運送人は、運送品に関し受取るべき報酬、運送賃その他荷送人の為に為したる立替又は前貸に付てのみその運送品を留置することを得。」とあります。
 運送人の留置権の要件は、民事上の留置権と同じと考えて結構です。すなわち、留置権で担保される債権は、その物に関して生じたものでなければならない反面、その物の所有者が誰であるかは問題になりません。
 しかし、その効果の面では、債務者が倒産して法的整理手続に入った場合、違いが生じます。民事上の留置権は、後で説明するとおり、債務者が破産宣告を受けた場合には、効力を失うのですが、運送人の留置権を含めて商法上の留置権は、特別の先取特権として別除権になります(会社更生の場合は更生担保権)。
 
(2)実務上は留置権を活用して競売によらない弁済催促
 留置権を行使して債権を回収する法律上の手続は、留置している貨物を競売し、その売却代金(の返還債務)と倉庫業者・運輸業者の債権を相殺することにより行います。要するに、「売却代金を自己の手中に収めて事実上の優先弁済を受けることができる」ことになるわけですが、実務上は競売まで行わず、話し合いで優先的な弁済を受ける例が多いと思います。実際は弁済を促す形で留置権を活用して優先的な弁済を受けることになります。
 
(3)留置権の不可分性〜債権の全額弁済を受けるまでは留置物全ての留置が可能
 留置権の法的性格として大事なものに「留置権の不可分性」があります。これは未払債権の「全額」の弁済を受けるまでは、留置物の「全部」を留置できるというものです。つまり一部支払いを受けたからといって、留置物の一部を返す必要はないということです。これが次の判例3です。しかし、実務的には、「一部支払いするから、一部出してくれ」ということで、示談解決を図ることはあり得ます。お互いに譲歩し、一部出すから一部払えといった交渉のやり方は十分可能なわけです。
 
5. 消滅時効への留意〜保管料・運送賃債権の時効期間、対保証人〜
 それから、相手が支払い能力がなくなったと、しかし、不幸中の幸いで資力のある保証人がついていたという場合、債務者はいくら言ってももう駄目だから、保証人からとろうと思って、保証人にだけ請求していると、債務の方が消滅時効で消えてしまうんです。債務が消えると、保証も消えてしまいます。これが非常に大きな盲点です。ですから、もし債務者自身に支払い能力がなくて、運良く保証人がついているというラッキーな場合、債務者と保証人の両名に対して請求するというふうにしていただかないと、金のある保証人にだけ請求していると、債務が消えてします。特に運輸の場合、運賃の消滅時効は1年ですよね。是非お気をつけいただきたいと思います。
 今の場合、人的保証をつけている場合だけじゃなくて、運良く物的保証をつけてたという場合も同じです。運良く債務者以外の第三者の不動産に抵当権が付いているから安心していいやと、安心して1年経つと、債務が消えて抵当権も消えますので、くれぐれも債務者本人に対する請求は怠らないというのが絶対的な注意事項ですね。







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