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2003/03/11 読売新聞朝刊
[インタビュー・イラク危機](3)本質見極め政治決断
中曽根康弘氏
 
 イラク問題は、イラクによる大量破壊兵器の開発と保持の阻止という十年以上にわたる国際的に重大な課題の最終局面に来ている。一九九〇―九一年の湾岸危機・湾岸戦争以降、国連安全保障理事会で十六本の決議が満場一致で行われ、イラクに核、生物・化学兵器、中距離ミサイルの破壊・根絶を促してきた。
 イラクは「無条件・無制限に協力する」約束だった。だが、これをイラクは履行していない。結末をつけるため、軍事対決を目指す米英に対し、仏独露は「手続き的政治ゲーム」をしている。
 安保理決議という手続きは大事だが、それは、各国の利害関係を反映し、合成されたものだ。大量破壊兵器の根絶という冷厳な目標に対して、それで果たして適切なのかどうか、瀬戸際に来てその判断をしなければならなくなってきた。
■「世論」に潜む危険
 ある段階で、見極めをつけなければ、イラクによって今までのようにずるずる延ばされてしまい、大量破壊兵器の根絶どころか、核兵器を手にしてしまおうとしてまねする国が出てくる。イラクへの対応が中途半端に終われば、国際社会が放棄を求めている北朝鮮の核開発も同じ結果となる危険性がある。イラクへの要求がぐらつくことは、日本にとって一番危険なことだ。私は、米英両国を支持し、軍事対決もやむを得ないと思う。
 国内外の世論は、戦争反対、反米的な空気が醸成されている。テレビ、インターネットの普及によって、国際世論が急速にまとまるようになっているが、国際世論は、多分に感情的、感傷的な要素が強い。「戦争」か「平和」かと言えば、「平和」に手を挙げるに決まっている。
 だが、世論が必ずしも適切でなかった例は過去にいくつもある。第二次世界大戦前、ナチスドイツに対し、英国などは妥協して、(独のチェコスロバキア=当時=の一部併合を認める)ミュンヘン協定を締結した。世界は(「戦争が回避された」と)拍手したが、その後、平和はヒトラーに破られ、世界大戦に突入した。
■政治の大事な役目
 これまでの日本政府の対応は、臨床的措置に終始し、本質に挑戦する毅然(きぜん)とした方針が感じられない。国会や国民に説得も足りない。
 米英がイラク攻撃に踏み切った場合、日本は両国の声明やそれまでの行為を点検して、首相が「即時、米英を支持する」という声明を出したらいい。攻撃開始が夜中でも、首相はすぐに記者会見したほうがよい。
 イラクの大量破壊兵器根絶に向けた瀬戸際の状況にあって、政治家は事実の本質を見つめて、非常に冷徹な判断をしなければならない。責任を持って決断することが、危機における政治の大事な役目だ。危機の時は政治家は結果の成否で勝負する。
 
◆日本は復興支援で貢献
 仏独露が反対しても、米英両国はイラク攻撃を断行するだろう。その場合、北大西洋条約機構(NATO)に亀裂が入り、米国と西欧との同盟に存続の危機が出てくる。そうなれば欧州の力も、米国の力も衰え、世界政治に新しい再編の動きが出てくるかもしれない。中国は黙ってそれを見ているだろう。もし仏露が拒否権を行使すれば、亀裂の深刻さはさらに増す。
 万一、米国がイラク問題の解決に失敗すれば、ブッシュ政権と米議会に非常に大きな溝が出来る。ブッシュ政権が非常に弱くなり、米国内では「(孤立主義的な)モンロー主義に戻ろう」という機運が出てくる可能性もある。それは、北朝鮮問題を抱える北東アジアの安全保障にも深刻な影響を及ぼすことになる。
■迅速な立法措置必要
 ただ、(イラクの武装解除期限の)十七日までに、まだ時間的余裕がある。今後いろいろな動きが出てくる可能性もある。仏独露の動きの背後に、米国の圧力を使ってフセイン政権を倒して、政権交代をやらせようという、駆け引き、政治ゲームがなされているかもしれない。湾岸諸国にも、フセイン大統領の引退が内心支持されている要素はかなりある。どういうことが起こり得るかぎりぎりまで見極める必要がある。
 最終的に米英がイラク攻撃に踏み切れば、日本が協力するには、特別立法が必要となる。インド洋に自衛艦を派遣しているテロ対策特別措置法ではカバーできないからだ。特別立法は、自衛隊が米英と一緒に戦闘行為をすることを認めるものではない。自衛隊の米英両軍に対する輸送支援や、難民保護、傷病兵への医療支援、掃海隊派遣や日本タンカーの護衛、イラク攻撃終了後における復興への協力、攻撃後の治安維持に対する協力などが想定されている。特別立法は一週間程度で国会で通すようにすべきだ。国際関係では、危機における対応は、非常にスピードを要する。
■パレスチナ和平推進
 イラク攻撃が終わった後、米英などによるイラク占領政策は、かなりの困難に遭遇するだろう。この時はまさに米、欧、アジアの国際協力が不可欠だ。イラクは内部に、イスラム教スンニ派とシーア派との対決がある。今は少数のスンニ派のフセイン政権が支配をしているが、シーア派が力をつければ、宗教的な対立が生まれてくる。イランはシーア派の国家であり、イラク・イランの宗教的同盟関係ができれば、中東地域の情勢は非常に複雑になる。イラクからトルコにかけて、独立を目指しているクルド人という少数民族の問題もある。
 米国は、イスラエルとパレスチナとの国家としての平和共存を至急、推進しなければならないだろう。イラク復興に湾岸地域のアラブ諸国の協力を取り付けるには、パレスチナ和平を思い切って前進させないといけない。そうでないと、イラクの占領政策自体もうまくいかないと思う。
 同時に、イラク周辺諸国への経済支援やパレスチナ問題への対応で日本が貢献できる場所が出てくる。湾岸戦争時に日本は、周辺諸国にかなり大規模な経済協力を実施した例もある。日本は(過去に植民地支配をした)欧州各国と違って湾岸地域で手が汚れていない。米英両国やアラブ各国が日本に協力を求めてくる可能性も高い。日本にとって重要な石油の問題もある。日本が国際的な発言権を回復するうえで、大事な機会になるだろう。
(聞き手 政治部長・上村武志)
 
<大量破壊兵器>
 破壊力や殺傷力が極めて強い核、化学、生物兵器などを指す。国際的な拡散防止の条約などはあるが、一部の国による秘密裏の開発や、国際テロ組織などへの流出が懸念されている。
◇中曽根康弘(なかそね やすひろ)
1918年生まれ。
東京大学法学部卒業。
衆議院議員。元首相。
 
 
 
 
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