日本財団 図書館


報告 IV
操縦性能向上による事故防止
 
IV. 操縦性能向上による事故防止
 
九州大学 教授 貴島 勝郎
広島大学 教授 小瀬 邦治
 
1. 操縦性基準策定の経緯
 1978年の“Amoco Cadiz”号の海難事故は原油流出による環境汚染の問題を生ぜしめ、当時の大きな社会問題になった。この海難事故が基になり人命安全のみならず海洋環境保護の問題に関しても船舶の航行の安全性確保は非常に重要な問題になった。国際海事機関(IMO)(当時はIMCO)はいち早くこの問題を取り上げ、設計設備小委員会(DE小委員会)においてその検討が始まった。
 当初はまず、海難事故の現場から損傷船舶を安全な海域へ曳航する方法等についての検討から始まった。この検討は曳船・被曳船系の運動学的問題が主であり、即ち損傷船舶の状態を基にして、曳航点の取り付け位置、索長などを要素とした安全な曳航方法等の指針あるいはガイドラインを導くことが目的である。この問題については、我が国は曳航に関する研究も実施されていたこともあり、DE小委員会では当初から積極的な貢献を行ってきた。
 DE小委員会での審議の過程において、航行の安全性確保の観点からは曳航の問題は消極的な対応であり、事故が発生してからの対応であるとの意見が多くを占めるようになり、従って、海難事故防止の為にはより積極的な対応が望まれると言うことから、操縦性能を充分に有する船を建造できるように、設計の段階でこの操縦性能を把握することが重要であるとの認識に至り、操縦性基準の策定に向けての検討が開始された。
 図4.1に示すようにこの検討の過程には大きく分けて2つの流れがある。まず第1の流れは本船の操縦性能特性をパイロットやマスターなど乗組員に充分に熟知してもらうことである。即ち、本船の操縦性能の良し悪しに拘らず、本船の性能を充分に把握することにより海難事故を防ぐ取り組みである。この目的のためには、それまでの操船ブックレットA.209(VII)(Recommendation of Information to be Included in the Maneuvering Booklet)では不十分であるとの我が国の主張により、その改正作業が行われ、新たにPilot Card, Wheelhouse Poster, Maneuvering Bookletの3種類の情報を乗組員へ提供することが検討され、最終的に1987年の総会においてA.601“Provisional and Display of Maneuvering Information on Board Ship”として決議された。これはどちらかと言えば、安全性確保の観点からは受動的な対応である。
 第2に、より積極的な取り組みとしては設計の段階で操縦性能を充分に把握して、極端に劣悪な操縦性能を有する船舶を排除することが重要であるとの考えから、操縦性基準の検討が開始された。このためには、設計の段階で安全上充分な性能を有しているか否かを推定し、評価することが重要になる。RR742小委員会では、検討の過程において、
 
(拡大画面:45KB)
図4.1 IMO DE小委員会における議論の過程
 
 
1)操縦性能を表す指標
2)その指標に基づいた性能のレベルあるいは基準値
が重視され、A.209(VII)の改正作業と平行して操縦性能の指標についての検討が行われた。その結果、旋回性能、初期旋回性能、変針性能・保針性能および停止性能について検討されたが、いわゆる基準値を設定することは非常に困難な点が多い為に、1984年第27回DE小委員会では設計段階で操縦性能を推定するための暫定的ガイドライン(Draft Guideline for Estimating Maneuvering Performance in Ship Design)が事前の検討案として作成され、これはMSC/Circ.389として各国に回章された。我が国はこれに積極的に対応して、RR742小委員会を中心にデータを収集し、14隻の実船試験結果と推定計算結果両者の比較をIMOへ提出したが、他の国からは一部を除きほとんど回答がなかった。
 しかしその後、1989年のExxon Valdez号、1993年のBrear号の事故が追い討ちをかけ、早急に操縦性基準を制定する気運が高まり、操縦性暫定基準として1993年の総会において採択された。
 
2. 操縦性暫定基準A.751(18)の内容と問題点
DE小委員会で審議された操縦性基準は1993年11月の第18回総会において操縦性暫定基準A.751(18)として決議され、1994年7月1日付け、5年間の暫定期間をもって各国での検討が求められた。
 操縦性暫定基準A.751(18)の内容は次の通りである。
まず、適用条件としては
 1) deep, unrestricted water, 2) calm environmental, 3) full load, even keel condition,
 4) steady approach at the test speed
基準値としては次の通りである。
 
