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2002/11/25 毎日新聞朝刊
[論点]米国の対イラク攻撃、どう対処するか─友として距離を置け
財団法人日本総合研究所理事長・寺島実郎
◇イラク攻撃は正当性がない。テロ対策は国際的刑事訴訟システムの整備で。
 「時代の空気」に合わせ、米国のイラク攻撃もやむなしとしている人たちは、やがて歴史の中で不明を恥じることになろう。9・11以降、米国は恐怖と不安の心理を増幅させ、「開かれた国」の理念は歪(ゆが)みつつある。また「アフガン攻撃」を成功体験とする思い込みが、圧倒的軍事力への過信となって「全能の幻想」に陥りつつある。さらに、今年だけで2割以上も落ち込んだ株価に象徴される経済不安が相俟(あいま)って、「力による問題解決」への誘惑に引き込まれつつある。昴(たか)ぶる米国を「国連による大量破壊兵器の査察」という手順にとりあえず抑え込んだ局面にあるが、米政権の本音が「サダム体制の打倒」にあることは間違い無い。しかし、日本は冷静に筋道を見極め、「米国の真の友人」としての役割を果たすべきであり、イラク攻撃から適切な距離をとるべきである。
 イラク攻撃には正当性がない。イラクの野心を増長させ、湾岸戦争に至らしめたのは、「イラン・イラク戦争」時の米国のサダム支援であり、米国自身の中東政策の失敗の連鎖がこの地域の混迷をもたらしたといっても過言ではない。もし、米政権の新外交ドクトリンとされる「テロを仕掛けてくる可能性のある相手への先制攻撃権」を正当化するのであれば、敵対する勢力へのあらゆる攻撃が許容されることになり、パレスチナ、インド・パキスタン、チェチェンからアジアに至るまで、世界は火柱に包まれ、世界秩序は液状化する。
 本気で「テロとの闘い」を決意するのであれば、来夏にオランダのハーグに設立されることになった「国際刑事裁判所」構想を支持して、国境を越えた組織犯罪を処断する刑事訴訟システムを粘り強く整備する努力に参画すべきである。米国も日本も既に世界90カ国以上が批准している「国際刑事裁判所」に関する条約を批准していない。
 米国がイスラエル・パレスチナ紛争をはじめとする中東問題に血まみれになってきたのに対し、日本は中東のいかなる地域紛争に直接介入したこともなければ、軍事援助・武器輸出をしたこともない。また「武力を紛争解決の手段としないこと」を国是としており、いかなる国にも「大量破壊兵器の廃棄」を求めうる立場にある。この基軸を見失ってはならない。
 同盟国たる米国への責務ということであれば、4.7万人の米軍駐留を受け入れている現実と年間6500億円もの米軍駐留経費負担で十分である。イラク攻撃を支持することは日本人に新たな「覚悟」を迫るものである。米議会予算局の試算では、攻撃から終息までを9カ月と想定して、戦費は約420億ドルとされる。また、戦後の駐留軍の派遣維持費が300億ドル程度と想定され、その8割以上は同盟国負担を期待している。仮に日本に2割程度の負担が期待されるとして、1.8兆円程度を提供することを意味する。この金融不安と財政赤字を抱える国に「米国の正義の戦争」に加担する余裕があるだろうか。
◇寺島実郎(てらしま じつろう)
1947年生まれ。
早稲田大学大学院政治学研究科修士修了。
三井物産戦略研究所所長、(財)日本総合研究所理事長、早稲田大学大学院教授。
 
 
 
 
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