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5・4 円偏波空中線
 一般にレーダーは雨や雪の反射によって影響を受け物標の映像が見づらくなる。円偏波空中線はその反射妨害を受けないで使用できる空中線である。このため、特にレーダーが必要な降雨時での利用効果を一段と向上させることができる。
 
5・4・1 円偏波
 航海用レーダーで使用されている電波は主に水平偏波で、電界が水平方向に振動しながら進行する電磁波である。これに対して円偏波は、一波長の間に電界が360度旋回しながら進行する電磁波である。水平偏波を放射するスロット導波管方式の放射面の前に、電界と45度の傾斜をつけたサーキュライザと呼ばれる特殊構造の金属の格子を置くことで円偏波を作っている。水平偏波は円偏波に変換されて放射され、空中を旋回しながら進んでいく。戻ってきた円偏波は再びサーキュライザを通ることで水平偏波に変換される。
 
5・4・2 円偏波の効果
 水平偏波を用いた航海用のレーダーを降雨地域で使用すると、画面には雨滴からの反射が雲状に相当強く表示される。雨雪反射抑制回路(FTC回路)を使用して反射エコーの微分処理を行うと、船やブイ等の前縁からの反射エコーは微分処理で強調され、雨滴からの反射エコーは信号の強度変化が緩やかなことからかなり減衰させることができるので、識別しやすくなる。しかし、強い雨の時には雨滴からの反射エコーも船やブイ等と同等以上に強くなるために、FTC回路を使用しても全く識別が困難になることがある。
 雨滴は球形なので、円偏波が雨滴で反射されると旋回方法の異なった円偏波となって戻ってくる。これが再びサーキュライザを通ると、往行とは90度異なった方向の垂直偏波に変換される。水平偏波用のスロットには垂直偏波は通過しにくいので、スコープ上には雨滴の反射が大きく減衰するので現れないことになる。
 船舶や物標等の一般の目標は複雑な形と材質で構成されているので、反射波は楕円偏波となって戻ってくる。これはサーキュライザを通過しても往行と同じ方向の偏波成分を相当量含んでいるので、反射エコーは水平偏波を使用したときより若干低下する程度で、なお相当の強度で受信することができる。特に鉄船では、ほとんど減衰することなく受信できる。
 
5・4・3 円偏波空中線の使用上の注意
 Xバンドのレーダーでは、円偏波の空中線を備える場合には、必ず水平偏波でも使用できなければならないことが法律で定められている。その理由は、GMDSSのSARTは水平偏波で送受信するように定められていること、また、浮標等に取り付けられているコーナーレフレクタは雨滴と同じように反射することから、反射波の増強効果が得られないことにある。実際の運用上においては、偏波が異なることによる物標の反射特性の変化を考慮して、円偏波と水平偏波を状況によって使い分けることが必要である。図5・8・1(水平偏波)と図5・8・2(円偏波)の映像写真を比較してみれば分かるように、水平偏波(直線偏波)に比べて、円偏波を使用すると降雨クラッタが全く消えている。
 
図5・8・1 (水平偏波)雨滴反射のレーダー映像の比較
丹沢方面で発生した雨雲と降雨の観測
 
図5・8・2 (円偏波)雨滴反射のレーダー映像の比較
丹沢方面で発生した雨雲と降雨の観測
 
 図5・9・1(水平偏波)及び図5・9・2(円偏波)ではレーダーの近傍における雨滴反射の影響を比較したものであるが、円偏波を使用した場合、レーダーの近傍地域の雨滴からの強い反射が残るのみであった。観測地(東京商船大学富浦実習場:千葉県安房郡富浦町)の2海里前方に猪瀬島という小島があるが、B−scope(距離と方位角度を直交軸として表示する方法)での降雨中の猪瀬島周辺のレーダー観測結果を図5・10・1(水平偏波)及び図5・10・2(円偏波)に示す。円偏波では猪瀬島周辺の雨滴反射の映像が減少し島のレーダー映像が若干だが明りょうになっている。観測は降水量2mm/hrの状況で行った。
 
図5・9・1 (水平偏波)雨滴反射のレーダー映像の比較
観測地に到達した雨雲と降雨の観測
 
図5・9・2 (円偏波)雨滴反射のレーダー映像の比較
観測地に到達した雨雲と降雨の観測
 
図5・10・1 (水平偏波)B−Scope表示での水平偏波と円偏波の降雨中の反射信号の比較
 
図5・10・2 (円偏波)B−Scope表示での水平偏波と円偏波の降雨中の反射信号の比較
 
 A−scope(横軸を距離、縦軸を信号強度として表示する方式)での観測結果を図5・11に示す。B−scopeでの映像では顕著な差を見ることができなかったが、水平偏波と円偏波とは雨滴からの反射信号は約10dBの強度の差があることが示されている。しかし、猪瀬島からの反射信号には強度差がほとんど見られないので雨滴の反射波の抑制に効果があることがわかる。一般にこれまでの観測例からいえることは、防波堤や人工的な壁などの一様な反射面を持つ構造物からの反射波は、偏波が異なると差が大きくなることがあるので、レーダー映像を観測するときには注意を要する。一般の目標物についても、その形状や材質によっては雨滴と同じように非常に反射の悪くなるものがあるので注意が必要である。例えば、単純な形をしているブイや灯台等で、ブイ等に取り付けられている三重反射形のコーナーレフレクタは特に悪くなる。このような物標に対しては水平偏波を使用すべきであって、状況によって適切に円偏波と水平偏波を使い分けることが必要である。
注:
円偏波と水平偏波でのレーダー映像の観測データは、平成12年1月に東京商船大学富浦実習場において行われたものから選定した。東京商船大学(林尚吾教授)と日本無線株式会社新技術開発プロジェクト室(松野達夫室長)との共同研究の資料の一部である。船舶用レーダーでの円偏波での観測写真は、レーダーの古い教科書で見られる程度となってしまっているので大いに参考にして頂きたい。
 
(拡大画面:44KB)
図5・11 A−Scope表示での水平偏波と円偏波の降雨中の反射信号の比較







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