Ability Criteria
Turning Ability Advance < 4.5L, Tactical Dia. < 5.0L
Initial Turning Ability Track reach < 2.5L,
10o Change the heading in 10o rudder angle
Yaw Checking & Course
Keeping Ability
(1)10o/10o zig-zag test
○ First overshoot angle
・10o, if L/V is less than 10 sec.
・20o, if L/V is 30 sec. or more.
・(5 + l/2(L/V)) degrees,
if L/V is 10 sec. or more but less than 30 sec.
○ Second overshoot angle
・values for the first overshoot angle be more than 15o
(2)20o/20o zig-zag test
○ First overshoot angle < 25o
Stopping Ability Track reach < 15L
 
 
 この暫定基準の内、10°/10°Z試験のsecond overshoot angleおよび20°/20°Z試験のfirst overshoot angle以外は日本提案がそのまま採択されている。
 この基準の大きな問題点の一つは、載荷状態の問題である。即ち、操縦性暫定基準は満載状態で規定されている。ところがこれらの基準を海上試運転により検証しようとした場合、タンカーについては問題ないとしても、コンテナ船のような乾貨物船の場合には一般に満載状態の海上試験は現実問題として極めて困難である。バラスト状態での試験成績から満載状態の性能を推定する方法もあるが、推定精度の問題で実用的では無く、これも困難な場合が多い。
 この載荷状態の審議の過程では、我が国は当初より満載状態とバラスト状態の二つに分けて、そのいずれにも基準値を設けることを提案してきたが、この提案を支持する国は極めて少数で、結局先述のように満載状態の基準値を制定することになった。
 もう一つの問題は、10°Z試験のsecond overshoot angleの基準値が非常に厳しい不合理な値を有していることである。そこで我が国では運輸省(当時)が造船会社および海運会社の協力を得て、実船の操縦性試験データの収集を行い、船舶技術研究所(当時)にてそのデータの解析を行った。これらのデータと操縦性暫定基準値との比較を行い検討したところ、旋回性能および初期旋回性能はほとんどの船が問題なく満足していたが、図4.2に示すように10°Zのsecond overshoot angleに関しては19隻のデータが基準を満足していなかった。その内2隻は10°Zのfirst overshoot angleの基準値を満足していない船であり、他の10隻は満足している船である。即ち特に操縦性が問題にならない船も排除されかねない基準になっている。また、停止性能について暫定基準と比較した結果を図4.3に示す。ここでは17隻のデータが基準を満足していない。
 要するに、これらのデータの解析により、overshoot angleについては満載状態での10°Z試験のsecond overshoot angleの基準値を満足していない船が多く、停止性能では船長が200mを超える大型船に特に基準を満足しない船が多い。
 
 
図4.2 10°Z試験の第二オーバーシュート角(満載状態)
 
 
図4.3 停止性能(満載状態)
 
 
3. 操縦性暫定基準への我が国の対応
 我が国は決議A.751(18)に従って操縦性データベースを構築し、この数年問操縦性暫定基準の船舶への適合性を検討してきた。検討結果から、10°Z second overshoot angle, 20°Z first overshoot angleおよび停止性能については基準の見直しが必要であることを提案した。我が国の考えは、保針性能・回頭制動性能の基準としては10°Z first overshoot angleのみで充分であり、10°Z second overshoot angle, 20°Z first overshoot angleの基準は削除するか、または合理的な値に変更する必要があるということである。また停止性能についても大型船を含めて全船舶に適用可能な合理的な基準に修正する必要があることを提案してきた。
 見直しの提案に対してヒューマンファクターを考慮すべきであるとの意見を踏まえて、4隻のタンカーを対象にシミュレータスタディを日本パイロット協会の協力のもと、乗船経験の豊富な被験者により詳細な検討が行われた。その結果、不安定ループ幅と被験者の操船難易度の評価には強い相関のあることが判明した。検討の結果、10°Zおよび20°Zのfirst overshoot angleは特に問題ないが10°Zのsecond overshoot angleについては基準値を若干緩和すべきであることが分かった。
 このような検討を基に我が国は、第45回DE小委員会に基準値の改正提案を行った。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION