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2003/05/20 毎日新聞夕刊
[特集ワイド1]どうなるブッシュ政権内のパワーゲーム 国務長官VS国防長官
◇パウエル国務長官VSラムズフェルド国防長官
 米ブッシュ政権内で激しい政争が繰り広げられている。パウエル国務長官(66)の国務省に代表される「穏健派」と、ラムズフェルド国防長官(70)の国防総省に代表される「タカ派」の対立だ。ブッシュ大統領(56)は、両者のバランスのうえに政権を運営する。その様子はさながらシーソーゲームのようだ。対立はイラクの戦後復興から、北朝鮮の核問題への対応に及び、国際社会は対立の帰趨(きすう)を目を凝らして見つめている。
(ワシントン佐藤千矢子)
 
 「批判があるのは当然だ。国務省も私もそれを引き受けよう。だが批判が建設的で公正なものでないなら、我々は国務省と職員を守るために反撃に打って出る」。共和党タカ派からの相次ぐ批判に堪忍袋の緒が切れたのか、今月9日、パウエル国務長官は国務省の職員らを前に、こんなあいさつをした。
 最近の批判のなかでパウエル長官を最も怒らせたと思われるのは、共和党の超保守派ギングリッチ元下院議長の4月22日の発言だ。ギングリッチ氏は、米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)」での講演で、イラク戦争をめぐる昨秋以降の国務省と国防総省の対応を比較しながら「外交の失敗の6カ月と軍事的成功の1カ月だった」と、国務省の「外交の失敗」を痛烈に批判し「大胆な変革」を訴えたのだった。
 ギングリッチ氏がラムズフェルド国防長官と近く、国防総省の諮問機関・国防政策委員会の委員を務めることから、発言は「国防総省が国務省との闘いに向け、上げさせた観測気球ではないか」などと憶測を呼んだ。
 だが、パワーゲームの情勢は猫の目のように変わる。パウエル長官が職員を前に「反撃宣言」をしてから2日後。11日付の米紙ワシントン・ポストは、米政府が、イラク復興事業を取り仕切る復興人道支援室(ORHA)について、ガーナー室長(陸軍退役中将)の事実上の更迭を含む人事刷新に着手したと報じた。ガーナー氏は、ラムズフェルド長官の推薦で室長に就任した人物だ。イラク戦後復興を国務省と国防総省のどちらが担うかの主導権争いの末、国防総省が勝利を収めたことの象徴的な存在だった。
 しかし、ガーナー氏のもとで、イラクの病院、学校、水道、電気などの復旧は遅れ、批判が噴出した。「戦後復興を国防総省だけに任せておいては駄目だ。国務省的な国際協調主義の要素も必要だ」。議会などから上がったこうした声におされてブッシュ大統領は今月6日、ガーナー氏を指揮下に置く文民行政官に、国務省出身の元外交官、ブレマー氏を任命した。
 ただし軍事部門のトップはフランクス米中東軍司令官で、業務報告もラムズフェルド長官に対して行われる。文民行政官となったブレマー氏自身は、むしろタカ派で、ラムズフェルド長官の考え方に近いと言われるだけに、構図は複雑だ。
 米シンクタンク「ケイトー研究所」のベーシャム上級研究員は「イラク戦後復興で、ブレマー氏が事実上、ガーナー氏に取って代わることになったため、多くのメディアは『ここ24〜48時間ぐらいはパウエル長官と国務省が優勢』と書いた。だが、私はまだ国防総省が全体の状況を支配していると見ている。ガーナー氏の交代は、国防総省がイラクの占領や復興には『文民の顔』が必要なことを認識し、両省間の亀裂の橋渡しができる人物を見つけたことを意味するのだと思う」と話す。
◇異なる思想背景−−国際協調と国益重視
 対立の根はどこから来ているのか。ポトマック川を隔てて立つ国務省と国防総省は、もともと長年のライバル関係にある。外交政策を担当する国務省は国際協調を重視する傾向が強いのに対し、安全保障政策をつかさどる国防総省は何よりも国益を重視する。
 こうした官庁が持つ本来の性格に加えて、パウエル長官とラムズフェルド長官の思想的な背景の違いがある。軍人出身のパウエル長官は国際協調を重視する共和党穏健派に属するのに対して、下院議員や大統領首席補佐官などを歴任して民間企業幹部から2度目の国防長官に就任したラムズフェルド長官は国益重視のタカ派だ。
