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2003/03/21 読売新聞朝刊
イラク戦争開始 欧州、3つの不安 “3分裂の痛み”なお
 
 【パリ=池村俊郎】米軍がイラク攻撃を開始した二十日、欧州各国はイラク危機を通じて内部に発生した分断と対立の痛手をいやす時間もないまま、戦争の推移を見守ることになった。
 欧州の分断は、<1>米国全面支持の英<2>政治支援を主体とするスペイン、イタリアや東欧諸国<3>武力行使に徹底的に反対し、米高官から「古い欧州」と、さげすまれたドイツ、フランス――の三グループを生んだ。その間に出来た亀裂は欧州連合(EU)の将来に暗い影を投げるほど深まっている。
 欧州各国は、EUだけでなく、国連、米欧関係の意義まで問い直さざるをえなくなっている。その中で、対米支持、反対と立場が分かれても、広く漂う三つの不安を共有しているようにみえる。
◆中東政治地図、どう変わる
 第一の不安は、イラク危機後、中東政治地図がどう塗り替わるのかに関する。イスラム帝国に連なるアラブ文化と歴史を誇り、戦略的要衝であるイラクにいずれ米軍が常駐する。それが北アフリカから中東へ広がるアラブ諸国民にどんな影響を与えるのか。
 シラク仏大統領は「地域に想像しがたい混乱を招き、反米、反欧主義のタネがまかれるのを恐れる」と述べる。ある西欧外交官が「イラクに民主主義体制をうち立てれば、隣国へ波及するという米政権の“民主主義ドミノ論”はひどい楽観論」と批判するのも、米軍進駐が中東政治の夜明けどころか、新たなテロの動機づけとなるのを恐れるためだ。
◆中東和平、どうなる
 第二の不安は、中東和平にまつわる。イスラエルの擁護者でもある米国のイラク進出は、イスラエル・パレスチナ紛争の政治バランスを一変させよう。パリ政治学院のステファン・エコビッチ氏は「米政権はもっと早くから中東和平にどう取り組むのか、欧州の不安にこたえておくべきだった」と指摘している。
 中東アラブと近接する欧州には、たとえばフランスの場合、全人口の一割に近い四百万以上のアラブ系住民がおり、アラブ諸国の混乱が直接、国内にはねかえってくる。中東和平の行方がイスラエル寄りに傾くのを彼らは心配している。
◆欧州統合、波紋は
 第三の不安は、欧州統合の将来像に直結している。仏国際関係研究所ティエリ・ドモンブリアール所長は「EUの二十五か国拡大承認条約を、批准しない加盟国が出てくるかもしれない」という。たとえば、フランスが東欧諸国の米英支持を不満とし、「EUに加盟してくれなくて結構」と、拒絶の痛打を与えかねないのだ。
 フランスには、統合欧州を米国に対抗する政治パワー集合体に育て上げようという国家戦略がある。ブッシュ政権が東欧諸国を「新しい欧州」と持ち上げ、露骨に介入したことに危機感を持った。独仏両国を主軸に築き上げようとする統合欧州の“裏庭”に巨大な米国の影を見てしまった。その衝撃がぎりぎりの抵抗外交を支えたともいえる。
 欧州の不安と亀裂修復に打開の糸口があるとすれば、国際社会全体で取り組むイラク再建計画が提示されるかどうかであろう。皮肉なことにそのカギは米政権が握っている。
 
<欧州統合>
 仏、独、英など十五か国で構成する欧州連合(EU)は来年、旧共産圏のチェコ、ポーランドや旧ソ連バルト三国など十か国を加え二十五か国体制に拡大。冷戦期に分断された東西欧州は政治、経済的に一体となる。
 
 写真=20日、外国人記者団に攻撃の意義を説明するストロー英外相(AP)
 写真=20日、イラク攻撃への支持を表明するスペインのアスナール首相(AP)
 写真=20日、テレビ演説でイラク攻撃を批判するシラク仏大統領(AFP時事)
 
 
 
 
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