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4. 操縦性基準の改正作業
 上記のような検討を基に操縦性暫定基準を見直し、我が国は第45回DE小委員会において10°Z試験のsecond overshoot angleに対し図4.4に示すように若干修正する提案を行ったこれについては韓国も簡略化した修正提案を行っていたが、結局大勢が我が国の提案を支持し合意された。
 一方20°Z試験のfirst overshoot angleについて韓国は削除を提案し、中国や我が国はこの提案を支持したが結果として現行のまま残すことになった。また停止性能については我が国の提案のように最大機関出力、試験時速力による停止性能基準ではなく、現行の15Lの基準値に加えて主官庁の判断による最大20Lの上限を設ける規定になった。
 全般的にこの暫定基準の見直しに関しては米国を初めとして慎重に行うべきとする国が多く、実際に数多くの船舶を建造している国との考えに温度差が生じていることは否めないことと思われる。
 
図4.4 現行のIMO操縦性基準との比較
 
 
5. 操縦性暫定基準の適用状況
 1993年に操縦性暫定基準が採択されて以来、この基準値が妥当なものであるか否かについて、今日まで各国で検討されてきた。一方、船会社においてはこの基準を新造船に適用する動きが始まりつつある、と同時に造船所においては操縦性能がこの基準を満足するように今まで以上に設計においてこの操縦性能を重視するようになってきた。
 そこで、平成13年度の建造実績に関して、この暫定基準の適用実績に関するアンケート調査が国土交通省により実施された。その調査結果の要約を以下に示す。調査対象は国内の船会社と造船所に対して実施され、回答があった船会社9社、造船所8社について、合計88隻の建造船に関する結果が得られた。この結果によると図4.5に示すように、全造船所のうち38%の造船所が操縦性暫定基準の適用を要求されており、船会社では全体の33%の船会社がこの暫定基準の適用を要求している。この暫定基準の適用が要求された船の船籍国は図4.6に示すように英国が比較的多い。もっともこの暫定基準は現段階ではガイドライン的な意味合いを有しており、無論強制ではない。従ってこの調査結果においても造船所に対して仕様要件として要求された例は1件もないが、造船所としては操縦性能推定計算結果や海上試験による操縦性試験結果を示し、この基準値を引用して充分な性能を有していることを船会社に説明しているのが現状であると考えられる。図4.7に示すように、操縦性暫定基準の要求内容として、“仕様として適用の要求(ただしペナルティなし)”、“仕様ではないがこの暫定基準を満足することを要求あるいは試運転時に操縦性試験を実施”、および“推定計算や模型試験結果の提出”を合わせて考えると、操縦性暫定基準の要求は全体の約7割にも達している。
 
 

図4.5 暫定基準適用要求
 
 
図4.6 適用が要求された船の船籍国
 
 
図4.7 操縦性能暫定基準要求内容
 
 
図4.8 操縦性基準の適用を造船所に要求していくレベル
 
 
 一方船会社の立場からは今後操縦性基準の適用を造船所に要求していく内容としては図4.8に示すように、“ペナルティを課した仕様の適用要求”が全体の25%にも達し、“仕様として適用”あるいは“試運転時に操縦性試験を実施することの要求”を含めると75%にもなる。以上のアンケート結果からも分かるように、操縦性暫定基準は造船所および船会社それぞれの立場でかなりの実績をもって取り組んできていることが容易に判断できる。今後海難事故防止、航行の安全性確保の観点からは操縦性基準を積極的に適用していくことが強く望まれる。
 
6. 今後の展望
 海難事故の要因は、大きく分けて3つある。それは海象条件としての環境条件、操船を主とする人間要素そして船体固有の性能の3つである。操縦性基準はこの中の船体固有の性能に直結する問題である。従って船を建造する場合に設計の段階から充分な検討を行い、基準を充分に満足する、即ち性能を充分に有する船を建造する事が求められる。一方船会社にとっては、運航の立場からこの人間要素、即ち操船の観点から充分な操船技術、操船判断が求められる。
 今後この操縦性基準は益々重要になり、先進国のみならず全ての国において建造船および運航の面においてこの基準の適用が不可欠になるとものと思われる。しかし、未だ解決しなければならない問題は残されている。まず、設計の段階において如何に精度良く操縦性能を推定するか、海上試験時の計測精度の問題、波や潮流、風などの外乱の修正法、載荷状態の問題等々数々の問題が残されている。しかしこの種の問題に関する研究も進展しており、これらの問題もほとんどが解決されようとしている段階である。
 1978年の“Amoco Cadiz”号の事故以来、曳航技術の問題、操縦性基準に関しての提案、等々今日まで我が国の果たした役割は極めて大きい。操縦性基準の検討に際してIMOへの計算資料や実績資料の提出、基準の考え方や基準値の積極的な提案は各国の中でも群を抜いていたと思われる。船の世界の主要建造国として、また技術の先進国として今後も我が国は世界のleading countryとして、航行の安全性の確保、海難事故防止に努める責務があると思われる。







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