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 ここには20数歳の方からたぶん80歳を超えておられる方もいらっしゃると思います。その差は60年ぐらいありますが、生命系の立場に立ちますと、ここにいる皆さんの年齢は全く差のうちに入らないのです。なぜかと言いますと、すべての生命は38億年たっているからです。
 
 また、逆に言いますと、我々が日々食べている植物であれ肉であれ、実は全部我々の同胞(はらから)であるということになるわけです。すべての生物は、単一の系統に由来するということです。
 
 そういう中で、我々人類、ホモ・サピエンスには、松井先生のお話にもありましたように、非常に大きな特徴がいくつかあります。釈迦に説法ですが、1つはここにおられる皆様よくご存じのように、人口の劇的な増加です。どのように人口が増えてきたか。先程の話で、農耕が始まったのが約1万年前です。長期間にわたって極めて少ない人口であったものが、ある時期に急速に増加しました。釈迦に説法と申しましたけれども、お釈迦様が生まれた時期でも世界人口は1億人未満しかありませんでした。1950年で30億です。とにかく最近、急激に増えて、既に60億を超えていることはご存知のとおりです。
 
 いろいろな生き物の個体の数は変わります。いつでも全く同じ個体の数ということはありません。しかし、その個体の数というものは、ちょっと長い目でみれば、ほぼ一定です。あらゆる生き物が、ほぼ一定になっています。もちろん、何か激変したときには、いろいろなことが起こりますが、しかし非常に速やかに一定の幅に納まります。それは、非常に複雑にいろいろな生き物がからみあって生きているために、そういうことが起こるわけです。
 
 しかし、唯一の例外は人間です。先程20世紀の100年間で人口が4倍に増えたというお話でしたが、だいたい人類は100年間で4倍に増え、400年間で10倍に増え、3000年弱で100倍に増えています。1万年で実は1000倍に増えています。そういう生き物は他には、全く存在しません。
 
 しかも急増したのは、世代で言いますとたかだかこの10世代の間です。10世代で非常に増えている。これも先程、松井先生の方からお話がありましたが、チンパンジーと我々の祖先が分かれたのは500万年前と言われています。500万年前は、世代で考えますと、仮に10年で1世代になるとしても、たかだか、50万世代にすぎないわけです。我々は生物の世界において新参者なのですが、最近の10世代の間に急速に増えています。その結果、既に60億人を超えているのです。
 
 実際に、これも皆さんよくご存じだと思いますが、現在、この地球上に生きている人々は、ホモ・サピエンスが始まってからこれまでに存在した全ての人の数を積算したヒトという種の積算総人口の5%を超えています。この地球上に、先程申し上げましたように、いろいろな生き物がいますが、その種が始まって以来の個体数の数%が現に生きているなんてものは、全く他に例を見ません。我々はまさに例外中の例外です。
 
 「種」の重さについてある計算をしたことがあります。実は、私達ホモ・サピエンスは非常に大型の動物です。“ヒトが大型です”と言うと、そんなことないとよく言われます。実際、我々より大きい動物がいますけれども、しかし、動物の非常に多くは、顕微鏡で見なければ見えないような大きさです。我々より大きい生物もいますが極めて限られたものしかいません。海には、ジンベイザメという10mを越すサメもいますし、もっと大きなクジラがいます。また陸上にはゾウがいますが、それらは非常に限られたものです。その中で、生物の種を個体の大きさ順に並べていくと人間は非常に大型の動物ということになります。その非常に大型の動物が現在60億もいるとどうなるかということです。(表(1))
 
表(1)種の重量
種名 個体数 重量(100万トン)
ウシ 134×107 670
南極オキアミ 〜500
ヒト 600×107 300
スイギュウ 16×107 80
ブタ 92×107 40
ヒツジ 107×107 30
ウマ 6×107 30
ヤギ 71×107 20
シロナガスクジラ 14×103 2.2
アフリカゾウ 250×103 1.3
全生物   106−108
 
 種の重さを計算した結果を見ていただきます。ヒトは60億人でその平均体重を50kgとします。まあ、赤ちゃんから大人までいますから、50kgよりは少ないかもしれませんけれども、人類の総重量は概算で約3億tになります。現存の動物を全部見ますと、非常に大きいものがいます。その中でもクジラ、特にシロナガスクジラは現世の動物で最大です。しかしシロナガスクジラの総重量は、数が少ないために、人類の総重量と比べたらわずか1%に満たない。あるいは、陸上で最も大きい動物はアフリカゾウですが、これも種の重さとしては、我々から見たら、全く問題になりません。いかにヒトがたくさんいるかということがわかると思います。
 
