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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2003年5月号 文藝春秋
「追う者と追われる者は、共に神の名を口にする」
曾野綾子(その あやこ)(作家・日本財団会長)
 
 首の太いかなり太り気味の口髭の男が、テレビの画面の中でにこりともせず早口で言った。
 「アメリカは大歓迎だ。ところで援助物資はいつ届くんだ。俺の女房も子供も腹を空かせている」
 この男の顔は今回のアメリカのイラク侵攻のさまざまなシーンの中でも、私にとっては忘れ難い顔の一つになるだろう。かわいいとか、かわいそうとかいう要素は皆無に見える男の顔である。私がもし彼の立場で同じ科白を言うとしたら、私は卑屈に顔を歪めて、お世辞笑いくらいのことをするかもしれない。しかし彼は「大歓迎だ」と言いながら、表情は明らかにそれはうそであると語っている。とにかくアメリカは、物を持って来るなら赦してやる。アメリカが相手にした土地の住人とは、まさにそのような人々だったのである。
イラクに民主主義は不可能
 私は三月二十日以来、イラク侵攻の報道をテレビで見るのに疲れている。その疲労は明らかに、これほど文化の違った人々が、それぞれの価値観を基準にして、闘うことの無意味さを感じるからなのである。
 日本時間三月二十日付けの新聞で私はブッシュ大統領の演説の全文を読んだ。「国民の皆さん、今この時間、米軍及び連合軍は、イラクの人々を解放し・・・」「イラク人民による自由で安定した統一国家の構築を助ける仕事」をするために関与する、とブッシュは言った。その後も多くの人たちが、イラクを解放し、イラクの国民に自由を与え、サダム・フセインを追放した後に、真の民主主義を根付かせるのを目的としている、と言った。
 私は政治にも外交にも素人だから、これは外交辞令、常套手段ならぬ常套辞令であり、本音は石油の利権などという話も散々聞かされて来た。しかしあまりに度々、こうした単純な建前を繰り返されると、もしかするとアメリカの政治家の中にはこの通り信じている人がいるのではないか、とも思うようになった。
 アメリカ合衆国と、イラクとは全く形の違う国である。
 アメリカでは民主主義が可能であり、多くの人がそれを望んでいる。
 しかしイラクは、民主主義とは無縁の国だ。ブッシュや人のいいアメリカのおばさんたちが、「民主主義っていいものだから、あなたたちももらっておいたほうがいいわよ」と言ったところで、体験がないものを人は簡単に欲しがりはしないのである。
 度々私は書いて来たことだが、電気がない土地に、民主主義は不可能なのである。もちろんイラクの多くの土地には電気が引かれている。バグダッドの空襲の最初の夜に、電気系統は少しも破壊されずに、バグダッドの町には灯が消えることはなかった。
 しかし村に行けば電気のない家はざらにあるだろう。第一電気があると言っても、電圧が安定しており、しかも充分な電力によって生活の基盤すべてが設定されている国でなければならない。それ以外の国を、私は電気のない国と呼ぶのである。
 それでは、民主主義が不可能な土地では、どのような政治が行われるか、というと、族長支配が行われるのが普通である。つまりそれらの土地では、今もかなり純粋な封建制度が残されている。
 アメリカでは、結婚は、当事者の選択によって決められ、むしろ血縁は避けるのが、優生学上もいいとされている。しかしアラブは原則として従兄弟・従姉妹(いとこ)結婚の社会である。嫁をもらう時は、「父の男兄弟の娘」と結婚するというのがもっともありふれた形だ。この原則は今でも見られるし、サダム・フセインの家系もまさにその典型である。
 サダムの第一夫人は、従姉か従妹である。サダムの三人の娘たちのうちの二人は、まちがいなく父方の祖父の弟の孫、つまり「又従兄弟」と結婚している。一代食い違ってはいるが、従兄弟結婚というアラブの典型的結婚の形態を踏襲している。私の手元にある家系図では、ワトバン・イブラヒムとバルザン・イブラヒムという兄弟の大統領顧問たちは、サダムの実母がサダムを生んだのちに結婚した義父との間の息子だから、つまりサダムとは父違いの弟たちに当たるのである。
 イラクは歴史上かつて一度も独立した国家の形態をとったことがない。十九世紀になって、やっとバスラにイラク人の自治を目指す運動の本部ができた程度である。宗主国であるトルコに起きた青年トルコ革命後、トルコ領内に、民族意識が盛んになった。第一次世界大戦中、英国はドイツ側についたトルコの勢力を弱めるために、民族主義運動を援護した。一方、英国はフランスと協定を結んで、中東分割の条約を結んだ。
