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2003/05/28 読売新聞夕刊
[イラク戦争からの問い](3)市民宗教 一丸となる「原動力」(連載)
 
 『ブッシュ妄言録』(ぺんぎん書房)十二万部。『アホでマヌケなアメリカ白人』(柏書房)二十一万五千部。アメリカ大統領をからかう本が次々にベストセラーとなり、今や書店の一角を占領している。超大国のリーダーをわらう日本人がいかに多いことか。しかし、それでイラク戦争のアメリカを説明できるはずはない。
 「ゴアが大統領だったとしても、9・11後という状況では、アメリカはアフガンとイラクを攻撃していただろう」と語るのは古矢旬・北大教授(アメリカ研究)。一九九〇年代以降、外交政策では民主、共和両党でコンセンサスが出来上がっていたうえ、「世界を解放し、民主主義と自由を広げようとする普遍主義は一八九九年の門戸開放政策以来、一貫して続いている」からだ。
 古矢は『アメリカニズム』(東京大学出版会)で<アメリカは世界にひろくその影響をおよぼす以前に、それ自体すでに「世界」であった>と述べ、アメリカが移民を受け入れ続け、最も多文化主義の進んだ国家であることを強調する。だがその一方、「戦時に一つにまとまるのはなぜか、統合のメカニズムをも見なければならない」と説く。
 統合の動力は、「宗教ではないか」と古矢は指摘する。ここでの宗教は特定宗派ではなく、「国民を束ねる<市民宗教>」を意味する。
 森孝一・同志社大教授(アメリカ宗教史)は、ブッシュ大統領の戦闘終結宣言が五月一日に行われたことに意味を見いだす。この日は全米約四万か所で宗派を超えた祈とう集会が持たれる毎年恒例の「祈りの日」だったからだ。
 森によれば、独立宣言や憲法などを“聖典”とし、各宗派の神を包含した<市民宗教>は、「アメリカは神に選ばれた国」という意識を抱かせるという。イラク戦争でも、神に選ばれた国の「祭司=大統領」が自由や民主主義を「伝道」するという意味で、まさにアメリカの宗教国家ぶりが示されたわけだ。
 <市民宗教>には、キング牧師のように他者への寛容を説くリベラルな伝統と、原理主義(宗教右翼)とが共存してきた。ところが八〇年代以降、原理主義者が政治活動に乗り出す。彼らは本来外交に無関心だが、9・11によって新保守派と結合、ついに「世界」に躍り出たという。
 森は言う。「原理主義者の問題は、『自分たちは真理を知っている』と思いこむ点。すぐに答えに飛びつく『待てない人』なんです」。原理主義者は今や米国民の18%。この勢力がさらに伸長し、他方でイスラム原理主義が広がれば、国際社会ではいよいよ対話が成り立たなくなる可能性がある。
 「自己の偶然性、つまり自分が全く違う他者になっていたかもしれないという感覚。これこそが今、必要とされているのではないか」。大澤真幸・京大助教授(社会学)は指摘する。「自分の立場が偶然なら、他人のそれも偶然かもしれないと気付く。それが寛容につながる」からだ。
 その上で大澤は、大胆な国連改革案を示す。「紛争当事国に代弁者を立てさせ、安保理を代弁者同士が議論する場にする。そうすれば、アメリカにしてもイラクにしても、まず代弁者を説得しなければならない。その過程で自国が相対化されるわけです」
 「自分の側に絶対の真理がある」との“信念”を、どうやって相対化できるか。新たな対話の仕組みが問われている。(敬称略)
 
 写真=原田晋「Window Scape - war 『the White House』」
 
 
 
 
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