 ブッシュ政権内では、ラムズフェルド長官とチェイニー副大統領がフォード政権以来の親密な友人で、ともに国益重視のタカ派に属する。一方、湾岸戦争(91年)時に国防長官と統合参謀本部議長としてコンビを組んだチェイニー副大統領とパウエル長官の仲の悪さは広く知られている。ブッシュ大統領自身は、国益重視の単独行動主義的な考え方の持ち主で、チェイニー副大統領やラムズフェルド長官らに近いが、パウエル長官との間でバランスを巧みに取りながら政権運営を続けてきた。
 だが同時多発テロ(01年9月)の発生は、そのバランスに微妙な変化を生じさせた。チェイニー、ラムズフェルド両氏らは、軍事力を背景に米国的価値観の拡大を目指す新保守主義(ネオコンサーバティブ、略称ネオコン)と結びつき、特に昨夏以降は米国単独でのイラク攻撃を強く主張した。
 これに対してパウエル長官は米国単独のイラク攻撃に反対し、ブッシュ大統領を説得し続けた。しかし最終的に国連外交は頓挫し、米英軍などでイラク攻撃に踏み切り、圧倒的勝利を収めたいま、両勢力の対立は深刻さを増し、覆い隠しようがなくなっている。
 4月23日、国務省でパウエル長官とラムズフェルド長官がライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を交えて昼食をともにした。同じころ行われた国務省の記者会見では、バウチャー同省報道官に「3人が今いっしょにランチを取っているのは本当か」と質問が飛んだ。報道官は「毎週の定例ランチだ」と素っ気なく答えたが、AP通信はわざわざ報じた。こんなことが大きな話題になることが、両者の対立の深刻さを表している。その対立は対イラク政策だけでなく、対北朝鮮政策にも影を落とし始めている。
◇波紋広げるラムズフェルド流政策決定・・・対北朝鮮政策にも重大な影響
 4月21日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、ラムズフェルド長官が、米国が中国と連携して北朝鮮の金正日(キムジョンイル)体制転覆を目指して外交圧力をかけるべきだとの機密メモを、チェイニー副大統領らブッシュ政権の主要メンバーに配布したと報じた。
 国防総省当局者は「メモの存在は本当だ」と証言する。同当局者によると、ラムズフェルド長官はわざと「突拍子もない」と思われる政策まで含めてメモにして配布し、省内外の議論を広く喚起し、政策を練り上げる手法を取るのだという。当局者らはこれを「ラムズフェルド流」「ラミー文書」などと呼んでいる。「国防総省と国務省の対立と騒がれるが、こうした闘いは健全な政策決定プロセスの一環で、大いに歓迎すべきことだ」と国防総省当局者は威勢がいい。
 ラムズフェルド長官が配布したメモにあった、武力行使によらず外交的圧力により金正日体制の変更を目指す考えは、ブッシュ政権の外交・安全保障政策に大きな影響力を持つリチャード・パール前米国防政策委員長らネオコンが主張してきたものだ。中国の協力が得られる見通しはほとんどなく、まさに「突拍子もない」と思える考えだが、こうした考え方がブッシュ政権内外のタカ派の一部に存在するのもまた間違いがない。
 一方、パウエル長官ら国務省の穏健派や、日韓両国などは、金正日体制を維持したまま核開発計画を廃棄させ、将来の南北統一につなげる「軟着陸路線」を目指している。
 「パウエルVSラムズフェルド」に象徴されるブッシュ政権内の「穏健派VSタカ派」の闘いの行方は、日本など周辺諸国の対北朝鮮政策にも影響を及ぼす可能性がある。ブレジンスキー元大統領補佐官は「(今の)国防総省には国務省に比べて戦略的観点を持った人が多い。国務省は、国防総省が戦略面でリードしていることが気にいらないだろうが、国防総省も外交政策のまとまった構想を持っているわけではなく、そこが弱点だ」と語る。
 両省の闘いは容易に決着しそうにないが、最大の問題はどちらが勝つかではなく、どちらも戦略性と一貫性をもった外交政策を提示できない点にあると言いたげだ。
 
 ■写真説明
 微妙な3人の関係。ホワイトハウスでパウエル国務長官(左)、ラムズフェルド国防長官(右)とともに、新たな中東和平構想を発表するブッシュ米大統領=昨年6月、AP
 
 
 
 
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