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第2部
2)少子・高齢化が社会に与える影響
小川 直宏
(日本大学人口研究所次長)
 
プロフィール
小川 直宏<おがわ・なおひろ>
1944年 静岡県生まれ
経済学博士
<現職> 日本大学経済学部・教授、日本大学人口研究所・次長
<学歴> ハワイ大学経済学部大学博士課程
<職歴> ハワイ東西センター人口研究所研究員、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)人口部研究員、日本大学経済学部助教授、日本大学人口研究所研究員
<主な著書> 「ASEANの国内人口移動と開発」1984年NIRA、「Fertility Change in Contemporary Japan」(University of Chicago Press)、「Human Resources in Development along the Asia - Pacific Rim」(Oxford University Press)、「The Famiry, the Market, and the State in Ageing Societies」(Clarendon Press)、ほか論文350余編
 
 小川です。よろしくお願いします。今日は日本を中心に置いてお話をしていきたいと思います。
 高齢化の定義は何かというと、はっきりしたものはありません。老人の割合がどれくらいになったら高齢化社会であるというのは、正式には定義されていません。1957年の国連の報告書で、高齢化社会を定義する言葉として「相対的な高齢者の増加と相対的な年少者の減少」を挙げています。一言で言うなら、「人が生まれなくなった」、「死ななくなった」という2つの要因によって、高齢化社会が起こるといえると思います。
 まず、生まれなくなった方を見ますと、1951年から2000年までの出生・結婚の確率をグラフで見ると、明らかに、1975年のオイルショックあたりぐらいで、大きく様変わりをしています。(図(1))
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図(1)
 
 それを、もう少しわかりやすく、陸上の110mハードルみたいな考え方で計算してみますと次のようになります。
 これは1951年から73年、オイルショックまでを障害という点から考えます。結婚する障害、それから第一子を持つ障害、第二子を持つ障害と考えますと、オイルショックまでは、第1ハードル、結婚までは全く問題なく、皆、乗り越えられました。第一子もそんなに大変でなく、第二子もそんなに大変ではなかったのですが、三子、四子が大変で、そこで出生率が落ちたということがおわかりいただけます。生活苦、その他によって、三子、四子が急激に下がることで、日本の出生率は低下して、だんだん家族は2人までというコンセプトが浮上してきたわけです。(図(2))
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図(2)
 
 その次、今度は80年代に入りますと、全く違った状況が浮かび上がってきます。第1ハードルの結婚のところが非常に難しくなったのです。ヨーイドンでスタートすると、第1ハードルの結婚が非常に高いハードルになり、皆こけた。これが晩婚化ということです。第一子も高いハードルになっています。ところが第三子、四子は、マイナスになっていて、これは、結婚さえすれば、3人、4人持ってくれるということを意味します。子供をぜんぜん持たない無子派と、子供を3、4人持つ多子派に分裂したのが、80年代です(図(3))。
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図(3)
 
 90年代になると大きく変わりまして、結婚も結構大きな障害なのですが、結婚しても第一子を持つ確率が非常に高くなっています。ディンクスも定義によりますけれども、その状況が大きく様変わりしてきています。
 今度は、1995−2000年の図です。最近の状況は、またまた、結婚が非常に高い障害、今までにないくらい大きな障害になっています。これは意外と見落とされている点だと思いますが晩婚化が、今また、少子化の最大の要因になりつつあって、これをもう一回考えてみる必要があるのではないかと思います(図(4))。
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図(4)
 
 あともう1つ大きな特徴は、二子目の出産が、結構大きな障害となっています。90年代前半では第一子の出産が大変になって、90年代後半には第二子の出産が大変だというふうになってきています。
 ちなみに、今日みたいな状況が、前のグラフの状況が続きますと、日本の女性の20%は、生涯未婚になります。男性では30%近くになります。こんなに恐ろしい数字と思われるかもしれませんけれども、この中で東京都の男性の方いらっしゃいますか。40歳に近い方で独身の方は、可能性が大変低くなっています。今、35%ぐらいの東京の男性は未婚で、今後は生涯未婚率が相当上がる可能性があると言えます。
 これは国土審議会で話したことですが、首都圏の整備を根本的に考えなければいけないところまで追い込まれています。要するに、家族にやさしい政策=公園をつくるよりも、ひょっとすると独身男性に都合のいい、コンビニをたくさんつくれるような街づくりのほうがよいのではないか、根本的な思考・発想の転換を迫られているぐらいに、結構大きな変化を起こしているのです。
 結婚に与える高等教育の影響について考えてみましょう。毎日新聞社の世論調査のミクロ・データから積み上げて賃金関数を算出しました。男性の賃金ですが、中学、高校、短大、大学卒業の年間収入に対する収益率(リターン)です。例えば、中卒の友達と大学を出た人との給与の違いを90年と2000年で比較してみると、90年、2000年を比較すると少しだけ2000年になって、大卒がよくなっています。
 ところが、女性の場合には、もう全く違ったシナリオになり、大卒がものすごくよいリターンになっています。日本の大学で、女子の短大、大学の進学率が急速に上がってきて、皆さんよくご存じのように、89年で男女が逆転しました。短大、大学を合わせると女性のほうが多くなったのです。私は“大学に男性は来なくていいよ、効率悪いから”とよく学生に言います。統計で見ると女性の方が教育に対する投資の利回りが良いので、どんどん大学に来ていただいたほうがよいのかもしれません。
 そうなると、結婚に対する考え方も、ますます変わります。結婚を遅らせる最大の理由は、統計的に見ると教育ですので、今後もますます遅れる可能性があります。
 さらに、もう1つ、結婚に加えて高齢化を決めるもう1つの大きな要因となるのは、さっき言ったように第二子が遅れていることです。これも毎日新聞社の世論調査で、分析してみますと、“第二子を持つ上でバブル経済によってあなたは影響を受けましたか、子供を持ったり、または、産むタイミングを変えたりしましたか”という問いに、イエスと答えた人が全国で30%います。影響を受けた人、受けなかった人の確率の差はすごくて、年齢によって、学歴、そして職種、それから妻の所得、夫の所得、都市部、郡部と分けてみますと、だいたい72%ぐらいの確率で影響を受けたグループと、2.9%というように、ほとんど影響を受けなかったグループに分かれます(図(5))。
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図(5)
 
 したがって、バブル経済がはじけたことで、出生に影響を受けたグループが日本の社会の中で、ものすごく分散しているということです。しかし、3分の1の人が、バブル経済によって影響を受けたということは大変なことで、要するに、長期的な所得の安定を考えられないということが1つの問題となっていたのです。
 
 逆に言うと、1991年ぐらいからバブルがはじけたのですが、日本政府がその対応を誤ったことが人口の面でも非常に大きな問題を生み出したのだと思います。皆さんよくご存じのように、バブル経済の崩壊は、最初は景気循環の一環としてとらえられ、対応策が遅れました。また1996年には悲劇なことに、3.4%の経済成長率という先進国最大の成長率を日本が見せたわけです。これは、あとから考えてみると、阪神大震災の後の財政投融資がかなりきいた結果、一時持ち直したわけです。その効果が消え、その後の橋本政権の税制改革の問題や小渕政権でそれへの対応に気がつくのが遅れて、十分な対策がとれなかったのです。
 
 イギリスのサッチャー政権の改革から約20年遅れて、ようやく構造改革というところに気がついた。これは日本のグローバル化と深い関係があります。今、日本の出生率が落ちてきたのには、意外にグローバル化の影響が非常に大きなメカニズムとして働いているということです。逆に言うと、日本経済が、どのくらいのスピードで、今後回復できるかが出生率に大きな影響を与えるということです。本年1月19日に発表された経済財政諮問会議では、2004年までに安定経済成長へと日本政府は、日本の経済は持ち直すというシナリオをつくりましたが、これが達成されるか、されないか。これには消費税を1%上げて、それから政府の財政投融資などの公共投資を前年3%ずつ毎年切っていくといった、いろいろ条件がついているので、それがどのくらい可能か、このへんが重要です。
 
 したがって日本の出生力を立て直すには、マクロ経済の運営をいかにしてうまくやるかが重要なカギになっています。マクロ経済の運営をうまくやれば、少なくともタイミングの遅れ、そういったものはかなり解決できる可能性はあると思われます。ですから、少なくとも、国民が安心して、安定した経済という見通し感を持てるような社会的な運営が非常に重要になってくるのではないかと思います。
 もっとミクロな段階で考えてみると、もっと違ったことがあります。ミクロ・レベル、つまり皆さん個人で考えると、これも毎日新聞の世論調査で分析してみますと、おもしろい結果が出ました。
 
 だいたい、少子・高齢化なんて、騒ぐ人には男性が多いのです。“私の年金がどうなる”とか、“日本の社会、活力がどうなる”っていう人は男性です。毎日新聞の調査結果を見ると、女性が早く結婚したいと思うかどうかは、彼女が小学校卒業の頃に、どのくらい父親が家庭に協力したかによるということが表れています。つまり男性の家庭への協力の程度、これが娘さんが早く結婚したいと思うかどうかの最大の決定因子になっています。女性ではありません。男性が家事に協力したか否か。要するに、ミクロのレベルの改革がないと、出生力は直らないのです。だから、これは環境問題と同じで、シンク・グローバリー・アクト・ローカリーで、まず家庭からがんばっていただかないといけないということがわかります。皆さん人口の減少を心配する前に、家庭に帰って家庭サービスするのが日本の出生力回復の一番の近道かもしれませんが、これを今からやっても効果がでるまでに15年かかります。だいぶ、時間のかかる問題です。
 
 その他に、出生のピークを見てみましょう。出生への対策を行うための時間はほとんどなくなって、差し迫ってきています。なぜかと言えば出産適齢期の女の人の数は、これから3〜4年は増えるのですが、その後、急速に減ってしまうのです。これは第2次ベビーブームの人がしばらく出産適齢期に入るということです。出生対策はこのタイミングを逃しますと、次がありません。これから一気に出生数が減るということになります。政策的にはあと3〜4年が山です。
 
 戦後の1947−49年のベビーブームで急速に出生数が増加しました。その結果、高齢化が始まり、やがて、現在の人口ピラミッドが出るわけです。これはまさしく高齢化社会です。今は途中でほとんど死にませんから、生まれた通りに人口ピラミッドが形成されるわけです。死なないということは、別に悪いことではないのですが、死なないがゆえに、その通りになるわけです。そういう点で、高齢化社会は選択なき社会ということが、よくおわかりいただけると思います。







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