 その結果イラクには、ハシム家のファイサルを王とする王国が生まれたが、一九三二年に国際連盟の加入を許されるまでは、英国の委任統治の元に置かれたから、独立国ではなかったのである。
 第二次大戦後、バース党、ナセル主義、アラブ民族主義、クルド民族主義、共産主義などの諸勢力の争いが続き、クーデターが起きて王政も崩壊した。サダム・フセインがイラクの大統領になったのは一九七九年である。その直前の歴史も、おどろおどろしたものだ。バース党系の指導者たちのうち少なくとも二人は、死因のはっきりしない死に方で政権の座を失う。サダムの二人の娘たちの夫は実の兄弟だが、一九九五年、身の危険を感じてヨルダンに亡命すると、サダムは彼らに安全を保証するかのようなポーズを見せたが、結局は長男ウダイが二人を急襲して銃殺する。殺された婿たちの姉妹と実母も手にかけたと言われるし、サダムの第二夫人は第一夫人の実の息子であるウダイに殺されたという。
 真犯人や処刑の理由の真実はわからないが、こうしたサダムの身辺の人々が、不自然な死を遂げたという事実だけはまちがいないだろう。つまりイラクは、近代国家ではなく、日本で言うと群雄割拠した親分たちの、勢力争いの舞台だと見るのが正しいだろう。
 アメリカという理念で構成された国家が、親分の支配する前近代的な土地に乗り込んで、「自由で安定した民主的統一国家」を目指すことを教えても、九十九パーセントまでの人々は、何が何だかわからないだろう。彼らは、別に解放も自由も特に望んではいないだろう。何しろ、人生は、今までもずっとこんなものだったのだ。確かにサダムは残虐横暴な恐怖政治を敷いたかもしれないが、過去の為政者だって、慈悲に溢れた理想的な族長などいはしなかったろう、と思う。解放され、自由になることは時に恐ろしいことだ、と本能的に知っているのだ。アラブの格言は言う。
 「一夜の無政府主義より、数百年にわたる圧政の方がましだ」
 「もしも国を破壊したければ、たくさんの族長がいることを祈れ」
 つまり、命令系統が複数化すると必ず争いが起ってろくなことはない、と知っているのである。
アラブのIBM
 サダムはテレビの画面の中の演説でも、しばしば「神」を口にする。もっともブッシュの言動も全くキリスト教的ではないが、むしろアラブの格言はブッシュに柔軟な理解を示す。
 「策略(政治、政治学、政権、駆け引き)には、信仰はない」
 時世を考えると、苦い笑いを誘うものもある。
 「追う者と追われる者は、共に神の名を口にする」
 一九七五年に初めてアラブ諸国を訪れた時、私は最初に出会った日本人から「アラブのIBM」なるものを教えられた。これを知らなければ、アラブでは生き抜けないというのだ。
 IBMと言っても、コンピューターの会社のことではない。Iは「インシャ・アッラー(神の思し召し)」、Bは「ブクラ(明日)」、Mは「マレシ(理のないこと)」という意味である。サダムの信仰そのものについては、私は知る由もないが、サダムは少なくとも表現の上ではこれを踏まえて言葉を選んでいる。彼が演説の最後に口にする「インシャ・アッラー」は実は含みの多い言葉だ。それは神の意志を讃える言葉のように見えるが、通常は責任逃れにもなる。「ほんとうにこのことができるのだろうな」という確証を求める相手に対して、「インシャ・アッラー」と答えれば、「もし神がこのことをお望みになるなら、できるでしょう。しかし神がお望みになるかどうかはわかりません」ということにもなるのだ。そして事務的でない人々は、約束の日を毎日のように「明日(ブクラ)までには」と言って引き伸ばす。
 最終的に戦いに負けたり、商売や契約がうまく行かなかったとすると、アラブ人たちは「マレシ」と言うのだ。それは「神がお望みにならなかったことだから仕方がないね」「過ぎたことはしょうがないじゃないの」など、どのような訳もできるのである。そしてこの論法の強烈さは、これを打ち負かすものがない、ということである。
 運や成り行きを決めるものは、ブッシュがやるように、武器の量とその効果を予測するコンピューターの答えではない。ことを決めるのは、神なのだ。少なくとも強烈に濃厚に、神は人間の行く手に介在する。こうした態度は、アメリカ人たちからみれば、ほとんど信じがたい「神がかり」に見えるであろう。
 先に述べたようにアラブが血族結婚をするのは、血以外のものを信じないからである。アラブにとって、信じられるのはまず同部族、同宗教だけだ。大統領警護隊も、フェダイン・サダムという特別親衛隊のような覆面部隊も、ほとんどが血縁・親戚関係だという。つまりイスラムというのは、巨大な従兄弟産業なのである。従兄弟がコケれば皆コケるのだから、命を預けて闘うことになる。こうした社会に無理やりに民主主義を植えつけようとする奇妙さは、何と表現していいかわからない。
 その外側に、同宗教ではあっても、部族や立場を異にする人たちがいる。イラク人から見るクルド人のような関係の人たちである。
 私は去年の秋、シリアの北部までクルド人たちに会いに行った。一九八八年、サダムの化学兵器で約六千人が殺されたというクルド人にとっては、サダムはヒトラーのような存在である。憎いことは憎い。しかし他部族の族長に圧迫された歴史など、これが初めてではない。殺す武器が剣か、旧式の銃か、化学兵器かの違いはあるが、抗争は歴史に組み込まれた要素なのである。
 しかしブッシュの率いるアメリカは同胞でも同宗教でもない。サダムには憎しみという形の関心も理解も持てるがブッシュは完全によそ者だ。ゲリラにでも何にでもなって、アメリカ兵は叩き出せばいい。正規の軍服を着ないのがゲリラだが、ゲリラは常に正規軍より身軽に闘える。戦争は本来手段を選ばない汚いものだ。
 大東亜戦争の時、私の叔父(民間人)と従兄(私と同い年の子供)は空襲で死んだ。その時、誰も民間人を殺してはいけないなどと言わなかった。女子供でも巻き添えになって死ぬのが、戦争というものであった。民間人を殺してはいけない、という新しい考え方が、ゲリラに大きく味方することになっている。
 ブッシュは今度の戦いで勝とうが負けようが、全アラブを敵に廻すことになった。その計算をブッシュはしていたのだろうか。もちろんアラブの格言が「敵の敵は味方」と言っているように、サダムの政敵は、一時アメリカにつくであろう。しかしそれはあくまでも身内の敵を倒すまでの手段なのである。
 アメリカに住む人たちは、一年中、電気設備のおかげで快適な生活をしている。冷暖房完備の家、舗装道路、上下水の設備、電気的通信手段・・・。
 一方アラブ人たちの住む、それとはあまりにも対照的な世界をテレビは見せてくれた。バグダッドを目指す歩兵部隊が、濛々とたちこめたキナコのような砂嵐の中を歩く姿を見る時、私は自分の体験した砂嵐を思い出していた。
 あれは問答無用という自然現象だ。三メートルも先が見えないほどになると、生きているものはすべて遮蔽物の中に入る外はない。政治経済、すべての手仕事は、特別のエアタイトな部屋にいる人は別として、中断する外はない。
 砂嵐の前には、気温が異常に上がる。驚くべきことは、実際の砂嵐が来る二時間ほど前に、既に室内にいた私のワープロのキーが一つだけ砂を噛んで動かなくなったし、別の砂嵐の時には、嵐が治まった後につけたコンタクト・レンズでひどい角膜潰瘍を起して、失明するかと思った。眼に見えない微細な砂粒はこうして執拗にそして圧倒的に砂嵐の空間的・時間的周辺を覆い尽くすのである。
 テレビに写るイラクの荒野の多くは砂漠ではなく土漠だが、その暑さと寒さは厳しい。昼間は気温が四十度以上五、六十度にもなる土地では、人々は厚い長着やコートを着る。着なければ五、六十度の外気温にさらされねばならないが、厚いオーバーを着れば三十六度程度に保てることを私はなかなか理解できなかった。
 夜の寒さは身に応える。夜間は十度近くまで下がることはざらだ。それに風速が一メートル加われば一度、三メートルになれば三度、体感温度は下がってしまう。砂漠で十度を切る寒さに苦しむなどということを、ほとんどの日本人は理解しない。
 経済制裁されたからイラクは苦しんだ、と最も胸を痛めたのは、もしかするとアメリカや日本など、先進国のジャーナリストやカメラマンではないだろうか。
 確かに病院は、貧しくて汚く、医療費もない子供の病人は増えているのだろう。しかし病院はいつもそんなだったのだし、貧しい子供は以前から充分に医療を受けられなかったのだ。
 イラク人の多くは、羊を飼い、素朴なパンを食べ、生れた子供も当然のように何人かは死ぬと思って暮らして来たのだ。経済制裁がなくても、生活は日本人から比べれば常に悲惨だったのである。
 自然を人為的に遠ざけて生きているのがアメリカだ。
 自然と対決して生きているのがアラブなのである。
 両者が根本の所から、人生観に違いを生じるのも当然だ。
犠牲の出ない戦争はない