 1999年のFAOのデータなどをもとにそれ以外の種の重さをいろいろ計算しますと、種の重さで一番多いのは実はウシで、人間の倍近くの重量です。その次に多いのはヒトで、以下ヒツジ、ブタ、スイギュウとかいろいろいますが、すべてがこれ家畜で、全部人間が、自分が生きるために飼っているものです。ですから、ホモ・サピエンスが多いだけでなく、このホモ・サピエンスの活動に付随して、膨大な数の大型の哺乳類を我々は飼い、それを使っているのです。唯一、我々を超えるものは、南極オキアミです。これはクジラが食べる、最近日本でも売っている小さなエビのようなやつです。あれは年によって違うのですが、年によっては、5億tぐらい発生すると言われています。ちょうど我々ホモ・サピエンスと同じように、南極オキアミは、これはこれで一つの種ですが、これが年によっては、我々を超えることがあります。これが唯一の例外で、それ以外に全くありません。
 
 私もずいぶん調べてみましたが、相当たくさんいると思われている生き物でも計算するとホモ・サピエンスの重さに比べたら、もう全く取るに足りない場合がほとんどです。これはホモ・サピエンスや家畜がいかにたくさんいるかということを意味しています。
 
 先程、松井先生のお話に、人類がどういう道をたどったかという話がありました。これは、一昨年出た『ネイチャー』に出たものですが、10万年あまり前にアフリカから広がりだしまして、南米の先端まで行っています。だいたい10万年間で、ほぼ地球全部にわたって、人間が広がったわけです。これもまた非常に異常なことです。10万年は長いと思われるかもしれませんが、地質学的に考えたら10万年は瞬間で、その瞬間に、すごい大型の動物が世界中に広がったということは、その他の哺乳類の中でも全く例がありません。我々の祖先がアフリカから歩いて世界中に広まっていったと思うと、気の遠くなる感じがしますが、これができたのは、先程の話の通り、農耕、狩猟ができるようになったからです。我々ホモ・サピエンスはなぜか、脳がある程度発達して、その結果、狩猟を非常に巧妙にできるようになり、大型の哺乳類や大型の飛べない鳥をたくさん食べたという証拠があります。
 
 約数万年前にオーストラリアでカンガルーがガタンと減っています。北アメリカではゾウの仲間が急速に減っています。またマダガスカル、ニュージーランドでは1000年ぐらい前に、飛べない大型の鳥がガタッと減っています。このいつもガタッと減っているところは、それぞれの場所に人類が大々的に入った時と一致します。ある地域に人類がたくさん入ったとたんにこういう大型の哺乳類が、みんな人間に食べられたらしくて、ガタッと減っています。我々人類は、こういうことをやることによって広がって、現在、世界で60億になっているということになります。
 
 先程、種としては、これまで存在した種の99%は絶滅していると言いました。ですから、種が絶滅するのは生物学的に見れば珍しいことではなく日常茶飯事です。しかし、種の1つ上のグループ、属と言いますが、あるいはそのもっと上の部分と、だんだん上の部分にいって、大きくまとめればまとめるほど、それは絶滅しないわけです。動物の世界は大きく30ぐらいに分かれ、それを「門」と言います。我々は脊索動物門という「門」に入ります。ご存じだと思いますが、あの「ホヤ」も我々も同じ「脊索動物門」に入ります。
 
 実際に、地球の歴史を調べてみますと、大絶滅と呼ばれるのが5回あります。生き物の大部分は、海の中にいます。「門」というような分類をした場合には、その大部分は海の中にいるのです。なおかつ海は生命の誕生の場所と考えられていますし、それから少なくとも非常に分化し多様化した場所です。
 
