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2003/05/03 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2003]イラク戦闘終結宣言(その1) 米国流正義に疑問
 
 ブッシュ米大統領が1日、米空母艦上で行ったイラク戦争での「戦闘終結」宣言は、世界最強の軍事力を背景にイラクに親米政権を樹立し、アラブ世界に「自由と民主主義」を広げ、中東和平問題にも同じスタンスで臨むという強いメッセージだった。しかし、戦争の大きな目的だった大量破壊兵器除去では、同兵器自体が見つかっていない。もう一つの目的だったイラク国民解放も、民主政府樹立の道筋は見えていない。大統領の米国流正義は、イラク攻撃を正当化する「つじつま合わせ」の側面を否定できない。その正義に乗った日本政府の米国支持も改めて大義が問われることになりそうだ。
◇大量破壊兵器の未発見には触れず
 ブッシュ演説の奇妙な論理は、あまりにも歴然としていた。
 イラク戦争を支持してきた米紙ワシントン・ポストも2日付朝刊1面の記事で、大統領が「自由の大義と世界平和のために戦った」と主張し、戦闘勝利を「テロとの戦争」における決定的前進と位置付けたことに疑問を提示した。大量破壊兵器を発見できない問題を回避する強引な論理が際立っているからだ。
 だがその強引さは、それ自体がメッセージであるとも言える。
 ブッシュ大統領は演説で、イラクに親米政権が樹立され安定するまでは米軍が保護する方針を明示した。と同時に、01年9月の米同時多発テロの直後に打ち出した、国際社会を敵と味方に二分する論法を繰り返した。
 「テロ集団と関係し、大量破壊兵器を求める無法者政権は、文明社会にとって重大な危険であり、(米国との)対決に直面するだろう」
 これをポスト紙は「シリア、北朝鮮、イランなどへの警告」と解釈した。だが、それだけではない。大統領は「アラブ世界を含む地球上の誰であれ、自由のために働き、犠牲となる者は米国に誠実な友を得る」とも述べた。米国が振る「自由」の旗に従わないなら敵だ、という意味にも取ることができる。
 大統領はさらに「我々はアフガン、イラク、平和なパレスチナでの自由に献身している」とも語った。米国はパレスチナ国家樹立とイスラエルとの平和共存に向けた「ロードマップ」を公表したばかりだが、パレスチナが自爆テロを続けるなら許さないという文脈だと解釈できる。
 チェイニー米副大統領は1日、大統領演説に先立ってワシントンで講演し、91年の湾岸戦争に続いてイラク戦争で示された米軍の圧倒的な力量を絶賛。「人民の、人民による、人民のためのイラク政府は、ほかの中東諸国に対する劇的な模範となる」と予言した。
 「親米的なイラク政府は」と読み換えれば、その意味がもっとはっきりするだろう。
(ワシントン中島哲夫)
◇イラク、遠い民主政府樹立
 ブッシュ大統領の誇らしげな「戦闘終結」宣言とは裏腹に、イラクの新政権づくりは難航必至の情勢だ。米国が呼びかけた反フセイン各派の会合は政権崩壊後、すでに2回開催され、「4週間以内に暫定政権作りのための全国会議が開けるよう全力を挙げる」との声明を出している。だが、これは一種の「努力目標」に過ぎない。大統領が掲げた「イラクの人々による、人々のための政府樹立」の道は遠い。
 バグダッド中心部の喫茶店員、バーシム・アリさん(25)は「街中のあちこちに米兵がおり、イラクの占領が続いているようでは、戦争が終わったとは言えない」と話した。「市内では襲撃事件が頻発するなど、治安は最低だ。これではフセイン政権の方が安全だった」と不満げだ。
 新政権づくりが難航する背景には、イラクで多数派を占めるイスラム教シーア派教徒の思惑がある。
 シーア派組織「イラク・イスラム革命最高評議会」(SCIRI)バグダッド事務所のマーハル・アルハムラ所長補佐(47)は、ブッシュ演説に対して、「次の政権下ではすべての宗教的自由が認められ、イスラム教徒の統一が成し遂げられるだろう」と一見、前向きな反応を示した。
 だが、フセイン政権下では冷遇されていたシーア派の中には、イスラム的統治の実現を夢見て、それを嫌う米国のやり方に反発する声も強い。「反フセイン」では一致しても、米国とは同床異夢の状態だ。
 また、シーア派組織や共産主義者らは国連の関与を求めるが、クルド組織には「フセイン政権時代、国連は何もしてくれなかった」とする感情があり、反フセイン派が国連主導でまとまることも考えにくい。
 「最後は米国の考えを、ある程度押し付ける形でしか暫定政権はできないのではないか」(外交筋)という見方もあるが、米国がうかつに圧力をかければ、反フセイン派の緩い連帯を台無しにしかねないのが実情だ。
(バグダッド小倉孝保、竹之内満)
 (この記事には表「イラク戦争と湾岸戦争の比較」があります)
 
 ■写真説明
 戦闘終結宣言が出された2日(現地時間)、バグダッド市内では市民が集まるモスク周辺も米兵が監視していた=アブ・ハニファ寺院前で、岩下幸一郎写す
 
 
 
 
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