 十二、三歳の頃、戦争を体験した私は、今回忘れていた感情がよみがえるのを感じている。大東亜戦争の時、私たちのことを「罪もない子供が犠牲になるのは許せない」「民間人に死亡者が出るのは残虐」などと誰が言ってくれただろうか。私の住んでいた東京でも、一九四五年の三月九日から十日にかけて、たった一夜の間に約十万人の住民が殺された。家を焼かれた人はもっと多い。
 戦争は破壊と人殺しの行為なのだ。きれいな戦争も、犠牲の出ない戦争もない。もしそういうことが可能なら、戦争は別に忌むべきものでもないことになる。戦争は子供も巻き添えにするものだ。未亡人を作ることでもある。
 「人間の楯」という人たちについてはもっと尊敬をもって扱うべきだ。彼らは平穏な日本の国家権力をわざと離れて、敢えて英雄的行為を全うするために、イラクへ行った。
 政府がどれだけ止めたって、イラクという土地に入るのは決して難しくはない。シリア、ヨルダン、トルコ、レバノンなどを少し車で走れば、大きな街道の分岐点には必ず標識があって、すべての道はバグダッドに通じていることはわかる。国境が閉められれば別だが、それらの国の間には金さえ出せばどこへでも走ってこの際荒稼ぎしようという「雲助タクシー」がいるものである。例の従兄弟の一人が国境の出入国の管理事務所にでも勤務していれば、ワイロ次第で違法に出国入国も可能かもしれないのである。
 大人が自分の哲学で決めたことは、国家は放置すればいい。彼らが安全な日本から「人間の楯」になりに危険地帯に入ったのは、勇気ある行為なのだ。茂木外務副大臣がテレビで何度も「残念ながら」という言葉遣いで、彼らについて言及するのを、私は不愉快に思って聞いていた。副大臣も外務官僚も、つまりは日本人が死んだり怪我でもして、「外務省は何をしていた」と非難されるのを防ぎたいだけなのだろう。そのような志は全うさせるために死なせてやらねばならないのだ。死ぬ覚悟なしに「『人間の楯』になります」と言ったのなら、それは売名行為だ。政府はいかなる場合も助けに乗り出す必要はない。
 アメリカもイラクも「人間の楯」がいるから攻撃を控えたり、彼らの安全を計ったりすることはないだろう。民間人を装って攻撃をしかけるイラク兵も死ぬ覚悟なのだし、「人間の楯」もまさしく同じである。戦争とは死者が出ることを計算に入れた行為だから仕方がないのである。アメリカが開戦前、或いは開戦直後にほのめかしたように、犠牲者なしに戦いを進められるかも知れないと言うのは、むしろ奇妙な思い上りなのだ。
 戦争の責任を逃れるために、各国共、難民の救済に熱心である。片方の手に武器を持ち、片方の手に見舞いの飴玉を用意する。滑稽以外の何ものでもない。もっとも冒頭に挙げた強欲な男は、大いに評価するだろう。そして皮肉を言えば貧しい失業者たちを救うことにもなるだろう。イラクでは警官の月給が八ドル(約千円)だ、と先日どこかに書いてあった。そんな国から隣国に逃げて難民として認定されれば、ただで、一人一畳くらいの面積を持つテントに住め、粉と油と燃料が貰える。簡単なものながら医療機関もある場合が多いし、遠くまで水を汲みにいかなくてもよくなる。子供たちの青空教室も開かれる。彼らはまさに「難民業」に就職したのだ。こうして働かずに食う方法を見つけた人たちがまた、戦後にたくさん増えるということだ。
 一方、戦後復興資金として為政者に金を渡せば、親分たちの利権になるだけだ。偉い人ほど信じがたい盗み方をする、というのが、三十年近い海外援助の仕事の結果、私が知ったことである。しかしそれでもなお、救わねばならないというのも、まちがいないことだ。歴史の中でも、常に愚かさの後始末という作業があったことは事実である。そしてその後始末がまた、「弱きをくじいて強きを助ける」ことに荷担する場合も多い。
 アラブの戦いの知恵は「勝者もなく敗者もなく」終戦に持ち込むことだ、となっている。後のことを考えて、誰の顔もつぶさないためである。
 今度の戦いで、日本人の多くは事実の裏も読めず、厳しい現実にも参加せず、個人的な命やかなりまとまった金を捧げることもせず、アメリカを離れてどうしたら国を守る現実的な制度ができるかに改めて触れる勇気もなく、ただその場限りの平和を唱えることで、自分は善人であることを証明しようとした。そういう人々を―私をも含めて―ほんとうは卑怯者というのである。
(その あやこ)
◇曽野綾子(その あやこ)
1931年生まれ。
聖心女子大学卒業。
作家。日本財団会長。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。







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