 先程申し上げたように、「種」というレベルだと、あまりに頻繁に変わるので「科」というレベルで考えてみたいと思います。我々はヒト科ヒト属ヒトというふうになるのですが、その「科」というレベルで考えます。100万年単位の時間で見れば徐々に増えてきて、ある時、大幅に減る。その次にまた戻ってくるが再びガタッと減ります。一番ひどい減少はペルム期の変わり目で、この時、海産生物では約半数の「科」が消えています。この地質学的ないろいろな時代区分の変わり目は、実は、何か激変があって、生物も非常に変わったことを示しています。ペルム期の大絶滅では海産動物の「科」の数で半分が減っています。この時、「種」レベルでは実は、96%は絶滅したと言われています。それくらい激烈な変化がここで起こっているわけです。そのあと回復してきまして、白亜紀の末にも激減したことがあります。現在、海の中の「科」の数がこのように増えてきています。一般的に言って時間とともに生き物の多様性が増えてくるのですが、時々ガタッ、ガタッと減ります。このガタッと減る理由として、大きな隕石がぶつかったとか、いろいろな説がありますが、ほんとうのところはまだ実はよくわかりません。いずれにしても、ここでガタッと減っています。このペルム期の最後にガタッと減ったおかげでいろいろな生き物がいなくなり、そこらじゅうが生態学的に空き地になったわけです。そこに生き残った爬虫類が一気に広がって恐竜の時代をつくりました。しかし、その恐竜もいずれ滅び、そういう時代に隅のほうでこそこそ生きてきた我々の祖先の哺乳類が、その後、非常に繁茂して、現在の地球の哺乳類の世界になったわけです。
 
 次に、我々がどれくらい物を使っているかということを見ていきましょう。この地球で植物がだいたい年間に1011t炭水化物を生産していると言われています。このうち、実は、人類がその食料として5%ぐらいを食べていると言われています。食べているのは、直接食べているだけではなく、家畜の餌として間接的に食べていることを含めています。そのあと植物を着物にしたり、家を造ったりしますので、これらのことを全部合わせると、だいたい植物の生産量に近いのではないかと推定されているのです。この推定がほんとうに正しいかどうか知りませんが、ともかく物の本にはこう書いてあります。
 
 言い換えますと、年間にこの植物がつくっている量のかなりの部分をホモ・サピエンスは使っているのです。これは淡水でも同じです。地面の中で岩石を構成している水、その他ずいぶんありますけれども、それを我々は使えませんから、実際は、地球表面にある淡水を計算しますと、利用できる淡水の約3割を我々が使っているという状況になっています。
 
 こういうことによって、人類は、地球というシステム全体に激烈な影響を与えていて、その結果、現在の種の絶滅スピードは、地質学的に最大の絶滅であるペルム期の大絶滅、これは海洋動物が「種」で96%、「科」で半分絶滅したのですが、その大絶滅より3ケタから4ケタ速いと言われています。
 
 先程お見せした絶滅のタイムスケールは100万年が1単位ですから、何百万年とか数億年という時間を考えているのですが、ここでは、わずかこの200年から300年の間に、2割から3割の減少が起こっているのです。ペルム期は種で言うと96%が大絶滅しましたが、これは数百万年単位で起こった絶滅であり、現代の絶滅はたかだか百年単位です。1万倍もタイムスケールが違っているのです。これは良い、悪いじゃなくて、現在、事実としてこういうことが起こっているのです。
 
 最初に申し上げましたように、この地球上に存在する生物の99%は、我々生物学者といえども存在すら知りません。数多くの生物種が今、急速なスピードで消滅しているのです。これをどう解決するか、実は、私にも答えはありません。答えはありませんが、ここにご参加の政治家の方、官僚の方、いろいろな分野の専門家の方、ここには外国の方もたくさんいらっしゃいますが、そういう方々の英知をなんとか結集して、問題を回避しなければ、明日はないだろうと思っています。
 
 現在、環境問題、食料問題、いろいろ言われていますけれども、私の立場から言いますと、それはすべて人口問題に由来するものと言って間違いないと思います。その人口問題を解決しないと人類に明日はないわけです。
 
 その解決の仕方としては、少なくとも3つあります。現在、一部地球の上で起こっていますが、「お互いに殺し合いをする」、「飢死する」、「疫病にかかって死ぬ」という解決法です。そういうことを地球レベルでやれば「人口問題」は解決できるかもしれません。しかしそのようなおぞましい方法で解決するわけには参りません。
 
 そうではなくて、我々人類は、もう少しうまく軟着陸できるのではないでしょうか。我々の先輩の生物学者が、我々の種をホモ・サピエンスと呼ぼうと言いました。これは、“知恵がある”ヒトという意味です。我々に知恵がほんとうにあるなら、ほんとうに英知を持っているのであれば、この問題を解決できるだろうと私は思っています。しかし、どうやってやるのかという具体的な方法は、私にはわかりません。
 
 ご静聴ありがとうございました。
 
広瀬:
 星先生、大変時間が限られておりまして、誠に申し訳ありませんでしたが、貴重なお話ありがとうございました。それでは引き続きまして、原先生にお願いいたします。







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