日本財団 図書館


2003/03/24 毎日新聞朝刊
[社説]揺らぐ国際法 分裂招いた「ルールの変更」
<イラク戦争と世界>
 サダム・フセイン政権の排除を掲げたイラク攻撃は、その正当性の評価をめぐり全世界を二分することになった。
 攻撃に先立ってブッシュ米大統領は、大量破壊兵器の脅威から自国の安全を守る権利を強調し、国連安保理決議1441と湾岸戦争当時の2決議をもってこの武力行使の正当性を主張した。だが、切迫した脅威のない状況での先制的な自衛行動は違法であり、過去の安保理決議も現状での武力行使を認めていないというのが、国際法学者の多数派の見解だ。
 米国は以前から自衛権の要件を、通説より幅広く認める解釈をとっており、合法性の疑わしい他国領土への空爆や武力干渉を行ったのは今回が初めてではない。にもかかわらずイラク攻撃の正当性が厳しく問われているのは、軍事行動の規模の大きさもさることながら、米国が国際的取り決めより自国の立場を優先する新たな戦略ドクトリンを打ち出している中での先制武力行使だからだ。
 ブッシュ政権は昨年9月の国家安全保障戦略で、テロの脅威に対しては先制的な自衛権行使の単独行動をためらわないとする立場を示した。それによれば米国は、思うがままに脅威を規定し、その相手に攻撃を加えることができることになる。そして国際秩序の維持に欠かせない力をもつ超大国が、従来の国際法から逸脱した紛争処理方法を慣例化すれば、国際法秩序は根本的に書き換えられてしまうことになる。
 もともと国連のような集団安全保障機構と、侵略戦争を違法と見なす「法の支配」を国際社会に定着させたのは20世紀の米国だ。それ以前、主権国家が戦争による国益追求の権利をもち、平和維持を力の均衡に頼っていた世界は、第一次世界大戦の惨禍を見た。その反省に基づく戦争違法化の流れは、国際連盟規約、不戦条約、そして2度目の大戦を経て国連憲章へと結実する。そしてウィルソンやルーズベルトに代表される米国こそが、この国際社会の「ルールの変更」を主導してきたのだ。
 今回の武力行使の背景には、グローバリズムの浸透と表裏一体をなす国際テロリズムの暗躍や、それと結びつきかねない抑圧的国家の大量破壊兵器開発という国際政治の新たな現実がある。そこでは従来の内政不干渉の原則や、国家間戦争を防ぐための規範とは別のルールが必要だというのが、米国の主張するところだろう。
 いま、再び米国が持ち込もうとする新たな「ルールの変更」が、国際社会の分裂をもたらしたことは、だれにとっても不幸だ。たとえば人権抑圧への「人道的介入」のように、仮に21世紀の世界に新しいルールが必要だとしても、米国の一方的行動はその合意の基盤を壊しかねない。それが二つの大戦と冷戦を経て積み重ねられてきた国際社会の「法の支配」への不信を招くならば、世界の今後は不安と危険に満ちたものとなる。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION