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2002/10/07 毎日新聞朝刊
[グローバル・アイ]米欧の亀裂 歴史を変えるのは力か
石郷岡建
 
 イラク攻撃に関する米欧の対立は、予想以上に深刻なのかもしれない。
 ドイツでは、対イラク戦争反対の立場を打ち出したシュレーダー首相率いる社会民主党連立政権が総選挙に勝利した。英国では、かつてない規模の反戦デモが繰り広げられ、ブレア労働党内閣は分裂状態だ。
 米軍のイラク進攻が始まれば、しょせん、欧米諸国は米国に追従せざるを得ないとのさめた意見もある。その一方で、ミサイル防衛を進め、先制攻撃の軍事ドクトリンを打ち出し、京都議定書や国際刑事裁判所を無視する米国への不信感は強い。
 欧米はもはや共通の価値観を持っていないとの疑問も出されている。
 ソ連崩壊により、「歴史の終わり」がやってきたと主張した米哲学者フランシス・フクヤマ氏は「もはや、西欧という概念はない」との考えを発表した。
 同氏によれば、欧州統合など主権国家の枠を超えた国際共同体の国際秩序を考える欧州と、あくまで主権国家の価値観を重視する米国との間には「民主的正当性」について、越えがたい溝ができたという。
 また、米国のニュー・ライト(新保守主義)の論客で、米カーネギー財団のケーガン氏は、もっと過激に、「米欧は別の世界に住んでいる」と主張した。
 同氏によれば、欧州は法と秩序を信仰する「カント(独哲学者)的な恒久平和」の世界に住む。
 一方、米国は平和の維持は軍事力にあるとする「ホッブズ(英思想政治家)的闘争」の世界に住む。
 例えていえば、米国は西部開拓時代の無法地帯に活躍する保安官(シェリフ)。欧州はその無法地帯にエアポケットのように存在する酒場の主人。無法者に酒を与える主人は、撃ち合いは酒場の外でやってほしいと思っている。
 ケーガン氏は、世界を支配するのは軍事力であり、力こそが歴史を作ると主張する。そして、欧州も、つい最近までは、力で支配をしてきたが、その力が衰えたため、法と秩序の「平和史観」を打ち出したと説明する。さらに、欧州は無法者に立ち向かう意志がなく、結局、保安官に頼らざるを得ない「虫のいい立場」だと批判する。
 ケーガン氏の主張は、ブッシュ政権内部の強硬派の立場に近い。米政権内部には別の立場の人々もいないわけではない。
 それでも、ブッシュ米政権の主流はケーガン流のパワー史観になりつつある。「力こそ平和だ。ならず者はやっつけろ」という声が鳴り響く。
 世界の歴史を変えるのは力か、それとも別の手段があるのか?
 米欧の亀裂はひとごとではない。
(外信部編集委員)
 
 
 
 
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